表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
92/96

91章

オーケストラ部の定例演奏会から1ヶ月後、要は劇的な変化を遂げていた。とは言っても、外見上の話ではなく、あくまでも彼の内面的な成長である。

要は演奏会の後、改めてスイを通じてコントラバスのサポートメンバーとしての加入希望を表明した。それはスイと同じ弦楽器のチームである事、簡単な打楽器奏者のメンバーには募集枠が無かった事、そして金管楽器と木管楽器については彼の身体的な構造上、演奏が困難であるが、コントラバスならその重量に耐えて弾く事が出来るだろう、とチーム0からアドバイスを受けた事などが主な理由であった。

そして入団テストまでの4週間、アレクサンドルの友人で、元団員でバス奏者だったが今はネオ・ムセイオン内で事務員をしているパウル・シュミットの指導の下、コントラバスの扱い方やら基礎練習やらをみっちり教え込まれた。

ちなみに4週間の入団テストまでの間、要はスイが近くにいない状況に強制的に慣らされた。練習が始まった当初は、要がどんなに彼女に遠くへ行くなと言っていても、心配ないから、と告げて自分のバイオリンの練習の方に専念してしまう彼女に、要の方が次第に順応していったような感じだった。

スイはスイで演奏会の後は次の課題曲が決まるまでの間、彼女なりにパガニーニのカプリースと向き合っていた。時にはアンディのスタジオに訪問して、先生に呆れられつつ手解きを受けた。それでもリョウがスイに聴かせてくれた、あの真っ黒な深淵に魅入られている様な悪魔的な音の境地に達する事は難しかった。

「スイ、貴女はコンクールにでも出るつもりなの?」

ある時同じオーケストラ部の第2バイオリン奏者であるルース・ハワードに尋ねられた。

「別にその予定はないけれど…」

「ふーん。それなら、あんまり練習ばっかりしててもダメよ。たまには休まなきゃ」

事実、スイの右手にはタコの様な物が出来始めていたり、首にはうっすらと痣が浮かんでいたり、過度の練習の形跡が見られた。

「プロになるには外見もチャーミングである事が必要よ」

じゃあね、と去って行った彼女の言葉には、悪気はなかったが、スイは絶対にプロになれるわけがない、という棘が潜んでいた。スイは苦笑しながらバーイ、と答えて練習室に一人取り残された。

スイは自身の記憶にあるリョウの演奏を思い出しながら、再び譜面上の音符の点をバイオリンが発する音の線でつなぐ作業に没頭していった。


ちょうどスイが個人練に打ち込んでいるのと同じ頃、ネオ・ムセイオンでは会議室にて理事会が開かれていた。かつてアリッサ・グールドがいた席につくフランシス・ドゥーリトルは、ホログラムのウォルター・マーギュリスを凝視しながら言葉を発した。

「それで今まで君達はCASの動きには全く注意も払わず、関心も示さずに地上の実験を展開していたのかね?」

「ただ無関心だった訳ではない。あのマッド・サイエンティスツは世界連合が定めた規律等、冥王星上の出来事位にしか思っとらんからな…ただ証拠が掴めないのだ。決定打となる証拠が」

「だが証拠がないと言ってバックに潜む華裔達の好き勝手にさせておくと、この先何を仕出かすか分からんぞ?」

そこへライオネル・ドーキンスが口を挟んだ。

「それが№59049のコピーを当理事会の許可なく平和維持軍に渡した理由なのかね?フラン」

「サンプル体には見張りを付けてある。軍で何かあればドリーを経由して連絡が入るから問題はない」

名前を上げられ、その場にいたドリーは視線を下に落とした。

「アリッサの下でアバターの開発を進めた平和維持軍が本格的に地上を制圧し、その一方で華裔達がCASに命じて地上をどんどん独占しようとするならば、第5次世界大戦も現実となるやもしれん。アインシュタインですら想像の及ばなかった世界だ。我々は中立の立場を貫くが、科学の発展に関わる者としてこれ以上地球上の生命を減らす様な真似を黙って見過ごす訳にはゆかん」

「その通りだよ、ライオネル」

ウォルターが相槌を打つ。

「フラン、君が言いたい事はこうだ。我々科学者に与えられている時間は悠久のようでとても短い。だのに世の中の動きは瞬時に移り変わってしまう。その時の判断を誤れば何もかも手遅れになる。だからサンプル体とアリッサの身柄を軍に渡したのだと」

違うかね?とホログラムのウォルター像はドゥーリトルの方を見て言い放った。

「ああ、そうだ。だが彼女はこうも言ったのだ…ネオ・ムセイオンを離れる事によって改めて『昔の研究』と正面から向き合える、とね」

「彼女が?そんな事を?」

会議室を束の間の沈黙が支配した。それはアリッサ・グールドと彼女の遍歴をよく知る者ならではの事でもあった。

「まさかとは思うが、彼女はネオ・アカデメイアが海底に沈んだ時の状況を軍の下で再現するつもりではあるまいな?」

「平和維持軍の要望はあくまでデフテロの『記憶』を彼等が掌握する事にある。だからパートナーとしての№59049の生命体の再生が最優先事項のはずだ。だが、ウォルター、それは直接君の親しい友人に尋ねた方が早いのではないかね?」

ドゥーリトルの指摘に、マーギュリスは口を閉ざした。

「ライオネル、安心したまえ。私は君達が創り上げたこの科学者達の理想郷(ユートピア)を軍人共から守る為に遣わされて来たのだ。何より世界連合の後ろ盾がある事で、我々の研究は大きく進展する」

「分かった。何よりも先日の事故を穏便に片付けた君の手腕は、我々にとっては今最も必要な物だ。だが、万が一№59049とアリッサの身に何かが起きた際は、我々は躊躇せず君を此処から追放する。それを心に留めておく様に」

会議の終了と共にホログラムが一斉に消え、残された理事達はドゥーリトルが何を発言するのかと静かに彼に注目した。

「テタルトの事故以来、君達に大変不安な思いをさせてしまっている事や、研究に悪い影響を及ぼしている事は、私も非常に心苦しい。だが、私は約束しよう。先の言葉に嘘はない」

ドリーを始め、その場の理事達は様々な考えが頭を過ったが、彼の言葉を信じ、彼について行くのが最善なのだと思う他の選択肢がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