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第119話  スマートメアリー





SIDE:ノエル



 薬や魔道具を売る雑貨屋をはじめたつもりが、いつの間にか携帯ショップができていた。


 皆さんはそんな不思議体験をしたことがあるだろうか?


 ……私はある。


 開店準備を整えた翌日、私はメアリーが整えてくれたピカピカの店内で我先にと商品を求めてひしめき合うお客さんの群れに困惑していた。



「――赤板ひとつ!」


「――こっちはふたつっ!」


「――ねえ、これって友達に転売してもいいですか!?」



 昨日の夕方。


 ゾンビ系のお姉さんにスマートメアリーの販売場所を訊かれた私は、素直に非売品だと断ろうとしたのだが……それに待ったをかける者が現れた。



 ぷるっ! ぷるっ!



 そう……今も私の足元で飛ぶように売れて行く赤い板を見て、嬉しそうに震えているメアリー本人である。


 なんでも我が筆頭眷属様はスマートメアリーをこの島に普及させることで島の住人の会話をすべて把握しようとしているらしく、そうすることでマティアス捜しにも役立つのではないかと説得されて、けっきょく私はゾンビ系のお姉さんに二つのスマートメアリーを販売した。


 元手はタダなので金貨二十枚の利益である。


 それから翌朝までは平和だったのだが……海で朝の修行を終えて新居に帰ると、家の前ではゾンビ系お姉さんの同僚を名乗る【総合受付】の受付嬢たちと数人の学生が一階の新店舗を覗いていて……そこらへんで危機を察したアイリスが非常事態宣言を発令して私たちは現在へと至る。


 赤い板をズラリと並べた棚の前で、アイリスによって駆り出された三人娘がテキパキと接客対応をしている。



「ひとつ金貨十二枚ですわ! 後ろにいる者はあらかじめお金を用意しておきなさい!」


「こらっ! そこっ! ちゃんと列を乱さずに並ぶんだ! 規律を乱す者には売らないからな!」


「は? 転売だと? お前……魚の餌になりたいの?」



 家事スキルが皆無だとわかった時にはどうなることかと思ったけれど、どうやら彼女たちには携帯ショップ店員の才能があったらしい。


 日本のように丁寧な接客ではないけれど、時には怒鳴り、時には実家の権力を振りかざすことすら厭わずにお客さんの列を整理するその姿には、接客業の完成形のような安定感がある。


 商品が売れて空いた棚にはジェフおじさんとスティングさんがせっせと新たな赤板を並べてくれているし、これなら放っておいても大丈夫だろう。


 なお、ジェフおじさんにはちゃんと薬瓶代を返したし、スティングさんはスマートメアリーがマティアス捜しの力になるかもしれないと説明したら率先して協力してくれた。


 まさかの一日で大ヒット商品を売り出してしまった私は、次々とバックヤードに運ばれてくる金貨袋を見て、となりにいるアイリスへと乾いた笑顔を向ける。



「……大繁盛だね?」


「……ええ、あと少しで床が抜けそうね」


「フハハッ! そこらじゅうがミシミシ言っておるのじゃ!」



 積み上がった金貨の山と、お客さんの群れ……先に床を抜くのはどちらだろうか?


 いちおう普段から私たちが使っているメアリーの機能をそのまま売り出すとメアリーの情報処理能力が足りなくなりそうだったため、ここで販売しているスマートメアリーにはメールのような機能しか持たせていないのだが……それでも地球が誇る叡智の結晶を真似た道具はこの島の秀才たちの心をガッツリ捉えたらしい。


 こっそりメアリーを床下に派遣して床の補強を頼みつつ、私は手癖のように自分の影を消したり出したりしながら、自分の商才の無さを正しく理解する。


 私はただ趣味で作った物を売って、ほど良く生活費を稼ごうとしていただけなのに……やはり私が商売に関わることはやめておいたほうがいいようだ。


 雑貨屋を作ろうとして携帯ショップを作るとか、これほど間抜けな商売人はそうそういないだろう。


 店の片隅に追いやられた薬瓶たちが哀れだよ……。


 やりがいを求めるなら私はあくまで『職人』として作ることだけに専念して、他のことはアイリスたちに丸投げするのが正解だと思う。


 実際に行動することでそんな学びを得た私は、続けて経営に失敗した【暁工房】の処理について考える。



「ふっ……どうやらまたリドルリーナ様の資産が爆増してしまいそうだ……」



 ……いや、流石に今回は無理か?


