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50章

目隠しした男の1人の宣言に、聖堂中は熱狂した。ごうごうと響き渡る大歓声の中、余りにも突拍子もない展開に、スイは怒る事も悲しむ事も出来なかった。勿論、記憶のない過去も含めて、自分が生きてきて今日迄自分の信じる道のみを信じて来た。彼らの信仰に対し、何かをしたつもりはない。それなのに余りにも理不尽で、余りにも横暴だ。

老人独特の嗄れた声で3人のセロイは代わる代わる尋問し始めた。

「汝、名前は?」

「スイ。アサナギ・スイ」

「汝の生年月日は?」

「分からないわ」

「汝の父親と母親の名前を言うてみよ」

「それも分かりません」

「則ち汝は人間から生まれた子供ではないと言うのだな?」

「それは違います。私には5歳より小さい時の頃の記憶がなく、両親の記憶もありません。ですが、ネオ・ムセイオンには私の母についての手掛かりとなる情報が在るはずです」

「こちらの質問に対する答え以外、何も口にしてはならぬ。汝は7年前にも連れて来られた教会を破壊したであろう?」

「知りません。教会に連れて来られたのは覚えていますが、破壊するだなんて」

「だが、この件については裏も取れておる。我が友テレサよ、此方へ」

群衆の中から気難しい顔付きのシスターが前へ進み出た。

「はい、私めは此処に」

スイはテレサと呼ばれたシスターの顔をチラ見した。確かに昔あの時、スイの態度に腹を立てて「悔い改めさせなければならない」と言って教会へ無理矢理連れて行った、その人だった。その後で苦労が絶えなかったのか、顔付きはスイが覚えているよりもはるかに年を重ねている様にも見受けられた。

「テレサよ、7年前に汝が見聞きした聖キャピストラーノ教会の地での出来事を、我々に教えてくれまいか」

「おお、偉大なる我が主イエスに誓って、セロイ、そして此処に集まられし親愛なる同胞達に謹んで申し上げます。私どもは当時、児童厚生機関からの要請もあり、スコピディア(ごみ捨て場)にいた孤児達へのパンとミルクの支援を定期的におこなっておりました。この娘はその孤児の内の1人でございました。そして、私どもは孤児達に食事を与える際に、主への感謝の言葉と祈りの言葉を唱える様にと指導しておりました。ところがこの娘はこう言ったのです。

『あなたの云う神様は絶対唯一の存在ではないし、私の父でも母でもないわ。シスターの心の中にいる不確かな存在にではなく、このパンを作る為に時間をかけて力強く働いた、多くの農業従事者と職人達、そして私を今日まで生かしてくれたこの世界そのものに感謝します』と。

私は幼い子供ながら、平然と主を否定した彼女の考えに大変驚きました。そして、同時に、彼女がこんな事を言うのであれば、私が聖書の教えについて、1から指導しなければ、と思い立ったのでございます」

スイは漠然と、ドラマチックに語るシスターの言葉を聞きながら、当時から変わらぬ、自分の中の揺るがない芯を再確認した。特に神道や仏教を信じている訳でもないが、彼らの言う神とその熱狂的な信仰は、無償の愛を歌うその裏で、現実の世界と人々を大きく二極化させ、幼い子供達にさえ、隠れた差別や対立、そして恐怖を根付かせている。そんな混乱を長年に渡り生み出し続け、悲しい連鎖を黙って見過ごし続けていた教団が、幼いスイには許せなかったのだ。

セロイは揃って頷いた。

「成る程。続けたまえ、テレサ」

「 私どもは彼女を連れて教会へ戻りました。そしてそのまま懺悔室へ閉じ込めたのです。幼い子供ですから、それはもう大声で泣き叫びました。私どもは急いで司祭様をお呼びして、彼女に洗礼を施し、彼女の中にいるであろう悪魔を追い祓おうと手筈を整えました。そして彼女を懺悔室から出すと共に、彼女の頭に聖水を振りかけようとした時、何と恐ろしい事か、大きな地震が起きたのです。その場に立っていられない位の大きな揺れで、私達には悪魔の仕業としか思えませんでした。そして、400年近くに渡る歴史と栄光を誇った美しきカリフォルニアの宝石、聖キャピストラーノ教会は地震により崩壊してしまったのです」

「地震によって崩壊したのでしょう?私のせいではないわ」

「黙れ!その地震もお前が起こしたものだろう?この呪われた悪魔が!」

「地震が起きたのはたまたまよ!私は何もしてないわ!」

セロイの1人が何かを言おうと口を開きかけた時、群衆の後ろから獣の咆哮が低く恐ろしく響き渡った。驚嘆と感嘆と恐怖で、聖堂の中は再び騒然とした。

「ザラストロだ!」

スイは他人事の様に冷めた目で、その場の流れを一転して変えてしまった美しい雄ライオンと、獣を囲んで驚嘆の声を上げる取り巻き達をじっと眺めていた。ちなみにスイはライオンの剥製をネオ・ムセイオンの集古館で見た事はあったが、リアルに生きているライオンそのものを見たのは初めてだった。

