30章
「ニコラス、おめでとう。トゥリトは完全に成長しきってはいないが、人型形成出来たよ」
ニックはまだ自分がプールか静かな海の中に揺蕩う生き物であるかの様な感覚のまま、モニターから聞こえてくるエドの言葉を受け止めた。
恐る恐る瞼を開くと、一気に明るい世界へ引きずり出された。
「俺、同調した…?」
「そうだよ、ニコラス。長時間よく頑張ったな」
ずっとカプセル内で横になっていた為、起き上がろうとすると目眩がした。再度カプセル内に横になると、モニターから今度ははっきりとエドの声が聞こえた。
「ニコラス、よく聞いてくれ。今、ジェシカとスイが地上でギガスと戦闘している。そのギガスを君とトゥリトでレーザーライフルを使って打ち落とすんだ」
「ちょっと待って、エドさん。俺まだアバターと同調したばかりで上手くコントロール出来るかも分からないし、万が一プロトやデフテロに当たったらどうするんですか?」
「レーザーライフルを開発したのは、チーム6のジャックだが、とりあえずカプセルの外に出て彼のレクチャーを受けてくれ。プロトとデフテロはお前が準備できるまで6時間ずっとギガスと戦って待ってくれてるんだぞ」
ニックは同調中に暗闇の中から聞こえたスイの言葉を思い出した。それと同時にカプセルの蓋が開く。ジョニーとジャックの姿があった。
「お疲れ様、ニコラス。とりあえず水分補給だ」
ジョニーからゼリー飲料のパウチを手渡され、ニコラスは一気に飲み干した。
「やあ、ニコラスくん。僕はチーム6のジャックだ。僕が試作中のレーザーライフルを君にスタンバイさせる様にと、スイ直々のオーダーでね」
ジャックは持っていたタブレット端末をニックに手渡し、レーザーライフルの仕組みと操作を簡単に説明した。
「アバター用レーザーライフルは相手が約15km圏内にいれば射撃が出来る。このスコープで狙撃対象をロックすれば、多少相手が動こうとも、GPSで微調整される。スイは君にトゥリトでライフルをスタンバイして置いてくれと言っていたが、プロトもデフテロも長時間の激しい飛行で、エアボードと飛行装置のバッテリーチャージがいつ切れるかも分からなくてね」
ニックは壁面のモニター画面に映し出された地上の様子を目にした。そこには月明かりの下、俊敏な動きをする巨大昆虫の様なギガスと、更に素早い動きでうねうねと動く2本の触角から逃げている2体のアバターの姿があった。
「ジャックさん、ニックはどうですか?」
ジャックのスマートウォッチからスイの声がした。
「一通りレーザーライフルの扱い方は教えたよ。後は再びトゥリトと同調して、レーザーライフルを持ってエレベーターで上がってセットするだけだ」
「ニック、そこにいるの?」
ジェシカの声だ。
「ニック、よく聞いて。レーザーライフルがあればギガスを倒せるかもしれないの。でもプロトもデフテロもギガスに完全にマークされてて地下まで取りに戻れない。だからトゥリトで地上迄持って来て欲しいの」
「ジェシカ、俺、同調したばかりで上手く出来ないかもしれない…」
「ニック、心配しないで。上手くいかなかったらその時は私が引き継いでスイにパスするわ」
「分かったよ、ジェシカ」
チーム7のモニターからトゥリトに簡易装備のセッティング完了の報告が入った。ニックはジョニーからもう1本ゼリー飲料をもらうと一気飲みした。
「エドさん、ジョニーさん、俺、地上に行って来る」
「おう、行って来い」
ニックは再びカプセルの中に入った。同調すると、自身の心音がはっきり聞こえてくるにつれ今までの浮遊感は失われ、代わりに全身をすっぽり拘束された様な圧迫感を覚えた。ふと足元を見ると、窓のないエレベーターの室内の隅に、大振りのライフルが置いてあった。ジャックのタブレット端末で見たレーザーライフルそのものだった。
「こんなので、本当にあれを倒せるのか?」
