63章
マニ=ペンプトはナイフと盾を構え、噴煙と火山灰をしゅうしゅうと撒き散らす活火山を静かにじっと見据えた。マグマの様に見えたギガスは、赤くなったり黒くなったり、山肌や溶岩に擬態していた。時折5つの目玉が煙の合間からぎょろぎょろと、何かを探しているかの様に見受けられた。
一瞬、煙の合間から覗く目玉の1つが、マニ=ペンプトの視線とぶつかった。その途端、マグマが水鉄砲の様に吹き出し、マニ=ペンプトの方へ目掛けて一直線に狙ってきた。
「…おっと」
マニはイカロスから空気を噴射させ、波乗りの要領でエアボードを操り、海面上を滑る様に火山から離れた。間一髪でマグマの蛸の触手はペンプトを捕える前に空気に冷やされ凝固した。
「なるほど!」
マニはニヤリとした。彼女の中で一つの仮説が浮かび上がる。だとすれば、後は検証あるのみだ。
「マニ!此処は危険だ!早く避難しろ!」
モニターからアンドレの声が響く。
「ごめんなさい、ドクター。僕はあのギガスを野放しにしておけないんだ」
「馬鹿を言うな!噴火に巻き込まれるぞ!」
「僕があいつを放置したまま戻れば、あいつはテタルトと飛行機の後を追う。皆がアメリカ支部へ無事に帰る為には、僕があいつを止めなきゃダメなんだ!」
「マニ!」
アンドレの制止も聞かず、マニは火口よりも高い位置迄上昇した。きっとこの一件で、ネオ・ムセイオンに戻れば確実にパートナーの任から解かれるだろう。だが、マニの中では何も悔いはなかった。自分を受け入れてくれた友を守る事が出来るのだから。
マニ=ペンプトは盾で噴煙を避けながら、ナイフを鞘にしまった。代わりにレーザーライフルを抜き、火口に照準を定めた。
噴煙の下で、火口のマグマの中から浮かび上がる5つの目玉が全てペンプトの方を向く。再びマグマの蛸の足が、今度は5本まとめて襲いかかってきた。それを見てマニはニヤッと口元に笑みを浮かべた。それと共にペンプトの指がライフルのスイッチを押す。
出力を最大にしたレーザーライフルの光は、一気に蛸の足を切断し、それらは火山弾となって辺り一帯に吹き飛んだ。
「うぉぉぉああー!!」
ペンプトが放つレーザーがマグマを切り裂き、火山を粉砕する。同時に背中のイカロスもまた動力をフル回転させているのか、聞いた事のない動力音を立てて空中でペンプトの身体を支えている。こんなレーザーライフル1本で噴火中の火山に挑もうだなんて、風車に挑むドン・キホーテよりfouだよな。そう思いつつ、マニは目を細めた。
その時急に火山の頂上が大きく砕け、マグマがコップから溢れる水の様に一気に海へ流れ込んだ。灼熱の赤から黒へ、溶岩は急に冷やされて塊となり、そして湯気を上げながら、ごうごうと音を立てて海底へ沈んで行った。
そんな中で沈み行く溶岩の中から、5つの目玉だけが伸びたり縮んだりして、何とか海面に浮かび上がろうと蠢いていた。
「…気持ち悪いんだよ」
マニはそう吐き捨てると、ライフルを下ろし、ペンプトを上空から降下させた。そしてそのまま海岸すれすれの所に落下していた火山弾の一つを上半身全体で抱える様に持ち上げると、5つの目玉が浮かび上がろうとしている場所の真上から、そのまま叩きつける様に岩を投げ込んだ。岩に押し潰される様な形で、目玉はこれ以上海面に浮かび上がって来る事はなかった。
「…終わったな」
マニは安堵すると同時に、ペンプトの全身がコンクリートの様に固く、そして重く感じられた。あーもう動きたくない…と思いつつ、噴火が収まりすっかり形が変わってしまったシチリア島の一部がぽっかりと地中海に取り残されているのをぼおっと眺めていると、モニターからアンドレの声が聞こえた。
「マニ、気が済んだか?」
「…はい」
「じゃあ戻って来い。お前に話す事はたっぷりある」
「はい、ドクター」
マニは火山灰だらけになった盾を持ち直すと、重い身体を何とか御しながら飛行体勢を取った。
スイ達が乗る飛行機は大気圏から離脱し、束の間の宇宙飛行をしていた。
シートベルトを外し、沈黙のままスイは外から見える青い海と赤い大地で構成されている母星を眺めていた。
「…アサナギ」
モニターから要の声が聞こえた。
「なにー?」