「ザラストロ万歳!」

大歓声の中、ライオンはゆっくりと聖壇に向かって歩みを進めた。誰に言われる迄もなく、人々はライオンに向かって深く頭を下げ、荘厳さを一身に纏った獣の為に道を開けた。

「親愛なるセロイ、ルグドゥヌミオイよ。娘に尋問をするのを暫し待つのだ。かの娘は我らが主御自ら裁きを下される」

「主御自ら?それは本当ですか?」

スイの立ち位置からは獣の表情を見る事は出来なかったが、それは恰もライオンが自分で言葉を発している様に見えた。そしてその声は静かだが重々しくも心地の良いバスの響きであった。

「そうだ。 それが黒鳩からの御言葉だ」

「…ならば仰せのままに」

苦々しく3人のセロイは項垂れる様に答えた。その言葉を聞いて、群衆は怒りと憎悪の矛先のやり場を失って不服そうにブツブツとそれぞれの祈りの文句を口にした。

「ペリアイ、ペリオイ、解散だ」

セロイの一人が厳かに宣言すると、蜘蛛の子を散らす様に皆その場を立ち去り、スイとセロイとライオンだけが聖堂に残された。最も背の低いセロイがおずおずと口を開く。

「恐れながらザラストロ、地上でのギガンテスの狼藉というのは、この娘が存在する為起きたのではないのですか?」

「いや、それは誤りだ。アサナギ・スイ、何故ギガンテスが地上に現れ、アバター達の行いの邪魔立てするのかは汝も理解しているのだろう?」

「はい」

「ギガンテスが再び地上に現れたのは、ひとえにスイがいるからではない。彼等はその母親の治世を復活させる為にタルタロスから呼び戻された。だが、その裏には彼等を手引きした者が存在する」

スイは震える足でライオンに近寄った。セロイ達はそれを静止しようとしたが、ライオンに睨まれ、黙って引き下がった。

「ザラストロ、私は何故此処に連れて来られたの?」

「汝は自らの意思でパラスに剣を貸し、パラスの本体を打ち砕かせたのか?」

「パラスとはペンブトの事を云ってるの?それとも平和維持軍を襲ったギガスの事?」

「どちらもそうだ。汝等がペンブトと呼ぶアバターと、旧ウェソンティオの地に現れしギガス。これらは正反対の存在の様に見えるが、元来は一つの者だったのだ」

「そこまでデフテロ、セイは私に教えてくれなかったわ。でも、もし仮に彼女がそう私に教えてくれていたとしても、私はペンブトの勝利に加担していたと思います」

「それがザースの意に背くと分かっていてもか?」

「私は誰かの希望に添うのではなく、自分が見たままの未来に従ったまでです。そして私がペンブトに剣を貸さなければ、平和維持軍本部が受けた被害はもっと深刻なものとなっていたでしょう」

そこで初めてライオンはスイの方を向いた。C.S.ルイスの児童文学を彷彿とさせる、厳かな雰囲気を全身に纏った獣の顔を見ながら、スイはライオンが自らの口でしゃべっているのではない事に気が付いた。

「汝等が平和維持軍の被害を最小限に留めてくれた事には深く感謝の意を言おう。だが、汝は同時にザースの御代を永く支えて来た一つの均衡をも破壊したのだ」

「貴方達がずっと守り続けてきたものを壊した原因が私とデフテロにあって、それで私を此処に呼んだと云うのなら、それには心から謝るわ。ただ、貴方達が守りたいものは、其処にいた人達の命や生存よりも大事なものなの?」

「地球中のコロニーにいる人間達全ての心の平穏の為に必要なものだ」

「私は大勢の為に1人を犠牲にする社会なんておかしいと思うわ」

「だが、その1人の為に多くの無関係な者達が殺し合いや殺戮をし始めたら?もしくはその1人が大勢を死に至らしめる病を人々にもたらすと分かっていたら?汝の言い分は綺麗事に過ぎぬ。世界は人間達が生まれるより前からずっと取捨選択した積み重ねで今日迄均衡を保ち続けてきたのだ」

ライオンは眠そうな表情でセロイの方を向き、スイを再び独房へ連れて行く様伝えた。

スイはやるせない気持ちを胸に抱いたまま、迎えに来た黒いブルカの女、ファーティマに黙って従い、大聖堂を後にした。

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