 試しにメアリーに頼んで作成してもらった【暁工房】の権利譲渡書をリドリーちゃんに送ってみたのだが、私の善意は二秒で突き返された。



『なんですかこれはっ!? 坊ちゃまの書類には二度とサインいたしませんっ!!!』



 どうやら【リドルリーナ商会】と金貨の海を押し付けられたことでリドリーちゃんは賢くなってしまったらしい。



「チッ……なにも考えずにサインすればいいものを……」



 まあいい。


 それなら今度は【リドルリーナ商会】の傘下に【暁工房】を入れる形にすれば……と、私が突き返された権利譲渡書をそのままグランツさんに送ろうとすると、再びリドリーちゃんからのメッセージが届く。



『私の商会長権限と総帥権限を使って、資産管理の徹底及び【暁工房】と接触することを禁じておきました。グランツさんやエスメラルダさんに押し付けようとしても無駄ですからね!』



「ああっ!? ほんとに賢くなってる!?」



 まさかの【リドルリーナ商会】だけでなく【新月教団】にまで根回しされていたことに、私は膝から崩れ落ちて敗北感を味わった。


 ゴリアテの金庫も今ではグランツさんがきっちり管理しているので、勝手に金貨を放り込むわけにもいかない。


 しかし震える私の肩へと、アイリスが優しく手を置いてくれる。



「落ち込むことなんてないわ、ノエル……だってリドルリーナ様は自分が【リドルリーナ商会】の商会長で【新月教団】の総帥だと、今ここに認めてくださったのだから」


「! 確かに!」


「それに、もともとお金を管理するのは【リドルリーナ商会】の役割なんだから、こちらの商会は別の方向からリドルリーナ様をサポートすればいいのよ」



 そう言ってアイリスが差し出した赤い画面を目にして、彼女の計画を察した私は口の端をニヤリと歪める。



「その手があったか!」



 二人で笑う私とアイリスに、腰に吊るしたシャルさんがドン引きしていた。



「……えげつないのじゃ…………」






     ◆◆◆





SIDE:リドリー



 気絶している間にプリメラちゃんに誘拐された私は、今日も彼女の研究所で坊ちゃまの授業を組み立てるお手伝いをしておりました。


 この島に来た時に訪れた【プリメラーナ研究所】の最上階にある書斎には、今もルガット師匠が運び込んでいる書類の山が床を埋め尽くすほどに積み上げられて、その真ん中にある執務机でプリメラちゃんが頭から湯気を立てております。



「……ったく、あのお子様はなんて奇っ怪な生き方をしているのかしら……授業を組み立てるこっちの身にもなれってのよ……デスクワークは苦手なのに……」



 たびたび私を修行という名のストレス発散に誘ってくるプリメラちゃんですが、坊ちゃまの教育に関しては真剣に考えてくれているらしく、私が今もここに残っているのは彼女のそんな一面に感動したからでした。



「リドリー、またあいつが小さいころの話聞かせてー……役に立たなそうなことでもなんでもいいからー……」


「お任せくださいっ!」



 私の役目はルガット師匠が知らない坊ちゃまの話をプリメラちゃんにすることです。


【氷魔法】で熱暴走を起こして沸騰しているプリメラちゃんの頭を冷やしながら、私は坊ちゃまとの思い出をできるだけ細かく語ります。



「――それでですね! まだ小さい頃に坊ちゃまが『パンケーキ食べたい』とか言って、謎の料理を所望してきまして……他に人がいなかったので私が料理を担当したのですが、適当に材料を揃えて坊ちゃまが言う通りに作ったら……なんと料理が牙を剥いて襲ってきたんですよ! 坊ちゃまって本当にめちゃくちゃですよね!?」


「……それ、ほとんどあんたのせいじゃない?」



 そんな坊ちゃまとの日常を語る仕事はとても楽しくて、気がつけば私はプリメラちゃんと仲の良いお友達みたいになっていました。


 坊ちゃまの話は一年かけても終わらないくらいネタの数があるのですが、普段はメルキオル様とラウラ様から口止めされているため、こうして思う存分におしゃべりできる環境に、私の口はスラスラ回ります。