ニックは自分の手を自然に動かすのと同じように、気がつくと床のレーザーライフルをトゥリトの手で拾い、持ち上げていた。
「ニック、エレベーター上げるよ」
モニターからエドの声がした。それと同時にガタッと音がして、室内全体が上昇していくのが分かった。
「ジェシカ、スイ。今ニックがライフルを持って地上へ向かってる。あと少しの辛抱だからな」
モニターからジャックの知らせを受け、スイ&セイ=デフテロは触角の攻撃を避けながら地上に見える一点の光、ネオ・ムセイオンにつながるエレベーターの乗降口がある所に視線をやった。
「ジェシカ、あとは私がギガスを引き付けておくから、ジェシカはニックの所へ行ってあげて」
「オーケー!」
ジェシカ=プロトはするっと触角の動きを撒いて、エレベーターの光に向かって飛行した。その後を追うギガスの片方の触角の前に、スイ&セイ=デフテロの長剣が触角の行く手を阻む様に宙を薙いだ。
「追わせない!」
スイ&セイ=デフテロは空中を旋回しながら、正面からギガスを睨み付けた。そしてギガスが跳躍するのに合わせて、自身も上空へ飛び上がり、ギガスの動きに合わせて触角が届くか届かないかの所から挑発した。
一方ニック=トゥリトは地上に到着した。エレベーターの床に腹這いになり、ライフルのスタンドを立て、ジャックに指示された通りにセットした。スコープを覗くとギガスと戦うデフテロの姿と、自分の方に向かって来るプロトの姿が見えた。
「キャアア!」
プロトがエレベーターまであと僅か4km位の地点でエアボードのバッテリーが切れ、そのまま地面を滑る様に墜落した。エアボードが砂漠の砂や石と摩擦してガリガリという音と砂ぼこりを上げて来た。何とかエレベーター迄あと数メートルの所で停止する。
「ジェシカ!」
「ニック!こっちは構わないで早く撃って!」
プロトが墜落して立った砂ぼこりが落ち着くのを待ち、ニックはギガスの胴体がスコープの中心に来るよう狙いを定めた。月に照らされて一層不気味さを増したギガスは、動き回るのでなかなかロックオン出来ない。
「ニック、ギガスを正面に誘導するから着地のタイミングで撃って」
モニターからスイの声がした。ニックにはドリーの家にいる時の彼女とは別人の様に思えた。スイ&セイ=デフテロは頂点に達した満月の下、ギガスを真上から挑発した。頭部を持ち上げ、ギガスもまた真上に跳躍する。高く跳びあがると、そのまま上空のデフテロに向かって触角を伸ばすも届かず、そのまま真下へ着地した。ギガスが着地した場所はニック=トゥリトがいるエレベーターの正面から10km位のポイントだった。ニックはレーザーライフルのスイッチを押した。
レーザーライフルから1本の赤い光が放たれ、ギガスの頭部の2つの能面の間に当たった。そのまま赤い光はギガス胴体を直進し、巨大な身体を真っ二つにした。
「やった?」
動きを止めたギガスを上空から旋回しながら見下ろし、スイはふう、と息を吐いた。安心したのも束の間、デフテロの背中の飛行装置が急停止した。
「え?」
エアボードの浮力だけではデフテロの体を支え切れず、そのまま真下へ落下した。
「わあああ!」
デフテロはそのままギガスの骸の上に落ち、怪我はなかったものの、それでもバランスを崩して砂の大地に投げ出された。
「イッタァ…ちょっとスイ、飛行装置のエネルギー残が無くなりそうな事位、予見しておいてよね」
「セイ、ごめんなさい。ギガスをどうしたら倒せるかで頭がいっぱいだった!」
スイ&セイ=デフテロは砂漠の大地に仰向けになって寝転んだ。満月の光に照らされ、夜空が実に美しかった。
「前に見た空と今日の空は全然違うね」
「いつも地上に出ていたのは昼間の時間だったもの。今は夜の時間だから」
「あれが、月?」
「そうよ。地球のたった一つしかない衛星」
「とってもきれいね」
「そうね」
スイはユリアから帰還命令を受けるまで、セイと対話しながら飽きもせず夜空を見続けた。




