45章
ほぼ真夜中になる頃、要=テタルトはデフテロとスイの元にたどり着いた。
「アサナギ…」
長時間の同調で要はかなり疲労していたが、デフテロの脇にいる小さな少女の姿を見つけ、ほっとした気持ちが胸の底に広がった。
「美崎君…」
スイは兄から聞いた話を思い出しつつ、テタルトを見上げた。一方、要=テタルトはスイの傍らに見える、チェロを持つ一人の青年の存在を認め、話しかける。
「アサナギ・シン、だな?」
「そうだよ」
「俺はあんたに尋ねたい事が山程ある」
「だろうね。だが、残念ながらスイは生命維持出来る時間が限られている。エアボードも壊れているし、イカロスも片翼が破損して飛べない。だから、出来るだけ早くスイとセイを、君の本体がいる空母の所迄連れて行ってあげてくれないかな?」
「兄さん…」
スイは兄シンに促され、後ろ髪を引かれる思いが残りつつも、カプセルに戻ってデフテロとの同調を再開した。
「セイ!」
「んー、おはようスイ」
「セイ!私達に兄さんがいるんならそうと、教えてくれたっていいじゃない!!」
「スイ、元気そうね。良かったわ。でも、あんまり怒ると酸素の消費が早まるわよ」
「セイってば!…でもセイが無事で本当に良かった…」
「スイ、お兄様に聞いたんでしょう?私もお兄様と同じ、ダイモンと同化してるだけの存在よ。デフテロを介して貴女とやり取りしてるだけなの」
「でも、またセイと話せただけでも凄く嬉しい」
スイ=デフテロは身体を起こし、立ち上がった。
「セイ、スイ、大丈夫そうだね?」
シンがデフテロを見上げながら微笑んだ。
「ええ、お兄様ありがとう」
セイが何時になく朗らかに応える。デフテロはスイの入ったカプセルを持ち上げ、イカロスのベルトで胴体に固定した。
「どういたしまして。スイ、要、もしギガンテスと今後も戦い続けるなら、キュクロプスの所へ行くといいよ」
「どうして?」
「君達が戦いに使っているその剣は、人間には作れない代物だからさ」
「何処に行けばそのキュクロプスに会えるの?」
「セイ、彼らが何処にいるのか知ってるんだろう?」
「ええ。でもヒューペルボリアと同様、人間には立ち入れない領域にいるわ。それに、ここから世界連合の本部よりも更に遠いから、寄り道するとかのレベルじゃないし」
「そうだね。今回はスイの安全を最優先して行っておいで」
要=テタルトはイカロスを起動し、デフテロと前後に重なるようにしてエアボードに2体の脚を固定した。
「行くぞ、アサナギ」
「オーケー」
海からの風を受け、エアボードが走り出す。2体分の質量の為、離陸する迄長い滑走を必要としたが、何とか空中に浮かび上がった。
スイ=デフテロは地上の兄の姿を再度顧みる。シンの黒髪が風に煽られ、髪型が崩れていたが、本人は直す素振りもせず、此方を見て微笑んでいた。
「ねえ、セイ」
スイはデフテロとテタルトの飛行が安定し、ヒューペルボリアの大地が見えなくなると、セイに尋ねた。
「私、此処で目覚める前、父さんと母さんの夢を見たわ。あれはセイが見せてくれたの?」
「そうよ。正確には私とお兄様の二人で見せたの」
「ありがとう。私、自分の名前の由来が分かって凄く嬉しかった」
「そう。良かったわね」
暫くするとモニターからザアザアとノイズが鳴り、スイの名前を呼ぶ声が混じった。
「…スイ?…聞こえ…る?」
「フェイさん!!」
「…スイ?…無事?」
「はい!!」
ノイズが酷くなった。どうやらラボのメンバーが歓声を上げたらしい。
「スイ、デフテロは?」
着水したためか、音質はクリアではなかったが、少しずつノイズが減って聞こえる様になってきた。
「海に落ちましたが、同調は出来ます。イカロスの翼の片方がダメになりました。エアボードも破損してます」
「大変だったのね!でも貴女達が無事で本当に良かったわ!」
再度ノイズが入り、暫くして別の声が聞こえてきた。
「スイ、要、聞こえるか?」
「ローズマリーさん!」
「北緯63度59分06秒、西経22度36分20秒のポイント迄来れるか?我々はそこで待っている」
「了解です!」
