10章
「デフテロ、沈静化しました…」
チャーリーが拍子抜けしたかの様に洩らした。
「スイ、大丈夫?何があったの?」
ユリアがスイの元に駆け寄った。
「デフテロ、いえ、セイが話しかけてきたんです。私と同じ両親の子供だって。そして父さんと母さんのことを記憶しているって…」
「デフテロが?」
「ミッコ、ビデオの記録は残ってる?」
「はい。だけど、映像を見る限りでは何も変わりないです」
「そうね…」
スイもモニターの映像を確認したが、カメラの位置からはフェイスガードが死角となり、デフテロ=セイの目の様子までは確認出来なかった。
ユリアはふと思い出したかの様に尋ねた。
「ところでフェイ、プロトとの合同調査の日程は決まった?」
「来週の月曜日よ。12時から」
「それまでにスイのデータのコピーもらっていい?所長命令」
「一応この前のデフテロの実験のレポートは既に理事会に提出済みだけど、何故?」
「ここに来る前に、スイ、地下のラボに行って母さんにご対面しちゃってね。そこで何かあったみたい」
「相変わらず、貴女のご家庭は厳しいわねえ。あとでメールしとくわ」
「ありがと。ねえ、デフテロのベースについてのデータも持ってたりするの?」
「いえ、ないわ。でも何故?」
「スイの言うとおり、デフテロがスイと同じ両親の子供であるなら、彼女のルーツについて何か発見できる手掛かりになるかと思って」
「…そうね、さっきの現象も科学的に解明できるかもね」
スイは地下のラボで見た少年の事もフェイ達に調べて欲しいと思ったが、同時にアリッサの威圧感も思い起こしてしまい、希望を口に出すことが出来なかった。
「さ、スイ。外に行きましょうか。ネオ・ムセイオンの外を案内するわ」
スイはユリアに呼ばれ、再度デフテロがいるラボの奥をちらっと見たが、セイの声はしなかった。スイはユリアの方を向き、黙って彼女の後についていった。
二人は駐車場に行くと、ユリアはスイにフルフェイスのヘルメットを渡した。
「大きいかもしれないけど、これかぶって」
スイがヘルメットをかぶると、ユリアはオートバイを押して来た。
「私の愛車よ。水素式電気バイクだけど、ちゃんとスピードは出るの」
ユリアはバイクに跨がると、エンジンをかけた。
「さあ、後ろに乗って。しっかり私に捕まってるのよ」
スイはユリアのバイクの後部座席に座り、ユリアの肩に捕まった。
ドゥルン、とエンジン始動し、二人は駐車場を出発した。
初めて乗ったバイクの感触はなかなか面白かった。会話こそ出来ないものの、ヘルメット越しに見えるネオ・ムセイオンの施設の外観や、敷地内の森と言っても良いような木々の間を通る通路や、ネオ・ムセイオンと外の街をつなぐ長いトンネルの内部や、トンネルを出て大きな川を渡る橋や、橋の反対側に広がる家や建物の群れなど、これまでゴミ捨て場という狭い世界の中で生きてきたスイにとっては何もかもが新鮮に感じられた。また、バイクの後部でダイレクトにスピードを感じるのも気持ちが良かった。
「ここがネオ・ムセイオンの研究者やスタッフ達の多くが暮らすヴァーシポリスよ」
橋を渡り終え、減速した所でユリアが教えてくれた。
「ヴァーシポリスは地下コロニーの中でも最大の街で、別名サードヨークシティとも呼ばれているわ」
橋のふもとにある無人検査所で、ユリアはカードを提示し、ゲートが開くとまたスピードをあげた。
バイクは街の中を行き交い、減速する度に、ここは病院、ここは警察署、ここは郵便局等、ユリアが説明してくれた。そして最後にショッピングモールに立ち寄った。
「先ずは、貴女の服を買うわよ」
スイは今まで服装を気にかけたことがなかった。ゴミ捨て場で暮らしていた時は、捨てられていた服でまだ着られそうなものを拾って着るか、もしくは色々な服を継ぎ接ぎにしたものを着ていた。地下コロニーには季節がないので、常に同じような格好でも特に問題はなかったが、毎日同じ服を着続けていれば汚れもするし、いたみもする。服を替える事はほとんどなく、克つ選択肢が少ない世界でこれまで生きてきたスイにとって、自分で好きな服を選べと言われたのは想像もつかない悩みであった。
結局、ユリアに選んでもらった服をそのまま買ってもらう形になった。
「生活補助金を貰ったら服代分を返してね」
その後で二人は食料品売場へ行き、そこでも買い物をした後、またバイクに乗ってショッピングモールを後にした。
バイクは街の中を走り、ヴァーシポリスの郊外までやって来た。郊外をしばらく走りると、森が見えてきた。そして森の入り口に、一人の体格の良い中年の女性が立っていた。
「お帰りなさい、ユリア。そしてようこそ、アサナギ・スイさん」




