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22章

スイがドリーと一緒に家の中に入ると、ボニーは車椅子の上から、僅かに動く手でタブレットの対話補助アプリを駆使しながら、エルネストとロベルトと会話をしていた。彼女はシェアハウスの中でも人気者だった。

彼女達は主に農場内で育てている農作物の話をしていたが、ボニーの方が彼らに助言する方の立場で話をリードしていた。

「ボニーは生まれた時から障害があったから、私もデニスも介護の為に一時期研究やビジネスの第一線から退いた事もあった。だけど、ボニーが13歳の誕生日でこう言ったの。パパとママの仕事は私だけのために中断させてはならない。もっとコロニー中の人々の為に働くべきだとね。それを聞いた時は驚いたわ。それどころか16歳の時には、私もママの研究を手伝いたいと言って自ら農学部を専攻してね。今は学士号を取得して、地下コロニー内の色んな食糧プラントを運営する会社のコンサルをしながら、その収入で障害がある老人達や身寄りのない子供達を受け入れる施設を運営してるの」

スイはドリーの話を聞きながら、私も小さい時にボニーの家で受け入れて貰えていたら、とふと考えた。人さらいによる連れ去りや暴漢に襲われる事を恐れて、ゴミ捨て場でびくびく息を潜めながら他の子供達と肩を寄せあって生きてきた幼少期を過ごさなくても済んだかもしれない。それどころかもっと早くネオ・ムセイオンのメンバーになって、セイと接触出来ていたかもしれない。スイの胸の奥で何かがキュッと引き締まる様な思いがした。

「ボニーと同じ様にハンディを持つ人はコロニー中、いや、世界中に大勢いるけれども、ボニーは子供の頃からずっと自分だけが特別だと思われるのが嫌だと言ってる。自分に与えられた境遇をどう活かして生きていくか、ということだけなのに、ハンディを持たない人の方が気付いていない事が沢山あるんだってね」

ユリアがキッチンから瓶ビールを片手に現れ、スイとドリーの脇に来てそう語った。

「ボニー、そろそろ家に戻らなくて大丈夫?」

ユリアの問いかけには、ボニーは奇声で返した。

「卵も持ったし、早く帰らないと子供達もゴマさんも心配してるよ?」

ボニーは寂しそうなつまらなそうな声を出したが、ユリアはニヤニヤしながらボニーの車椅子の背後に立った。

「エルネスト、ロベルト、良かったわね。ボニーが普段子どもか老人か、時々中年オヤジとかとしか会話しないから、同年代の男性と話せて楽しいって」

「そうなんだ。ごめんなボニー、女の子は愛せないけど、俺達で良ければいつでも話し相手になるぜ」

エルネストはそう言ってロベルトの肩を抱いた。ロベルトもニコニコしながら頷いた。

じゃあ行こうか、とユリアは車椅子のグリップを握ると

「スイ、私達の代わりに卵の籠持って一緒に来てくれる?」

はい、とスイは返事をして、籠を持った。そこそこ重かった。

スイは車椅子を押すユリアと並んで、農場内の小路を歩いて行った。時々ボニーが何かを話し、その度にユリアが通訳をしてくれた。

「スイ、農場内の生活は楽しいかって」

「作物や家畜のお世話を手伝うのは大変だなと思う時もありますけど、とても楽しいし、やりがいがあります」

「農業に元々興味がある訳ではなかったのに、どうしてここに住もうと?」

「最初の実験の後、ユリアにここに連れて来て貰った時、ドリーさんが言ってくれたんです。ここに来たいと思ったらいつでもおいでって。それがとても嬉しかったから」

「ドリーさんはボニーだけではなくて、皆のママだもんね」

ボニーは嬉しそうな声をあげた。

3人は麦畑の脇の道に入った。その道をしばらく進むと、巨大な大木がある。ちょうど3人が大木の下を通りがかった時、ユリアが話しかけてきた。

「スイ、この木は何の木か知ってる?」

「いいえ」

「桜の木よ。さくらんぼの実は食べられないけれど、春になるとそれは美しい花を咲かせるの」

「それは楽しみですね」

「この木はY83と呼ばれているけれども、かつてはU.Sの首都だったワシントンD.Cに植えられていたヨシノで、ボニーが提案した方法で地下でも育つようにしたものよ。ワシントンD.Cのヨシノは、元々は日本の首都、東京シティの市長が二カ国間の友好の証に贈ったものだと言われているわ」

「この木も私と同じ、ルーツが日本にあるんですね」

「日本は4度目の大戦でこっそり核兵器を製造して、あろうことかU.S側と中国側の両方に流した挙げ句、双方の戦争に巻き込まれて分断された国ではあるけれど、何かを作る事と文化を生み出す事にはとても秀でている民族だったと思うわ」

スイはアジア史もアメリカ史も履修していなかったが、日本人である事への蔑みを感じさせられる事が昔からあった。あからさまな嫌がらせは日本人であるというよりは、家も家族もない事により受けているのだと気付いてはいたけれども。

ボニーの家に着くと、両手が変形している車椅子の男の子と、背が曲がって片足を引き摺る様にして歩く老女が迎えてくれた。ユリアによると、ボニー同様、身体や知能に障害があって家族との生活が出来なくなった子供達が15人、また事情があって老人ホーム等に受け入れを拒まれた高齢者達が7人、ここに集まってボニーと共に暮らしているのだと云う。更にここのホームキーパーのゴマと云う東南アジア系の小柄な女性が家の奥から出てきて、スミマセン、と言いながらスイの持って来た卵の籠を受け取ってまた奥へと引き返して行った。

老女がお茶でも飲んで行ったら、と誘ってくれたが、ユリアは戻るのが遅くなるからまた今度お願いしますね、と言ってスイを連れてシェアハウスへの帰路についた。帰り道の途中、スイはユリアに問いかけた。

「ユリア」

「なあにー?」

「ニックがいるチームの見学って出来ないのかな」

「彼らのリーダーのエドかジョニーの許可を得れば不可能ではないけれど、何故?」

「他のアバターとも、セイとみたいに対話が出来ないかと思って」

「見ても貴女にはそんな面白いものではないかと思うけれど、いいわ。私も貴女がデフテロとテレパシーで何故会話ができるのか、知りたい所だもの。私とフェイも同伴するということで掛け合ってあげる」

スイはありがとうと言って微笑んで頷いた。

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