11章
ユリアはヘルメットのシールドを開け、女性に挨拶した。
「ドリーさん、ただいま。頼まれてた物、買って来たわ」
「ありがとう、ユリア。スイさんもお手伝いありがとう。私も荷物、持つわよ」
「あ、初めまして。大丈夫です。自分で運びます」
ユリアとスイはバイクから降り、ドリーと一緒に森の中へ進むと、「Dolly's house」という看板と、そこそこ大きな一軒家が見えてきた。
「ここはドリーさんの家と言って、私が住んでるシェアハウスよ」
とユリア。そのまま彼女はバイクを家の前の駐車場に停め、ドリーと一緒に家へ入った。
「スイさんもどうぞ入って。お客様は大歓迎よ」
スイが家の中へ入ると、1匹のゴールデンレトリバーが尾をばたばたと振りながら3人の所へ駆け寄ってきた。
「わっ!ユリア、これ、何?」
スイは犬は勿論、人間以外の動物を見るのはこれが初めてだった。
「ゴールデンレトリバーのラモーネよ。ただいまラモーネ」
ユリアは荷物を持っていない左手で、ラモーネの首筋をわしわしと撫でた。
「お帰りなさい、ユリア」
スイと同年代の少年が、黒い大きな犬を膝に載せ、リビングのソファに座ったまま挨拶した。
「その人が噂のデフテロのペアリング?」
「そうよニック。スイ、彼はニコラス。皆ニックと呼んでるわ。あと黒い犬は、ラブラドールレトリバーのクラッシュよ」
「初めまして、ニック」
「初めまして」
ニックはややばつが悪いような口ぶりで、スイの挨拶に答えた。
「スイさんはまずユリアとバスタイムね。ニックはキッチンお手伝いしてもらえるかしら?」
「はい、ドリーさん」
ニックが答えると、クラッシュも起き上がり、ドリーとニックについて一緒に台所へいった。代わりにラモーネがソファーの中央を陣取った。
「じゃあ、私達はシャワーにしましょう。さっき買った服に着替えるといいわ」
スイはユリアについて2階へあがり、シャワー室の説明を受け、ユリアからシャンプーやシャワージェルを貸して貰って全身を洗った。
「タオルと服はバスケットに入れておくわね」
シャワーカーテン越しにユリアの声が聞こえた。
「ありがとうございます」
シャワーのお湯を浴びながら、スイは今日1日の出来事を色々思い出していた。おいしくなかったポリッジの味、バスルームで聞いた声、地下に続く螺旋階段、ラボで会った人造人間の少年、セイと名乗ったデフテロの事、スイの今までの生活では全く予想もつかなかった展開だった。それでもスイには、今日起きた全部を受け入れる事が、自分の求める答えにたどり着ける、最短の道なのだという揺るぎない自信があった。
シャワーを終えて、こざっぱりした服装になって1階に戻ると、リビングにはドリー、ニックに加え、3人の男性と1人の女性がくつろいでいた。
「やあ、君がスイちゃんかい?初めまして。僕はエルネスト。よろしく」
「僕はロベルトだ。ロブと呼んでくれ」
「こんにちは。僕はアレクサンドルだよ。」
「初めましてスイ。私はアイーシャ。どうぞよろしく」
続け様に挨拶され、戸惑いつつも、スイです、と一人一人と握手をした。
「お待たせ、皆さん。料理が準備出来ましたよ」
キッチンからドリーの声がすると、リビングにいた一同が歓声をあげた。
「マンマミーア!ドリーさんの料理は最高!」
「久しぶりですね、ドリーママの料理」
皆がダイニングへ移動する中、躊躇して立ちすくんでいたスイに、ドリーはキッチンからリビングに来て声をかけた。
「スイさんもこちらにいらっしゃいな。一緒に食べましょう」
「…はい」
ダイニングに入ると、テーブル中に見たこともない様々な料理がたっぷりと大皿に盛られ、芳しい香りを放っていた。
「…すごい」
「みんな、ここの農場内で皆さんが育てた作物なのよ。ぜひいっぱい召し上がれ」
ドリーは空いている席にスイをつかせた。そこへユリアもダイニングに現れ、今日は奮発しましたねぇ、と言いながらキッチンの冷蔵庫に行き、中から瓶ビールを取り出した。
「ユリアは何を育てたの?」
「んー、私は小麦ととうもろこしを担当させて貰ってるわよ」
そこへ、席についていた他のメンバーが口々に意見した。
「ユリアはほとんどラボに行ってばかりじゃない」
「穀物系は生徒が多いから楽だよね」
「楽な作物なんて1つもないわよ~」
ドリーがすかさず助け舟を出した。
「ユリアはメインの研究は勿論、エミールでも多くの生徒さんを担当もしてるし、その影響を受けた子供達がどんどん農業に興味を持ってくれて、私達の所に集まって来てくれているわ。農学部としてはとても感謝している」
「私はいつでも他の作物にチェンジしたっていいのよ。オートマティックがうまく機能してるのはボニーのおかげでもあるのだし」
ユリアはビールを瓶のまま飲みながら、ピクルスをつまんだ。
「今日はボニー、こちらには来られないんですか?」
「昼頃までは体調も良かったから来たがっていたのだけど、夕方ごろから熱が出てしまってね。今日はもう休ませたわ」
「残念ですね、明日朝体調戻ってたら会いに行きますね」
「ありがとう。でも今日はユリア、あなたのアバターの実験成功のお祝いよ。他の皆もどんどん食べてね」
ドリーの料理は家庭的な品が中心だが、どれも野菜がふんだんに使用されていた。トマトやじゃがいも、にんじんに胡瓜にレタス、他にもスイの知らない野菜や果物が入っており、肉も羊や鶏、そして鶏卵が使われている様だった。
「ちょっとした収穫祭みたいね」
「そうね。感謝祭ならターキーも用意したい所だけれども」
「次はニックが同調出来たらお祝いかな?」
「そんなこと言わないの。ニック、今日のラムチョップは君が作ったの? とても良く出来てるよ」
「…ありがと」
確かにラムチョップは絶品だった。かぶり付くと、香ばしいソースと柔らかい肉が口中に広がり、幸せな気分になれる一品だった。
「 ソースにはミソっていう、大豆の発酵調味料を使ってみたんだ」
「味噌?日本食で使われてるあの?」
「うん、マチウに教わったんだ。このソースはポークとかにも合うらしいよ」
「へぇ、いいね。チキンでもいけるかな?」
皆の会話を聞きながら、言葉を発することなく、黙々と食べ続けるスイにドリーが話しかけた。
「スイさん、こんな風に大勢集まって一緒にお食事するのは初めてかしら?」
「えぇ…はい」
「普段は皆、それぞれの持ち回りや担当があるから、皆ばらばらに食事して生活しているのだけどね、誰かにとって良い事があったら皆でこうやって集まって一緒にお食事してるの。ここに以前住んでいた私の生徒の一人が始めた事なのだけれど、ずっと続いているわ。何だか不思議なものね」
「そうなんですね…」
「スイさんも、急にネオ・ムセイオンに連れて来られて、生活も環境も何もかもが一気に変わってしまって大変だったでしょう。ここはネオ・ムセイオンの農場内でもあるの。何かあってもなくても構わないわ、ここに来たいと思った時はいつでもいらっしゃいな」
スイはドリーの顔を見て、呆気にとられた様な表情をしていたが、ドリーの包み込む様な優しい笑顔を見ているうちに、一筋の涙を溢した。




