43章
巨大化した黒い雲の固まりは、上空へ行くにつれて太陽の光に照らされ、白く柔らかに膨らんでいた。
要=テタルトはスイの指示を受け、雲の表面を削って頂上を目指した。
「テタルトが上空迄到達したら、私が所持するレーザーライフルのバッテリーを渡して、そのままギガスの注意を引き付ける役に回る。その間に美崎君はライフルを発射出来る様セッティングしてね。終わり次第、私とセイの事は気にかけずそのままギガスを攻撃して」
「分かった。だがお前は囮になれるのか?」
「出来るよ。それに、このギガスに止めを刺すのは私達じゃなくて、美崎君達だから」
要=テタルトが上空へ抜け出すと、旋回していたスイ=デフテロがすかさず寄って来て、さっとライフルのバッテリーを手渡した。
「アサナギ、お前の予備の分も貰って良いのか?」
「いいから早くセッティングお願い」
スイ=デフテロはそう言うや否や、右手の剣と左手の鞘で雲を前に身構えた。その瞬間、デフテロの前に金色の目を爛々と光らせたギガスが、黒い足と長い首を突き出す様にして雲の中から姿を表した。ろくろ首の様にデフテロの手足の自由を奪おうとし、また両足で強烈な蹴りを加えようとしてくるギガスに、スイ=デフテロは剣と鞘で何とか防戦していた。
「アサナギ、退け!」
要=テタルトはバッテリーを交換し終え、ギガスに向かってライフルを構えた。
それを見たギガスは、再び金切り声を上げてテタルトに向かって突進しようと羽ばたく。
「行かせない!」
スイ=デフテロは咄嗟にギガスの動きを止めようと行く手を阻んだ。ギガスは目の前に飛び出してきたデフテロの首筋に噛みつこうと大きく裂けた口の牙を剥く。その歯牙にかかるのを避けようとスイ=デフテロは身をかわすが、ギガスはイカロスの片翼を粉々に噛み砕いてしまった。
「落ちる!」
スイ=デフテロはギガスの胴体にしがみついた。ギガスは突然体の自由を奪われ、暴れ回りながら振り落とそうと体を捩った。そしてデフテロの重さが加わった事で高度も下がり始めた。積乱雲の中をギガスにしがみつきながら落下しつつ、全身に雹や雨らしき氷や水の粒だけではなく、雷の基になる微量な電流も受けているのが感じられた。
空から落下しつつ、ギガスが首を伸ばし、翼を羽ばたかせてて何処かへ向かおうとしているのをスイは感じとった。
「何処へ行く気?」
胴体にしがみついたまま後ろを振り返ると、ローズマリーが乗った飛行機が雨の中を飛行しているのが見えた。
「いけない!」
スイがそう思った途端、ギガスは目を光らせた。すると稲妻が飛行機へ向かって一直線に放たれた。被雷して飛行機は左右に揺れると、そのままコントロールを失った。
「同調が途切れる…!」
スイはカプセルの中で目を覚ますと外に向かって呼び掛けた。
「ローズマリーさん!大丈夫ですか?!」
「飛行機の計器が雷にやられてしまった!スイ、お前は避難しろ!!」
「いえ、私はもう一度デフテロと同調します。そしてデフテロでこれから海に落ちるこのカプセルを回収します。ローズマリーさんと皆さんは早くここから脱出して助けを呼んでください!」
「スイ!」
ローズマリーの制止を振り切り、スイは再びセットし同調に入った。先程同調が途切れた事で、ギガスにしがみついていたデフテロは、両手の握力を失いそのまま海に落ちた様だった。
「相変わらず無茶な事するのねえ」
「セイ、大丈夫?」
「身体が重いわ。それに凍えそう」
「早く、飛行機の墜落するポイント迄、行かない、と…」
スイは凍てつく海水と豪雨で体温が下がり、体力が急激に失われていくのを感じた。身体が何とか浮こうともがくがそれも厳しくなっていく。もう海面に浮き続けるのは無理かな…そう思った途端、スイの意識が途切れた。
要=テタルトはデフテロがギガスの身体にしがみついたまま落下した時、ライフルを再び構えかけたが、今ギガスを狙って打てばデフテロ共々落下の速度を早めるだけだと気づき、ギガスの後を追う他方向がなかった。
積乱雲を突き抜け、飛行機に被雷する様子も見えた。暫くして飛行機から4つの脱出ポッドが飛び出し、ギガスにしがみついていたデフテロの手が離れ、海に向かって落下していくのが目に入った。
