40章
テタルトが地上に出た日以降、テタルトがデフテロを平和維持軍の本部へ運ぶ計画がどんどん進んで行った。まず、スイと要は、長距離を移動する為の長時間アバターと同調し続ける訓練が始まり、また移動中にギガスのあらゆる攻撃を受けても防戦するべく、護身術やあらゆる格闘術、ついでにレーザーライフルの操作も教え込まれた。
「戦うのは私のキャラじゃないんだけど」
セイは渋々訓練に付き合っている様であったが、彼女の中に昔の何処かの国の軍従事者の記憶も備わっていた為か、飲み込みが早いとローズマリーは評価した。
「スイ、やはり我々と一緒にヨーロッパコロニーへ来ないか?」
「ごめんなさい、ローズマリーさん。他のコロニーには凄く興味があるんですが、軍に入るのはどうしても出来ないです」
「そうか。いい兵士になりそうなのに残念だ。それにデフテロの折角の能力も、スイがいなければ発揮できないのも皮肉な話だ。要、君はどうだ?」
「俺はただ、デフテロとスイを守る為に同行するだけだから」
「ははは。別に今すぐでなくても構わないよ。何年か経ってアバターが実用化されて、ネオ・ムセイオンの実験が打ち止めになった時にでも、ぜひ考えておいてくれ」
チーム7のラボで会って以来、ローズマリーはスイ達に平和維持軍についてや戦闘のノウハウを色々教えてくれていた。実際にそれらの知識を使う機会が来ない事をスイは望んでいたが、これ迄の経験上、大西洋横断が無事に済むとは思えなかった。そして何よりも今回の同調は、スイと要が同調するのに使用するカプセルを航空機で輸送しながら、その中からアバターを動かすという、アバターの実験で初めての試みをしようとしている為、備えは絶対に必要だった。
「スイ、ネオ・ムセイオンを出る意思は変わらないの?」
偶然訓練の間にロッカーでスイとジェシカは再会し、そのまま二人揃ってカフェテリアで休憩を取っていた。
「うん。ユリアがフォスターケアセンターに話をつけてきてくれて、そこに行く事にしたの」
「何か勿体ないわね。ネオ・ムセイオンに残っていれば、今の生活を維持出来るのに」
「そうなんだけどね。ここに残ってても私、実験に参加するでもなく、ただ18歳になるのを待つだけになっちゃうから」
「ふーん」
ジェシカは目線を逸らして紙パックの栄養ドリンクを飲み干した。
「ニックもあの実験の事故以来、ずっと昏睡状態だし、あんたももうすぐいなくなっちゃうし、アバターの実験もどうなっちゃうのかしらねー」
スイはただ黙って俯くしか出来なかった。
「アサナギ」
要がスイ達のいるテーブル迄やって来た。
「何?」
「もうすぐ休憩終わる」
「うん、わかってる」
ジェシカは頬杖をつきながらニヤッとして尋ねた。
「スイ、彼は誰?」
「ジェシカは初めて会うんだっけ。彼はテタルトのパートナー、美崎要よ」
「そう。初めまして。もし一緒に地上に出る時は宜しくね」
無表情のまま無言でいる要を、スイは嗜めた。
「美崎君、ここは相手に宜しくって返事するのが礼儀よ」
「…宜しく」
「オーケー。それじゃジェシカ、私達もう行くわ。またね!」
ジェシカは慌ただしくカフェテリアを立ちさって行ったスイと要を見送りながら、ポツンと呟いた。
「見せつけてくれちゃって、もう」
いよいよスイ達が平和維持軍と共に海を渡る日がやって来た。と言っても、パートナー2名の体力や集中力等も考慮し、4日間に分けての旅程が組まれた。軍の本部に到着してラボに帰還する迄は終始衛星通信でネオ・ムセイオンと繋がっているとは云え、要以外は全て平和維持軍の関係者に囲まれて10日間近く過ごさなければならない。これはスイには緊張感に縛られ続けると云う、精神的な持久戦だと思わせるには十分であった。
「行ってらっしゃい。道中ご無事で」
そう言ってドリーがスイに渡した紙袋の中には、農園で採れた小麦粉やヤギのミルクや鶏の玉子等で作られた自家製パンとケーキが入っていた。今回のミッションが終わって、次にシェアハウスに戻る時は、フォスターケアセンターに移る準備の為の最後の滞在になるだろう。スイの中にはただただ感謝の気持ちだけで一杯になり、胸の奥が熱くなった。
「スイ、スタンバイオーケー?」
「イエス」
カプセル内に取り付けられた救急ベルトで身体を固定し、緊急用の酸素ボンベや非常水、非常食等を確認する。カプセル内が恰も宇宙船の緊急脱出用ポッドの様だった。
「要、スタンバイオーケー?」
「イエス」
モニター越しに要の声を聞き、スイの中で更に気持ちが引き締まった。
「それでは予定通り移動を開始する」
先ずは航空機が地下ゲートから地上滑走路へ移動し、平和維持軍の航空特殊部隊がスイ、要の入ったカプセルと共に離陸する。上空で機体が軌道に乗ったら、地上エレベーターからアバターが出て後を追うという筋書きだった。
カプセルの中で外の様子は見えなくても、自身の身体が何処かへ運ばれていく感覚がした。
「セイ」
「なあに?」
「100年位前迄は人類は飛行機で色んな場所にも行ってたし、宇宙にも行ってたんでしょ?それなのに今はどうして制限される様になっちゃったの?」
「そりゃ飛行機を飛ばしたり、宇宙にスペースシャトルを打ち上げたりする事は資源も費用も大量消費する事だもの。確かに、400年位前迄は人類が空を飛ぶなんてあり得ないと思われてた。でも、飛んだ。300年位前迄は、地球上の資源に限界が来るなんて思ってもいなかった。だけど、何時しか底をつく日が来ると判明した。200年位前になってやっと、このままでは人類は地上で生きて行けなくなると焦り始めた。しかし、時既に遅かった。100年位前になると、地上に残された資源と行き場を奪い合って醜い争いをしていたわ。今の世界はその成れの果てよ」
「じゃあセイ、次の100年後はどうなっていると思う?」
「私には分からないわ。スイ、貴女だったら見ようと思えば見れるのではなくて?」
「…真っ暗で何も見えないわ」
「それは何を示すのかしらね。でもそれが何かを私達が知る日は、人類にとっては最悪な日でもある、と云うことだけは分かるわ」
モニターから聞こえてきたアナウンスで、飛行機が地上滑走路に到着した事を知らされた。スイは訓練で教わった通り、通常時用の酸素マスクを顔に装置した。
「ボン・ボワージュ、スイ。また後でね」
セイの声が途切れ、大きな振動と共に身体が重力に抗う感覚に襲われた。飛行機が無事に離陸したのだった。




