28章
スイはカプセル内の闇の揺らぎの中で、前に同調した時に意識が別世界へ飛んでしまった際に元の世界へ戻る手助けをしてくれた白いストラを着た少女の一人と再会した。
「お久しぶりです!スイ様」
「こんにちは。私、また知らない世界に来ちゃったの?セイは何処?」
「いいえ、今日は貴女様にも立ち会っていただきたくて、失礼ながら私の方から貴女様だけをお招き致しました」
少女は毎度ながら聞き惚れる程に澄んだ美しい声で喋りながら、以前にも所持していたタブレットを取り出した。
「立ち会うって、私はどうすればいいの?」
「先ずはこちらをご覧下さいませ」
そう言って少女はスイにタブレットを手渡した。スイはタブレットを受け取ると、自動で動画が再生された。内容はニックが決して自ら語る事のなかった、彼の生い立ちについてだった。一通り動画を見終わってスイはふぅ、とため息をついた。
「ニックが同調できないのは私のせいなの?」
「いいえ、貴女様のせいだけではありません。彼がここに来てからずっと5ヵ月間、我々は見守って来ましたが、アバターとなる核との間の信頼関係が全く築けておりません」
「どうしたら信頼関係を築けるの?」
「ちょっと手荒ではありますが、ニコラスには殻の外へ出てきてもらいます」
少女に連れられ、スイは揺らぎ続ける暗闇の中を進み続けた。やがて前方に膝を抱えて蹲るニックの姿が見えた。そのまま少女はニックの前に立ち、両手で頬を挟み無理やり顔を上げさせた。
「ニック、諦めないで。目の前の全てを受け入れてあげて」
「嫌だ。もうずっと待ってても何も変わらないんだもの」
両腕で顔を隠し、少女の両手を振り払おうとするニックに対し、スイも思わず声をあげた。
「ニック、大丈夫。君が助けを必要としている時は、今度から私が助けに行くから」
ニックはギョッとした様な表情でスイの方を見た。
「今、ジェシカが一人で戦いに挑もうとしてる。どうか彼女を助けてあげて」
「でも、俺どうしたらいいか分からないんだ…」
再びうつむきそうになったニックの手のひらに、少女は金色に輝く一粒の種を手渡した。
「ニコラス、リチャードの事ありがとうね」
そう言って少女は種を持つニックの手を自分の両手で包む様に覆った。はっとした様な表情のニックの目から、涙が落ちた。すると、種は急に芽吹き始め、みるみるうちに金色に輝く一本の木へと成長していった。ニックは自分の手のひらの中で育っていく木をただ呆然として見つめていた。
「さ、スイ様。もう大丈夫です。戻りましょう」
スイは再び少女の導きで、気がつくと自分のカプセルの中に戻って来た事が分かった。
「セイ、私戻って来たわ」
声は聞こえなかったが、すぐそばにセイがいる確かな感覚があった。
「速報です。チーム7で新しいアバター、トゥリトが誕生しました」
モニターからチャーリーの声が聞こえた。ラボにいるユリアのやったわね、という明るい声や、他のメンバーの歓声を聞きながら、スイは良かった、と胸を撫で下ろした。
安堵した表情のスイの背後に無表情のセイは立ち、その隣にいる白いストラ姿の少女に向かって話しかけた。
「カリオペ、貴女がそこまで彼らに手助けをしてやる必要はなかったのでは?」
「いいえ、この建物の中は私達の領域ですし。円滑に物事が進む様に、問題を解決する糸口を与えてやるのも私達の役目ですわ」
「だけど、わざわざスイを巻き込まなくても良いでしょう」
「この件について解決と調和を強く望んでいらっしゃったのは、他でもないスイ様ですから」
地上で調査中のジェシカ=プロトも、イアンからモニター越しにニックの同調成功の知らせを受けた。
「やったね、ニック」
ジェシカも安堵した表情を見せ、採取したデータをネオ・ムセイオンへ持ち帰ろうとしたちょうどその時だった。
ジェシカ=プロトの頭上を黒い影が覆い被さった。
「…何?」
頭上を見上げると、もはや人の形というよりは、巨大なカマドウマの様な外見をした長い6本足の身体を持ち、頭に能面の女と翁を2つ並べてくっ付けた様な異形の存在が静かにジェシカ=プロトを見下ろしていた。
「キャアアアアア!!!!」
ジェシカの悲鳴がモニターから響き渡る。もやは人型を留めておらず、大きさの規模も以前のものよりも増し、ラボ中のスタッフが騒然となった。
