66章
サーキット場跡地で黒いギガスと戦っていた2体のアバターのうち、空から何かが此方に向かって飛んで来る異変に先に気付いたのはジェシカの方だった。
「ちょっと!何よあれ!!」
それは約6600万年前の恐竜を滅ぼした隕石が落下してくる様でもあった。
「嘘だろ?!」
ジェシカの叫び声を聞き、彼女が指さす方を見たニックもまた絶句した。
隕石だと思われたのは、要が見つけた製鉄所の中心にあった高炉だった。そしてその側面には、高炉にしがみつく形でテタルトの姿があった。
「プロト、トゥリト、ギガスの足止め感謝する!」
「ミスターミサキ!?どうやってそんなもん持って来たのよ?!」
「説明は後だ!」
ギガスもまた、高炉の影から異変を察したのか、広いサーキット場を短い2本の足で走ってその場から離れようとした。だがその前方から、イカロスで飛び回りながらレーザーライフルを発射し続けるトゥリトの攻撃を受ける。
「ジェシカ! 今のうちに早く!」
「言われなくたって逃げるわよっ!!」
ジェシカ=プロトはギガスを生け捕りにするのを諦め、再び離陸した。
「結局私は今回良い所ナシって感じね!」
ニック=トゥリトは器用にライフルでの攻撃を続けながら、すぐ真上まで来た高炉の方へ場所を移動した。
「俺も手伝おうか?」
「ありがとう。だが此方は大丈夫だ。プロトと共に飛行機の方を頼む」
「オーケー!」
ニック=トゥリトが高炉の側を離れていくと同時に、高炉はサーキット場に墜落した。それは大地を大きく揺れ動かし、大気も共鳴するかの様に辺りの空中に浮遊していたものを皆震えさせた。
「奴は…?」
要=テタルトは高炉がサーキットの地面にめり込む様に落ちた箇所を目で追った。ギガスの物とおもわれる大量の血痕をアスファルトの上に見つけた。その血の海の中を、唯一高炉の下敷きから免れた右側の黒く扁平な前脚が浮かんでいた。要=テタルトは無言で翼の様な片脚を拾い上げた。
その時、要は急に目の前が真っ暗になった。強い力に自分の身体が後ろへ引き摺り込まれる様な、北極の海で味わった感覚よりも強力で、そして呼吸するのでさえ苦しいと感じられた。そのまま要の意識は金縛りに合ったかの様に、身動きは疎か、まともな思考をする事すら困難になった。
要の意識が束縛された一方で、テタルトは静かにギガスの片脚を持ったままネオ・ムセイオンに向けて離陸した。
3体のアバターがギガスと戦う中、飛行機は轟音と振動を派手に上げながら、砂漠の中の滑走路に無事着陸した。一般の飛行機と異なり、宇宙空間から帰還した飛行機は長い距離を走りながら速度を落として行き、地下に入るゲートに入る迄もだいぶ時間がかかった。地上での走行が緩やかになった頃、プロトが地上エレベータに向かって飛んで来る姿を南東の空に見つける事が出来た。だが、搭乗者達は外よりもモニターの画面の方に釘付けになっていた。
「こんなの…あり得ないわ」
ユリアは目にしている全てが信じられなかった。よっぽど集中していたのか、誰もなにも言葉を発しなかった。そしてまたギガスは今回もアバター達によって打ち倒された。生け捕りにするのは無理なのだろうか。
スイはモニターの中で動き回るギガスとアバター達の様子を静かに見つめていた。
「…私、今起きている事に見覚えがある」
3体のアバターで協力して1体のギガスを倒すという未来は、たしかにスイが渡欧する前に見た将来の光景の1つとして、彼女の記憶に刻まれていた。だが、1点だけ、戦うアバターの1体がデフテロでなくテタルトに置き換わった事だけが、彼女が見た光景とは大きく異なっている。
「…未来が変わってしまったと云うの?」