 そうして楽しい時間を満喫しながらルガット師匠が淹れてくれたお茶で一休みしていると、プリメラちゃんが熟考に入ったことを確認して、ルガット師匠が話しかけてきました。



「リドリー、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」


「? なんですか?」



 珍しく困った顔をしているルガット師匠は、私に赤い板を差し出して質問してきます。



「ノエル様のところでこんな物が売られていたのですが……試しに部下に買わせたところ、うんともすんとも言わなくて……あなたなら使い方がわかるかと」



 そう言って渡された薄型メアリーちゃんは……画面に大きなヒビが入っていました。



 ……ぷ、ぷるっ…………。



 私の手の中で助けを求めて震えるメアリーちゃん。



「……もしかしてこれ……力を込めて叩きましたか?」


「はい。壊れやすそうな見た目でしたので、強度チェックは必須かと思いまして」


「ああ~…………」



 いるんですよねー……こういう板状メアリーちゃんを上手く使えない人……。


 板状のメアリーちゃんは坊ちゃまがときどき使っていましたし、エストランド領ではそれを見て真似する人も多かったので、私もそれなりに扱い方を心得ています。



「ちょっと状態を()てみますね?」


「お願いします」



 断りを入れてからヒビの入った板状メアリーちゃんをチェックしてみると、このメアリーちゃんは姿を板状のまま固定して、道具としての役割をまっとうしていることがわかります。


 ふむふむ……使えるのは簡単なメッセージ機能だけで、自己再生機能もオフにしている感じですか……。


 そうして売られた物の機能を把握した私はメアリーちゃんに口を寄せて、ルガット師匠に聞こえないくらいの声量で囁きました。



「……機能解放、【対・板状メアリー音痴】モード」


 ぷるっ!



 たちまち画面を再生させて、メアリーちゃんは光魔法で画面にわかりやすく板状メアリーちゃんの使い方を表示させます。



「はい、これでまた使えるようになりましたよ?」


「ありがとうござい…………前より高性能になっていませんか?」



 これでも上手に使えなければメアリーちゃんが触手を生やして強制的にガイドしてくれるので、再び叩いて強度チェックをしようとしたルガット師匠は、正しい使い方を教えようとする板状メアリーちゃんと格闘をはじめました。


 それにしてもこんなものを売り出しているとか……坊ちゃまはなにをしようとしているのでしょうか?


 気になった私は自分の影からメアリーちゃんを取り出して、板状メアリーちゃんを生み出してもらいます。


 板状メアリーちゃんにはこのスタイル限定で使える【あぷり】と呼ばれる便利機能がありまして、坊ちゃまに次ぐ【あくせす権限】を持っている私はすべての機能を閲覧し、その中からルガット師匠の端末で使われているであろう【あぷり】を探し出しました。



「あ、あった!」



 ……【あぷり】の制作者がメアリーちゃんってことは、これはメアリーちゃんが望んで生み出した機能ということですか。


 ひとまず坊ちゃまが作ったものでないことに私は安心します。


 前に坊ちゃまがミストリア王国の空にイビルアイを浮かべて【メアリーナビゲーションシステム】なんて物を構築しようとした時にはメルキオル様の胃に穴が三つも開きましたから、制作者の名前は重要でした。


 メアリーちゃんが作った【あぷり】は二つあって、ひとつは私たちが普段使っている【ライソ】機能の劣化版らしき【いーめーる】なる機能。


 もうひとつは坊ちゃまと私とアイリス様とセレス師匠しか見ることのできない、利用に【あくせす権限LV6】以上が必要な極秘機能でした。



「……【指定単語記録】って……なんに使う機能ですか?」



 メアリーちゃんに聞いてみると、どうやらこの【あぷり】はメアリーちゃんの近くで特定の単語を発言すると、その場所と日時が記録されるみたいです。


 さらに詳しく聞いていくと指定単語には『マティアス』と『邪神官』だけが登録されているらしく、これは坊ちゃまの課題を手伝うための機能であることがわかりました。



「まあ、これくらいだったら問題ない……ですかね?」



 ちょっと板状メアリーちゃんに関しては詳しくないので、これが危険な【あぷり】なのかはよくわかりません。


 メルキオル様ならすぐに問題点を指摘してくれるのですが、【あぷり】開発を趣味にしているセレス師匠が「新機能開発の邪魔になる」からと、メルキオル様には【あくせす権限LV5】が最高だとずっと嘘を吐いてきたため、下手に相談するわけにもいきませんでした。


 くっ……最初はショボい機能しかなかったから子供のオモチャだと思って油断していました……ここはメルキオル様の健康状態を悪化させてでも真実を打ち明けるべきでしょうか?