「アサナギ!!」
要=テタルトは速度を上げて海に向かって一直線に落下するデフテロを追いかける。だがそれと共に墜落する飛行機も目に入る。それが僅かに要の判断を迷わせ、テタルトの速度を緩めさせてしまった。一方邪魔なものが落ちて身体が軽くなったギガスは急旋回してテタルトに向かって飛んで来た。要=テタルトも今度は躊躇わずにライフルのボタンを押す。だが、ギガスは金切り声を上げ、レーザーを物ともせずにそのままテタルトに体当たりしてきた。
「そっちがその気なら!」
要=テタルトはそのままギガスとレスリングの如くとっ組み合った。ギガスもまた金切り声を上げて長い首でテタルトを締め上げ、隙あらば噛みつこうと躍起になる。それでも要は力を緩めず、空中で格闘し続けた。
今のこの状態では、ギガスに止めを刺す事は出来ない。要はギガスと組み合う中、数十m前に荒涼とした島があるのが目に付いた。要は残っている力を振り絞ってギガスもろとも海中へ突っ込んだ。呼吸が出来ず激しくもがくギガスを力一杯締めつけながら島に迎って一直線に突進する。
「苦しい…!」
要もまた、海中で息が続かず、飛び魚の様に海面へ出て息継ぎしながら、島の磯浜に向かって進み続けた。
「これでどうだ!!」
ゴツゴツとした磯浜の岩礁に、ギガスの身体を打ち付ける。益々嫌な金切り声を上げて、ギガスは暴れ狂った。
その時、要の頭の中で、聞いた事のない女の低い声が響き渡った。
「生ぬるい。妾がこいつの息の根を止めてやる。貴様は下がっていろ」
「…!?」
気がつくと要は自分の精神が後ろに引き摺られる様な不思議な感覚に襲われた。そしてそのままテタルトは要ではない何者かに操られ始めた。
テタルトは岩礁を片手で掴むと、そのままパンの塊をちぎるかの様にむしりとった。そしてその引きちぎった岩をそのままギガスの顔や首に叩きつける。磯浜に打ち上げられたイルカか鯨の様にギガスが動かなくなると、テタルトはそばにあった自身の3倍近くある大きさの岩を抱え、ギガスを巨石の下敷きにしてしまった。
岩に潰されたギガスの白い羽根が海面に散らばって浮かび、波に洗われた。更にその紅い血が海水と交じり、岩肌や波の泡をどす黒い赤色に染める。ただうねる波の音と雨垂れの音だけが響いていた。
その時、要の頭の中で、テタルトを乗っ取った女が不気味な声で高らかに笑った。その笑い声が要にとっては酷く耳障りなものだったので舌打ちをして言った。
「…お前、もういいだろ?引っ込めよ」
「何だ。こんな相手に一人を打ち負かす事も出来ない貴様が、今後どう戦うと云うのか?」
「うるさい!黙れ!」
「まるで子供の駄々だな。貴様はあのダイモネスの器を慮って攻撃を躊躇っていた様だが、妾なら容赦しないぞ」
テタルトの中の何者かは返り血に染まった両手を眺めながら再び笑い声を上げた。
「それにしても受肉すると云うのは、こんなにも心地好いものとは知らなかったぞ。これからは妾が軟弱な貴様に代わって、この器を支配してやる」
要は同調を無理矢理切断しようとしたが、突然息苦しさを覚えた。ただ目の前に立ちはだかる何者かの圧力に押し潰されそうだった。その時だった。
「タラッサ。これ以上の勝手は僕が許さないよ」
要は新たに別の少年の声を耳にした。何故か要にはその声を聞いたのは初めてではない様に感じられた。そして新たに出現した存在が、タラッサと呼んだ圧力を抑え込んだのか、要を襲っていた圧迫感が急に軽減した様に思えた。圧迫感から解放されて、要はかすれ声で呟いた。
「アサナギを探しに行かないと…」
要が起き上がろうとすると、少年の声が再び頭の中に響いた。
「そうだね、要。セイとスイは既にもうこの島に来ている」
「島の何処に…?」
「僕が案内しよう。 要はそのまま同調を保っていてくれ。タラッサに代わって僕がこのアバターをセイとスイがいる所迄移動させるから」
要は声の主に尋ねた。
「お前は誰だ…?何故アバターの事を知っている…?」
「僕はアサナギ・シン。アバターの話はセイから教えて貰った。とりあえず彼女達の元へ行こうじゃないか」