夜間飛行は何も見えなくて怖かったが、かつてケプラヴィーク空港があった辺り迄の道のりは、さほど時間はかからなかった。海上に空母の光が眩しく、其処だけが別空間の様でもあった。だが、眩い光に照らされた甲板上に降り立つ頃には、テタルトはフラフラの状態だった。甲板上にエアボードが着地するとほぼ同時に、スイ=デフテロはテタルトの両脚と固定していたバンドを剣で切り離した。
「美崎君、もう大丈夫よ?」
デフテロは軽やかにエアボードから離れると、それと同時に砂の山が静かに崩れ落ちて行く様にうつ伏せに倒れたテタルトを甲板の中央迄引っ張って行き、仰向けにひっくり返した。すると、デフテロとテタルトがいる甲板の中央部が床ごと下へ沈む様に稼働して行き、その境目から天井が現れ、空母の艦内に閉じ込められた。
「アバターが戻って来た!」
壁際に小さな扉が出現し、白い防護服姿の兵士達が何人も入って来た。彼等は仰向けのテタルトと直立するデフテロにホースを向けた。
「スイ、これから君達の洗浄を行う。カプセルを下ろしてデフテロをスリープモードにするんだ」
外見からは判別出来なかったが、防護服姿のうちの1人がローズマリーである様だ。スイ・セイ=デフテロは自分の身体が入ったカプセルをベルトから外し、床に置いた。それを待ち構えていた防護服達がカプセルにまず放水する。
「さあ、次はそっちだ」
片膝をついてしゃがんだ姿勢で座るデフテロにホースで四方から水を被せられた。デフテロの洗浄が終わると、テタルトの上半身をデフテロが起こす形で隈無く洗い流された。
一通り洗浄が終わると、カプセルの周りにテントが張られた。中に2人の防護服姿の兵士達が入り、カプセルの出入口をノックした。
「待たせたな、スイ。大丈夫か?」
カプセルの扉が開くと、スイが弱々しく防護服姿の片方、ローズマリーの方を見て懸命に微笑もうと顔を引きつらせた。
「いい、いい、そのままで」
ローズマリーはスイの口元の緊急用酸素マスクを手際よく外すと、もう1人の防護服姿の兵士から新しい酸素マスクを受け取り、スイの口元にあてがった。
「ゆっくり深呼吸するんだ…大きく吸って、吐いて…」
スイは頭が朦朧としていたのが、少しずつ落ち着いていくのを実感した。そして大きく噎せた。
「落ち着いて。もう大丈夫だ。此処で暫く安静にしてて、問題がなさそうだったら、スイも消毒液で洗浄だ。それが済めばテントの外に出てもいい」
スイはローズマリーに向かって頷いた。
「君達が無事に戻って来てくれて、本当に嬉しいよ。また後でな」
ローズマリーはもう1人の兵士と共にテントから出て行った。スイはゆっくり息を吸ったり吐いたりを繰り返しながら、初めて知った兄の事や、夢で見た両親の事、そしてヒューペルボリアまで迎えに来てくれた要=テタルトの事等、頭に思い浮かぶまま思い起こしていた。
スイが無事に空母で保護されたのをテタルトを介して知ったシンは、安堵の表情を見せた。その背後へ、ズボンの両ポケットに両手を突っ込んで颯爽と立つ一人の少年が姿を表す―紛れもなくソウその人であった。その気配に気付いたシンはゆっくりと後ろを振り返る。
「ソウ。まさか君が直々に僕の所に来るとはね。どうしたんだい?」
「お兄ちゃん。益々顔が母さんそっくりになってきたんじゃない?」
「そう言うお前こそ、父さんの面影が濃く現れて来ているよ」
「ハハッ…やめてよ。僕は父さんの事が大嫌いなの、知ってるくせに」
「それで、ソウ。君はわざわざ僕の顔を見るだけの為に此処に来たんじゃないんだろう?」
「うん…お兄ちゃん、今後こそ僕達の味方になって欲しかったのに、どうしてまたしてもザースの肩を持つの?」
「僕達は7000年前も今でも、どちらも味方するつもりはないよ。誤解しないで貰いたいな」
「それじゃあどうしてお姉ちゃん達を助けたりなんかするのさ?助かった所で、ドドナの連中の所に連れて行かれてしまうだけなのに」
「ソウ。今はまだあの娘達2人の存在が世界には必要不可欠なんだよ…次の時代が始まる為にはね」
シンは深い青い両目でソウを見据えた。一方ソウもまた深紅の両目をシンを睨み付ける様に大きく見開いた。