スイは言葉にならない苦痛の声をあげた。この後に起きる事、それは…
「美崎君!!」
スイの叫び声と共に、モニターの中ではサーキット場に巨大な高炉が墜落した。
「ねえ!美崎君!!何か喋って!」
スイの狼狽ぶりに、流石にユリアもアレクサンドルもただならぬ異変を察した。
「スイ?大丈夫よ?カナメの数値に異常は見られないし、アバターもちゃんと動作してるわ」
「ユリアさん、そんなんじゃないの!」
「ちょっと、スイ、落ち着いて。間もなく地下に入るのよ?」
「だけど…」
ユリアはスイの上半身を取り押さえながら、彼女の口内にカプセルをいくつか含ませた。
「お願いだから、落ち着いて」
スイの口内でプチッとカプセルが弾け、中の薬品が口の中に広がっていくのを感じた。
「美崎君…!」
要を呼びながら、スイは全身の力が急に抜けて行くのを感じ、やがてへなへなと床に座り込んでしまった。
「ユリアさん、美崎君が遠くに行っちゃう!!」
「大丈夫、彼はカプセルの中にいる。テタルトが無事にラボに戻れば彼にまた会えるわ」
「でも…!」
スイは自分の言葉が上手く伝えられないもどかしい気持ちのまま、再び椅子に座らされ、シートベルトで固定された。
そうこうしているうちに、飛行機が地下の建物内へと続くゲートを潜り、搭乗者達が飛行機の外へ出られたのは現地時間で夕刻過ぎた頃だった。
スイは先に飛行機から搬出されたカプセルから、要が出て来ず、そのまま地下のアリッサのラボへと移されたのが妙に気になった。
「お帰り!」
ユリアと共にチーム6のラボへ戻ると、そこには見慣れた面子が揃っていた。一人だけ、東アジア系で色白ののっぺりとした顔付きの少年を除いて。
「スイ、大変だったね」
「フェイさん!」
「詳しい話はまた落ち着いた時にでもゆっくり聞かせて。無事に貴女が帰って来てくれて嬉しいわ」
「ありがとうございます。ところであの人は…?」
「彼はテギョン。皆テオって呼んでるわ」
名を呼ばれた少年は、スイ達の方を向いて愛想笑いを浮かべた。
「テオが新しいアバターのパートナーになるんですね?」
「その予定よ」
「こんにちは、テオ」
だが、彼はスイの挨拶を無視した。
「テオ、アバターとの同調は進んでる?」
「はい。予定通り行けば来週頭には」
「そう、良いことだわ。スイから色々教えて貰いなさいね」
ユリアの言葉に、テオはまた愛想笑いで返したが、スイの方は見もしなかった。スイはジェシカやニックの前例を経験していたので、テオの反応について思う事があっても何も言わなかった。
スイ達がアメリカ支部に無事帰還したのとほぼ同じ頃、ペンプトが激戦を繰り広げたエトナ山の頂上付近にソウが姿を現した。火口付近はまだマグマの熱気が残っていて、彼方此方で湯気が立ち昇っていた。夜明け前の薄暗い中を、G.ドニゼッテイの「人知れぬ涙」を口ずさみながら、何かを探している様子であった。
やがて東の空に浮かぶ雲の際から、太陽が姿を見せ始めた時、ソウは一つの赤いマグマ溜まりの中に素手のまま右手を突っ込んだ。肉が焼ける音を立てながら、マグマの中から青錆色の全長5センチ位の卵を拾い上げた。
「見つけたぞ!やはり封印は解かれていた!」
ソウは朝日に照らされながら、顔を歪ませて笑みを浮かべた。卵を持つ右手は指先から手首まで火傷で爛れていたが、みるみるうちに細胞が再生して元の状況に戻った。そして完治した手で持った卵をそのまま口の中へ入れると、蛇の様に殻のまま丸呑みにした。卵はソウの喉を滑らかに流れ落ちた。ソウは満足そうに両手をズボンの両ポケットに突っ込むと、ニュルンベルクのマイスタージンガーに出て来る「ヴァルターの優勝の歌」を歌いながら、煙の如く再び姿を消した。