「さっき、何か異変を感じなかったか?」
「異変?私は何も感じなかったけど」
「急に全身が暑く感じた様な、重苦しくなった様な…」
「テタルトに何かあったとか?」
「分からない。地上はやや風の流れが強くなった様だが…」
要は水で満たされたカプセルの中で、テタルトのコンディションを示すパネルを確認した。
「気のせいか…」
テタルトは空気がかろうじて存在している成層圏すれすれの所を音速で飛んでいた。地上の様子は厚い雲が覆っていて、そこが大陸の上なのか海の上なのかも分からなかった。
「カナメ、そろそろ高度を下げて着陸態勢に入って」
「オーケー」
テタルトが厚い雲を通り抜けると、北アメリカ大陸の西海岸が見えて来た。但し百年の年月とその間に起きた出来事により、地形も景色も大きく変貌を遂げている。
その時、飛行機内でアラート音が鳴った。窓の外を見ていたスイも、思わずコクピットの方を不安気に見やる。
「何事?」
ユリアが副操縦士に尋ねる。
「メキシコのポポカテペトル山で噴火が起きた様です」
「ポポカテペトル山で噴火?映像は届いてる?」
「衛星ディオクシッペーからの映像を繋ぎます」
モニターに映し出された噴火の様子は凄まじい物だった。真上に一直線に吹き上がる煙と火山灰。辺りに飛び散る火山弾。そして運悪く南東からの風が全ての噴出物を皆の着陸地点の方に運ぼうとしていた。
「今日だけで、2箇所も大噴火するなんて…偶然かしら?」
一方で、要=テタルトは飛行しながら大噴火の様子を肉眼でも確かめる事が出来た。
「ユリア、着陸するのを待って、そのまま飛行を続けて貰えないか?このままテタルトで行って現地の様子を確かめたい」
「カナメ、何を言ってるの?噴火の影響を受けない内に急いでコロニーに戻るべきだわ」
「あれはただの噴火じゃない」
「何ですって?!」
衛星からの映像をモニターで見ていたスイは小さく呟いた。
「ギガス」
要もまたスイと同じ考えが脳裏にあった。ユリアの静止を振り切り、速度を上げてテタルトが南下すると、やがて遠目でも分かる量の噴煙が見えて来た。噴火と共に地震も起きたのか、地割れや崖崩れの形跡等も見られた。
その時、山の頂上から溶岩でも火山弾でもない、地面が盛り上がった跡が川の様に蛇行して麓迄続いているのを発見した。
「何の跡だ?」
まるで地面の中を何か巨大な生き物が駆け巡ったかの様に、大地の表面にぐねぐねとした痕跡が広範囲に見られた。
「ユリア、これは何の跡だと思う?」
「さあ…巨大な土竜でもいたのかしら?」
大地の痕跡は手の甲の血管の様に、高い所から下に向かって展開されている。だが人体と異なるのは、道筋は一筆書の線で1本に繋がっている事だった。
要=テタルトは空中から大地の痕跡の先端を探し求めた。この謎の道筋はまるで難解な迷路の様だ。
数分程かかってやっとその出口を見つけたと要が思ったその時、終点の地面が大きく盛り上がり、中から赤いマグマが吹き出した。
咄嗟にテタルトはシールドを広げ、溶岩から身体を守る様にして右方向へ身体を捩った。
「…出てきたか!」
中から現れた赤いマグマだと思ったものは、頭のない人の形をしていた。ただ、肩から手先にかけては腕と云うかペンギンの翼の様でもあり、土竜の前足の様でもあった。
要=テタルトが見た光景を、モニター越しで同じく目にしたスイは、顔を歪ませ、右手を左胸に強く押し当てた。
「美崎君…!」
要は素早くレーザーライフルを構え、光が発せられる銃口部分を出現したギガスの胸部に向けた。だがギガスは素早く身体を捻ると、テタルトが持つレーザーライフルを左脇下に挟み込む様にしてホールドしてしまった。
「…くっ!こいつ!!」
テタルトはレーザーライフルを引き抜こうと力一杯抗った。だがギガスの力は強かった。テタルトがもがいた末にライフルから手を離すと、ギガスもまた脇下からライフルを解放した。そしてギガスはバク転すると、そのまま地面の中へ吸い込まれる様に地中へ潜って行ってしまった。
「逃がすかっ!!」
要=テタルトはレーザーライフルを拾い、再び地上に現れたら即撃ち殺そうと構え直したが、ギガスは姿を見せなかった。




