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49章

スイと要は平和維持軍本部の中で、ネオ・ムセイオンのヨーロッパ支部から引率に来たイゴール・ダヌィレーンコと張依然(ヂャン・イーラン)と名乗る2名のスタッフと対面した。

「あくまでも我々はマーギュリス所長の指示で、貴殿方がヨーロッパ大陸にいる間の行動を監視するだけですので」

依然(イーラン)に開口一番に言われてしまったが、逆にスイにはそれが自分がヨーロッパでは余所者であるという事を再認識させた。ところが、

「テタルトとそのパートナーは此処から直接ヨーロッパ支部へ移動し、デフテロのパートナーは我々と列車で移動して貰う」

スイはイゴールから、事前に知らされていなかった行程を聞かされ眉をひそめた。そして無言のまま要の方を見やる。要も同感だったのか、発言したイゴールに聞き返した。

「アサナギはデフテロの引き渡し後は、アメリカ支部に戻る迄俺のカプセルと共に飛行機で移動する予定だったはずだが?」

「予定が変わったんだ。ヨーロッパ支部経由でアメリカに戻る前に、彼女は世界連合本部で北極圏で見聞きした事を全て証言しなければならない」

「何故?」

「それが世界連合総会からの要求だからだ」

スイは違和感を覚えた。今迄自分がデフテロで何をしたとしても、全てチーム6を代表してフェイとユリアがネオ・ムセイオンから公表してきた。そしてデフテロが平和維持軍の手で世界連合に差し押さえられたとしても、スイ自身で証言すると言うのはちょっと場違いな気さえしたのだ。

「今迄デフテロの活動内容についてはチーム6から発表してきたのに何故?」

「一刻を争う事態が起きたからだ」

スイは困惑した表情になり、その様子を伺っていた要が前に出た。

「アサナギを世界連合本部へ連れて行くと云うのなら、俺もテタルトを此処に置いて共に行く」

「君には関係ない事だ。君は自分の役割の事だけ考えていればいい」

「俺もテタルトで北極圏に行って、アサナギとデフテロを空母迄連れ帰ったんだ。関係ない事ではないはずだ」

スイは要の後ろに下がりながら、そのままスマートウォッチでユリアに電話を発信した。

「ハロー。どうしたの?スイ」

「ハロー。ユリアさん、あのね、デフテロを平和維持軍に引き渡したのに、私も世界連合本部へ連れて行くって言われたのだけど…」

「それはおかしいわ。貴女はそのままテタルト達と一緒にヨーロッパ支部で体制を整えたらそのまま此方に戻る事になっているのよ?ねえ、フェイ?」

「ええ。ネオ・ムセイオンの理事会がそう決めたのなら、私達にも通達されていなければならないはずよ。誰に言われたの?」

「ヨーロッパ支部から来たイゴールさんて人が…」

「イゴール?ネオ・ムセイオンのパスコードと入館時の担当教官名を聞いてみて」

スイはイゴールの方を向くと、物怖じせずに尋ねた。

「イゴール・ダヌィレーンコさん、貴方のパスコードと入館時の担当教官のお名前をうかがえますか?」

「パスコードはEBC640186、担当教官は…」

イゴールは言い淀んで苦々しい顔付きをした。その様子を見るなり、隣にいた依然(イーラン)がスイの前に立ちふさがり、左手首のスマートウォッチを片手で掴んだ。

「何をする!」

要が声を荒げ、依然(イーラン)からスイを守ろうと2人の間に割って入ろうとした。

「人造人間が余計な事をするな!」

依然(イーラン)はスイの手首を掴んだまま、左手で要の脇腹にレバーブローを食らわせた。急所を突かれ、要は内臓を襲った衝撃で動けなくなってしまった。そこへイゴールが容赦なく要の腹に蹴りを入れる。

「美崎君!」

スイは依然(イーラン)を振り切って要を助けようとしたが、依然(イーラン)に手錠をかけられ、スマートウォッチも外されて投げ捨てられてしまった。

「…スイ?!何が起きてるの?! 」

スイのスマートウォッチはユリアとフェイの声を反響させながら、うつ伏せに倒れ込んだ要の顔の横に転がった。

「…ユリア…」

「その声はカナメね?スイは?」

「アサナギが連れ去られた…俺、右脇腹を殴られて、何も出来なかった…」

「…何て事。軍の関係者はいないの?」

要はゆっくりと寝返りを打ち、腹部の痺れる様な痛みに顔をしかめながら、かろうじて動く片手で自身のスマートウォッチを操作した。

「…アリッサ、ジョシュア、何を企んでいる?」


一方でスイは、目隠しと猿轡をされ、自由を奪われた状態で、何か乗り物に乗せられたのを振動で察した。耳には何もされなかったので、かろうじて周囲の音だけは聞き取る事が出来た。そこで耳に全集中を注ぎ、何処へ連れて行かれようとしているのかを必死に探った。

「ザラストロに申し上げます。例の娘を捕らえました」

電車が走る音と重なりながら、依然(イーラン)の声が微かに聞き取れた。

「偉大なる我らが主、アッラーフの加護が汝らに在らんことを」

イゴールの声ではない、初めて聞く低温の男の声がした。他にも誰かがいるのだろうか?

