39章
ユリアはネオ・ムセイオンに着くなり、そのままチーム6のラボに駆け込んだ。
「テタルトが地上に出たんですって?」
「ユリアさん、僕らも初耳でした。所長が進めていた人造人間とアバターのペアリングは完成してたんですね」
座っていたミッコはユリアの方を向き、レポート用紙を数枚手渡した。
「正確じゃないかもしれませんが、フェイからです。デフテロと比較したテタルトの数値らしい」
「ありがとう。ごめんなさいね、肝心な時に留守にしてて」
ユリアはレポート用紙に目を通し、ミッコがモニターに映してくれたテタルトの動画に注目した。
「スイとデフテロの時もかなり驚いたけれど、テタルトもなかなかね…」
その時、ラボの扉が開いた。眠そうなジャックの姿があった。
「随分とお疲れ気味ね、ジャック」
「ああ、ユリア。所長命令でずっと籠りきりだったから…」
「籠りきり?」
「そう。テタルトの完全装備を1日で設計して造れってさ。むちゃくちゃだったよ」
「ジャック、母さん所のペアが同調迄進んでいた事、知ってたの?」
「一昨日ね」
ユリアは2日前の事を思い出した。あのカマドウマの様なギガスと戦いの後、例の少年がスイを訪ねて来た辺りだ。あの時既に実用化に向け生産されたペアリングが誕生していたのか。
「じゃあ僕、今日は半休取る事にしたから後お願いします~」
ジャックは休暇申請書をユリアに送信し、席に置いていた荷物を持つとそのまま帰っていった。
ユリアははぁ、と息を吐き、気持ちを入れ直した。
「チャーリー、フェイとスイはまだチーム7に?」
「先程テタルトがトゥリトと一緒に地下へ帰還したそうなので、そろそろ戻るとの事です」
「了解」
そう会話をしているそばからラボの扉が再び開き、フェイとスイが戻って来た。
「あら、ユリア今日はプライベートの用事があったんじゃなくて?」
「貴女からの知らせを聞いてすっ飛んで来たのよ。まさかテタルトがここ迄完成度が高いとはね」
「フフ、そう言う所、やっぱり貴女も研究者肌ね」
スイはフェイもユリアもテタルト、要のアバターの事ばかり話しているのを横から見ていて、誰もニックやトゥリトの事を心配していないのかと、内心もやもやしていた。それを見てユリアは言った。
「ペアリングの先輩としてテタルト、どう思った?スイ」
「美崎君は元からデフテロの動きを見て学習してたようなので、流石だなと思いました」
「美崎?」
ユリアはその名前に聞き覚えがあった。
「あの少年、美崎って云う名前なの?」
「はい。美崎要って名乗ってました」
ユリアは複雑な表情を見せた。スイはユリアの表情の変化に気がつきつつも、特にその事には触れなかった。触れたら何か悪い方に話が流れそうな気がしたのだ。ユリアもまた冷静さを保とうと努めながら言った。
「理論的にはスイ同様、人間に由来する数値はアバターとパートナーで100%一致してるし、地上に出ての適応力もある。母さんも大喜びね、きっと」
「デフテロはテタルトに本部へ運ばせるみたいです」
「誰から聞いたの?スイ」
「チーム7のラボに来てた、平和維持軍の人です。ジョシュア・ベニントンさん」
「ふうん」
平和維持軍の本部はスイ達がいる北米大陸の西海岸側のコロニーではなく、ユーラシア大陸の地下コロニーの中にある。ただし平和維持軍の基地は全コロニーの中にも存在している。何故地上に出たばかりのテタルトに運ばせようというのか、ユリアには合点が行かなかった。そしてアバターの実験そのものが何処に向かって進もうとしているのかも、不信感を抱かずにはいられなかったのだ。
チーム6がテタルトの話題で持ちきりだったのと同じ頃、ユーラシア大陸の地下コロニーにある研究所内では、ソウもまたテタルトの出現と裏で平和維持軍が動いているという知らせを受け取っていた。
「ありがとう、ディアノーメノイ」
ソウは通信システムのホログラムをオフにすると、無表情のまま別のモニター画面を開く。ソウの下には世界中のコロニーにいる人々から教えや導きを乞う声が寄せられていた。ソウはAIや自動チャットシステムの力を借りる事なく、全ての声に耳を傾け、一つ一つに答えていた。
暗い研究室の扉が開き、廊下から光が差し込んだ。一人のショートカットの20代前半位の女性が入室し、ソウの背後に立った。
「ソウ君、もう休んだら?」
「ありがとう、ラナ。でも心配しなくてもいいよ。僕は未来の時間を好きに出来るから」
「ソウ君をシークレット・チーフと呼んだり、アレイスター・クロウリーの生まれ変わりだと言ったりする大人達の事なんて、勝手に好きにさせておいたらいいんじゃないかな」
「ハハッ。ラナは優しいなあ。でも、僕は十分子供時代を堪能したから、もういいんだ。それに、現にザラストロの言葉だけでは納得出来ない人達が世界中に大勢いて、その彼らが僕達の言動に何かしらの救いを見出だせたと云うのなら、僕達はその思いに応えてやらないといけないからね」
ソウは現在10歳だが、8歳の時に文化人類学、史学、民俗学の分野でワールドユニバーシティの博士号を取得していた。だが、外見や年齢や人種で自分への態度をあからさまにする人達がいる、という事実についても十分に心得ていたので、決して学会を始めとする社会の表舞台に出る事はしなかった。
「ところでラナ、マキノ博士の方は順調?」
「ええ。今の所は」
「流石。ラナって云う出来る助手もいて、マキノ博士はホント抜かりないね」
「ありがとう。ソウ君の方はどうなの?相変わらずソウ君がずっと探してる女性の手掛かりは掴めた?」
ソウはラナに質問され、まるで幼い子供が母親とはぐれてしまった事に気が付いた時の様な表情を見せた。
「いや、全然…」
ソウはそう言いかけて、振り返ってラナの顔を見た。
「ラナはこのままリョウちゃんが見つからなくてもいいと思ってるの?」
いつものソウの鋭い赤い紫色の目で凝視され、ラナは言葉を詰まらせた。
「いえ…ソウ君が彼女と一刻も早く再会出来れば、色々な問題がいい方向に進むんじゃないかとは思うのよ。ただ、もしソウ君がここを去ってしまったら、残される私やマキノや、その他のここの皆はどうなってしまうんだろうって、時々不安になるわ…」
それを聞くと、ソウは不敵な笑みを浮かべた。
「ラナ、それは心配ないさ。僕がリョウちゃんと会えれば、何もかもが終わるのだから」