「プロトとジェシカの同調を切断してジェシカの安全を守るべきだ」
「だがプロトを残してきてどうなる」
大人達が騒ぐ中、スイは自分のやるべき事は一つだった。
「私、プロトを助けに行きます」
「スイ、間に合うの?大丈夫なの?」
不安そうにフェイが尋ねると、ジャックが
「スイ、行くなら試作機を持って行きな。エレベーターのケージに入ってる」
ありがとうジャックさん、と言ってスイ&セイ=デフテロはエレベーターの奥の扉を開けた。
「黒いリュック型の装置がある。それを背負って、エアボードに乗ってみて。高度をあげて空を飛んで行けるはず」
「分かりました!」
ジャックの新装置を身に付け、最初の戦いで手に入れた長剣を持ち、踵を三回打ち鳴らした。
「ローレンさん、座標をお願いします!」
「スイ、早く!!」
モニターからジェシカの必死な声がした。ドローンからの映像では、ギガスの頭部の2つの能面の額から、長い触角の様なものが2本飛び出て伸び縮みしながら、プロトが調査していたかつての大都市跡の廃墟を打ち砕いたり、瓦礫をプロトに向かって投げつけてたりしていた。プロトは触角に攻撃されないよう、廃墟や瓦礫の山の陰に隠れながら何とかこの場から逃亡しようと試みていた。
「こんな鬼ごっこ嫌!!」
スイは急いでジャックの装置を起動させた。背中の装置から飛行機の様な2枚の翼が広がる。風が吹いてくる方向に向かってエアボードを走らせると、装置から大量の空気が噴射されているのを感じた。マスクに風が冷たい空気の固まりの様にぶつかってくる。スイ&セイ=デフテロの身体が上空まで浮かんだ。
「やっぱりスイは違うね。ほとんど仕組みを説明していないのに、もう飛行装置を使いこなしてる」
「ジャック、念のため聞くけど大丈夫なのよね?」
「いや、ユリア。僕自身でミニチュア版を試した事はあるけど、アバターに使うのはこれが初めてだ」
スイはローレンから受け取った位置情報を基にジェシカのいる場所へ急いだ。風の流れを先読みしながら、エアボードの向きを変えたり、体勢を調整したりして、ジャックの想定よりもずっと速く飛行していた。
スイ&セイ=デフテロがジェシカの調査していた場所に着いた頃には、既に太陽が地平線へ沈もうとしていた。
「まずい」
日が沈んでしまうと、アバターの視野が狭められてしまう。少しでも明るいうちにプロトを救出し、戦略を立てなければ。ギガスの投擲から、ジェシカが隠れている場所を突き止めた。
「ジェシカ、遅くなってごめんね!」
「スイ!!」
スイ&セイ=デフテロは地上まで降りてくると、プロト用に持ってきていた飛行装置を渡した。
「これが噂の飛行装置?」
「そう。今風が西から吹いている。装置を背負ってからこの右のボタンで稼働して、向かい風になるようにエアボードで全力走行すると飛べる。私はしばらくギガスの足止めをしてるから、プロトはその隙に一旦ネオ・ムセイオンへ戻ってて」
「スイ、何か戦略はあるの?」
「ジャックさん、飛行装置の他にもう一つ新兵器があるんですよね?」
え?とネオ・ムセイオン中の研究者達とジェシカは驚いて何も言葉を出せなかった。一人ジャックだけが驚きもせず答えた。
「試作段階だけどね。全然テストも終わってないけれど、何で僕がアバター用レーザーライフルを開発してたことを知ってるんだ?」
「ニックのアバターにその兵器をスタンバイしてもらってください。地上に出ないぎりぎりの所からで良いので」
フェイはスマートウォッチでチーム7にコールした。
「エド、トゥリトの状況は?」
「この成長速度ならあと6時間程で外へ出せる状態になるかと」
エドはチーム7のラボ中に聞こえる様に言った。
「ニック、ジョニー、あと6時間トゥリトと同調し続けて貰いたいんだけど、体力残ってる?」
「ええ、エドさん。大丈夫ですよ」
ユリアはフェイのスマートウォッチからチーム7の状況を確認した後、
「で、スイ。貴女はどうするの?」
「プロトがネオ・ムセイオンに戻って、トゥリトが新兵器をスタンバイ完了させるまで、デフテロでギガスの弱点を探ります。ミッコさん、もし私の見えない所でギガスに何か動きがあったら教えてください」
オーケー、とミッコが答えた。スイ&セイ=デフテロとギガスの鬼ごっこが始まった。太陽が沈んだ代わりに、東の空には赤い満月が昇ろうとしていた。