ザラストロ、モーツァルトの「魔笛」にも出てくる高僧の名前だ。スイは自分がかつて父に「愛しのパミーナ」と呼ばれていたという話を思い起こしていた。これではまるでオペラの世界そのものではないか。

「父さん…母さん…兄さん…セイ…」

スイは耳を澄まし続けたが、電車の規則正しい走行音だけが鳴り続けた。

そして、電車が動いたり止まったりを何度か繰り返しながら2時間位が経った頃、目隠しのままスイは複数の人によって立ち上がらされ、電車から降ろされた。カツカツと石か何か固い床を歩く複数の足音がし、スイは自分の身柄が次から次へと、他の人の手で引き渡されて行くのを感じた。

「……」

2人の誰かに両側を固められる様にして、暫く歩かされた末にスイが連れて来られた場所は、より静かでヒヤッとした肌寒さを感じさせる所だった。ここで初めて目隠しと猿轡を外された。そこは真っ暗な石造りの一室だった。鉄格子のついた小さな窓と粗末な寝床と簡易トイレが1つずつある他、何もなかった。スイが監獄の様な部屋に放り込まれると、背後でガチャリと施錠される音が鳴った。

「助けて!此処から出して!」

スイは重い金属製の扉を両手が赤くなるまで叩き続けたが、何の反応もなかった。疲れきってスイは、扉を叩くのを止めて窓から外の様子をうかがった。窓はさほど大きな物ではなかったが、多少は部屋の外がどうなっているのかを確認する事が出来た。外は建物内の廊下と思われる、細長い石造りの空間が窓の左右に続いていた。

「何の建物なんだろ…?」

スイは窓の反対側を眺めているうちに、自分がスコピディア(ごみ捨て場)で生活していた頃、配給に来たシスター達によって連れて行かれた教会での出来事を思い出していた。教会の中は人々を洗脳するように創られている。スイにはその空間が生み出す無言の押し付けがましさに、何やら自分を自分じゃなくされる様な気がして、酷く嫌な感じがした。あの時は、どうやってその窮地を脱したんだっけ?

ふいに扉の外からノックの音が響いた。

「誰?」

重い金属製の扉が開く。そこには1人の黒いブルカを全身に纏った大柄な女性が立っていた。

「今から貴女をセロイの元へ案内します」

そう言うと女はスイの両手首に再び手錠をかけた。

「セロイって?」

「偉大なる我等が主、アッラーフからの言葉を預かり、人々へ広める者達の総称です」

「でもムスリムにとっての預言者(ナビー)は、ムハンマドで最後でしょう?」

「クルアーンではその様に記述されています。ですが、セロイは洞窟章にてムーサー、則ちモーゼが教えを請い、そして道を授けた名前のない預言者に繋がる存在と、我々は考えております」

「貴女方はムスリムなの?それとも別の宗教の信者なの?」

「私個人はムスリムです。ただし此処はアブラハムの宗教団。呼び方は異なれどお仕えする主は同じ神、聖典は異なれども啓典の民は同胞です。とは云え、サンヘドリンはセロイの存在には半信半疑で、新約聖書同様、受け入れたくない者も多いそうですが」

スイはムスリムの女性の言葉を受け、抵抗せずに彼女に従う事にした。それが今の状況下では得策であると考えたのだ。

「私は世界連合本部に連れて行かれると聞いていたけれども、そうではないのね?」

「はい」

スイは手錠に繋がれたまま、ムスリムの女性の後について長い廊下を進んだ。

「セロイは世界連合に属する存在ではありません。洞窟の中にて聖なるオークの葉の音から世の中の動きと未来を察し、黒鳩、又はペレイアデスと呼ばれる神の御使いからお言葉を賜る事の出来る、数少ない預言者達を指します。その中でも最高位のセロイは代々ゾロアストレース、又はザラストロと呼ばれています」

スイはムスリムの女性の後ろについて歩きながら、デフテロと同調するか、もしここにセイがいれば、今聞かされた内容についてもっと詳しい知識と記憶を自分に示してくれただろうに、と思った。

「でも私は、クリスチャンでもムスリムでもないわ。それなのに何故私は此処迄連れて来られたの?」

「その理由について知るのは、偉大なる我が主アッラーフと、セロイのみ」

「可哀想に…貴女は神の命令なら、自分が何をやっているのかを理解していなくてもやっていいと思っているのね」

「教えを信じ行動する者には全て、天の国への道が約束されていますから。それに、やった事が本当に正しいかどうかを決めるのは貴女を含む現在の我々ではなく、歴史を綴る未来の勝者達です。それがこれ迄紡がれてきた記録の積み重ね、人の歴史と云うものですよ」

スイは押し黙ったまま、ムスリムの女性の発言に釈然としない感情を表に出さない様、必死に押さえていた。もし、彼女の発言を正とするならば、ジハードによる侵略も、十字軍による略奪も、中世の魔女狩りも、重金主義によるインカ文明の破壊と支配も、やって当然だったと言うのか。

「さあ、こちらにお入りなさい」

手錠に繋がれたスイが通されたのは、古い広い聖堂だった。僅かな明かりが柱の上から照らしても尚、堂内は全体的に暗く、中を隅々迄見渡す事が難しかったが、聖堂の奥には幾人ものユダヤ教の祭司達、修道士達、牧師達、ターバン姿やヒジャブ姿の者達が集っていた。それはユダヤ教、カトリック、プロテスタント、ムスリムとは殆ど縁のないスイにとっては大したことではない様に見受けられたが、100年以上前の感覚であれば、異様な光景に見えた事だろう。

「お集まりの皆様、かの娘をお連れ致しました」

スイの前に立つブルカ姿の女性がよく通る声で言った。それと共に聖堂の中は大勢の大人達の怒号やヤジの渦に包まれた。スイは無表情のまま、ブルカ姿の女性の後ろから感情的な形相の大人達を見やった。

「ありがとう。我が友ファーティマ」

3人の白い長衣姿の男達が聖堂の壇上に立った。彼らの服装は仏教徒の物の様であったが、3人の顔の両目は包帯の様な布でぐるぐる巻きにされていた。そのうちの最も背の高い男が宣言した。

「それでは魔女裁判を始めようではないか」

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