 ちなみにラウラ様は自他共に認める『板状メアリー音痴勢』なので、板状メアリーちゃんに関してはノータッチです。



「むむむ……やっぱりこの管理体制には問題がありすぎます……」



 板状メアリー開発の第一人者であるセレス師匠はメアリーちゃんの主人である坊ちゃまの味方ですし、アイリス様は言うまでもないため、私には新機能の危険度をチェックする手段がまったくありませんでした。



「……い、いえ……いちおう今回はメアリーちゃんが作ったものですし……たぶん、おそらく……大丈夫?」



 そうして悩みながら私は【いーめーる】機能もチェックしてみますが、ちょうどその機能を立ち上げたところで、坊ちゃまから【ライソ】で謎の添付書類が送られてきます。



『リドリー、ちょっとこれにサインしてくれない?』



 ニュルン、と画面から出てくる羊皮紙。



「っ!?」



 どこか既視感のあるやり取りに……私は神速でそれを送り返しました。


 いやいやいや……【暁工房】ってなんですか!?


 板状メアリーちゃんも販売しているみたいですし、また変な商売はじめましたね!?


 そしてメアリーちゃんをポチポチして坊ちゃまに『断固としてお断り』のメッセージを返したところで、なにやら危険な気配を感じて脳ミソが高速回転をはじめます。



「っ!? いけないっ!」



 私に断られたら坊ちゃまはグランツさんやエスメラルダさんに権利譲渡書を渡して、実質的に【暁工房】が私の資産となるように立ち回るはずですっ!


 そうしてすぐにグランツさんとエスメラルダさんへと、坊ちゃまたちから押し付けられた組織のトップの権力を使って、私は資産管理の徹底と【暁工房】との接触禁止を厳命しました。


 さらに坊ちゃまとアイリス様なら勝手にゴリアテちゃんの地下室へと金貨袋を放り込むくらいのことはしてきそうなので、続けてゴリアテちゃんに住むかわいい人形たちにも地下室の監視を徹底させておきます。



「ふう……ここまですれば万全でしょう……」



 無駄な権力にものを言わせてガチガチにガードを固めましたから、これで【暁工房】とやらが生み出した利益を勝手に振り込まれることもないはずです。


 そうして完璧な処置を終えて、私が再び【いーめーる】機能をチェックする作業に戻ると、開いた画面の最下部にこんな文章が流れてきました。



『――買い物するなら【リドルリーナ商会】!』


『――私たち【暁工房】はリドルリーナ・エミル・ミストリア様の活動を全力で応援します!』


『――買い物するなら【リドルリーナ商会】!』


『――私たち【暁工房】はリドルリーナ・エミル・ミストリア様の活動を全力で応援します!』


『――買い物するなら【リドルリーナ商会】!』


『――私たち【暁工房】はリドルリーナ・エミル・ミストリア様の活動を全力で応援します!』



 ……すべての端末に向けて終わりなく流されているその宣伝を目にした私は、すぐに悪ガキ二人に拳骨を食らわせてやろうと走り出しましたが、執務机からプリメラちゃんの腕が、ミョーン、と伸びてきて、窓から飛び出そうとする私の肩を捕まえました。



「あんたはまだここにいなさい。そのほうがノエルの教育が上手くいくから」



 そう真面目に言われてしまえばここを離れるわけにはいかなくて、私は握りしめた拳を震わせます。




「……おのれっ! 坊ちゃまぁああああああああああああっ!!!」




 私がメアリーちゃんに頼んで作ってもらった【資産管理あぷり】の『総資産推移予想曲線』が、その日からとてつもない勢いで上向いていきました。










★スマートメアリー端末へのアクセス権限(赤板発売前)


【レベル1】……リドルリーナ商会の幹部職員。魔法で守秘義務を設けることで会話機能を使用可。

【レベル2】……暗黒騎士団の団員。転移や戦闘補助など、メアリーの力の一部を使用可。

【レベル3】……グランツ。転移門を使った物資の輸送など、より多くの力が使用可。

【レベル4】……エストランド領の村人たちとシャルティア。ほとんどすべての力を使用可。

【レベル5】……エストランド家の家族とエスメラルダ。ほとんどすべての力を使用可。レベル4以下の使用権限を設定可能。

【レベル6】……セレスとノエルの眷属たち。秘匿された力の一部を使用可。

【レベル7】……アイリス、リドリー。すべての力を使用可。

【レベル8】……ノエル。すべての力を使用可。レベル7以下の使用権限を設定可能。


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書籍を読んで面白かったので読み進めてます。 面白愉快なメンバーがやらかしたり、調子に乗ったり、不憫な目にあったり、とても楽しいです。 この時のリドリーちゃんは知らなかった、これが世界を制する機能だと…
メアリーを使って魔法陣とか研究結果をメモしたりして、そういう情報が集まり図書館みたいになって、隠されし世界図書館とか言われる様になったりして。
次の機能は写真や動画の撮影かな?
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