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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#24:虹色の未来へ

 拓都が受け入れてくれた。

 その事が嬉しくて、すぐにあいつと拓都のご両親に「ありがとうございます」と頭を下げた。そして心の中で『これからも見守っていてください』と呟いた。


「さあ、次は俺の家族に会いに行くぞ」

「え? 今から?」

「そうだよ。クリスマスに話してから、ずっと待っていてくれたんだ。それから、泊まりの用意もな」

「え? 泊まりの用意?」

「ああ、皆がお祝いしてくれるらしいから。さあさあ、急いで用意して」

 やっとあいつと拓都を実家へ連れて行ける嬉しさで、あいつの戸惑いまで気が回らなかった。それでもあいつは俺の言葉に従い泊まりの用意をし、車に乗り込んだ。

「ママ、どこへ行くの?」

 車の後ろの座席にあいつと一緒に乗った拓都が、少し心細そうに尋ねた。

「今からね、守谷先生のお父さんとお母さんがいるお家へ行くのよ」

「え? 守谷先生の?」

「そうだぞー。拓都の従兄弟になる葵と奏もいるぞ」

 まだ現状が理解できていない拓都に、少しでも興味を持って欲しくて、同じ年頃の姪と甥の話を出した。あの二人にとって拓都は従兄弟第一号だ。

「従兄弟?」

「あのね、守谷先生のお兄さんの子供でね、葵ちゃんって言う女の子と奏君って言う男の子がいるの。拓都の方がお兄ちゃんだけどね」

「僕がお兄ちゃん?」

「そうだよ。拓都より小さな子だけど、いっしょに遊べるといいね」

 俺はバックミラーで二人の様子を伺いながら会話を聞く。拓都はあいつの言葉にコクンと頷いた後、少し思案して、再びあいつに問いかけた。

「ママは今から行く所へ行った事があるの?」

「そうね、4年ぐらい前かな」

 そうだった。あいつが社会人になった年の秋に実家へ連れて行って、家族に紹介したっけ。

 俺とあいつの間に、本当はもっと長い歴史があるのだと、拓都に知っておいて欲しいと思った。

「拓都、俺と美緒は7年前に大学で出会ったんだよ。その時に1歳の拓都とも出会っているんだよ」

「ホント?」

「そう、拓都のお父さんとお母さんにも会っているんだ。その頃から俺と美緒はお互いに好きだったんだよ。でも、いろいろあって、拓都が小学校へ入学するまで離れ離れだったんだ。でも、こうしてもう一度出会って、今度こそずっと一緒にいられる家族になろうって決めたんだよ。拓都、仲間に入れてくれて、ありがとう」

 神妙な顔をして聞いていた拓都が、恥ずかしそうに俯きながらコクンと頷いた。


    *****


「慧君、おかえりなさい。わー、美緒ちゃん、拓都君、いらっしゃい。来てくれるの、ずっと待っていたのよ」

 ただいまと言いながら実家の玄関に入ると、義姉の詩乃さんが迎えてくれた。あまりの笑顔の歓迎振りに、あいつは少々気後れしたようだったが、すぐにいつもの調子を取り戻し挨拶した。

「お久しぶりです。突然お邪魔してすいません。宜しくお願いします」

 あいつは頭を下げると拓都にも挨拶を促した。

「こんにちは」 

 拓都は意外と物怖じしないのか、元気な挨拶ができた。

「親父達、いる?」

「みんな揃っているわよ。もう首を長くして待っていたんだから」

 少々ハイテンション気味な義姉とは対照的に、あいつの表情は緊張気味だ。もしかすると俺との別れに対する罪悪感を、俺の家族に対しても感じているのか。

「美緒、何も心配する事無いから。美緒の事情はみんな分かっているよ。美緒がそんな顔をしていると、拓都が心配するだろ」

 俺があいつの耳元でそっと囁くと、あいつはハッとして拓都に笑顔を見せていた。


 リビングに入って行くと、皆が笑顔で迎えてくれた。両親に兄、そして子供達。あいつは緊張しながらも挨拶をして、拓都を紹介した。母も家族全員を嬉しそうに紹介している。

 義姉が出してくれた紅茶を飲んで雑談した後、葵と奏が遊ぼうと拓都を誘った。拓都は少し気後れしていたけれど、葵がとても積極的に誘うので、引っ張られるように付いて行った。その様子を見て、皆が笑う。あいつが笑っているのを見て、俺はやっと安堵の息を吐いた。


「美緒さん、今まで大変だったね。慧が美緒さんの大変な事に気付かずにいたから、一人で苦労させてしまったね。本当に私達も申し訳なく思っているんだよ」

 子供達がいなくなると、父があいつに謝罪の言葉を言った。何の前触れも無く、いきなりそんな事を言うから、あいつはとても驚いている。

 ああ、あいつの罪悪感を刺激するような事を……。俺は心の中で溜息を吐いた。

「とんでもないです。私が慧さんに何も言わずに突き放して傷つけたんです。慧さんは悪くないんです」

 あいつは又、加害者スイッチが入ってしまった。

「親父、そんな事言ったら、美緒が余計に負い目を感じるだろ。もうそのことは解決しているんだから、もう言わないでやって欲しいんだよ」

 改めて父を諌め、家族全員にも無言の圧を掛ける。

「ああ、そうだね。私も気が回らなくて、すまなかった。美緒さん、気にしないで下さいね」

 父が余計な事を言ってしまったと、後悔するように謝った。

「そうよ、過ぎた事はもう振り返らないの。今こうして二人が一緒にいてくれるのなら、何も言う事が無いじゃないの」

 母も俺に便乗して、父に向かって偉そうに口を挟んだ。結局二人とも、あいつに気を遣っているのは分かったが、逆効果だ。あいつは余計に申し訳なさそうにしている。そんなあいつに向かって、母はニコニコと話しかけた。

「美緒さん、慧とあなたが再会して、再びこうして一緒にいてくれる事は、私達にとっても、とても嬉しいことなんですよ。こんな息子ですけど、婿に貰ってやってください。お願いします」

 ええっ? ……婿!

 母親の爆弾発言に俺は焦った。確かにクリスマスの日に結婚したら篠崎の姓になると言う話はしたけれど、その事はまだあいつに話していない。拓都に受け入れられた事で浮かれ、その先の事についてあいつとまだ何も話していない事を思い出した。

 あいつは驚き、俺に答えを求めるように見つめてきた。

「なんだおまえ、美緒さんに言ってないのか?」

 俺達の様子を見ていた父が、呆れたように問いかけた。

「拓都の事があったから、言えなかったんだ。ごめん美緒。早く美緒と拓都を守りたくて結婚って言い出したけど、それに付随するいろいろな事を考えてなかったんだ。それで親父に、篠崎家の跡取りである拓都をどうするつもりだって言われて……それなら俺が篠崎家に入れば問題ないと思って、親父達にはそう言っていたんだけど、美緒の方には拓都にOK貰うまでは、何も言えなくて……でも、いいだろ? 俺が篠崎になってあの家に一緒に住んでも……」

 俺は咄嗟にこの件について手短に説明した。俺の中ではあいつと拓都の生活を出来るだけ変えない方法だから、絶対に受け入れられると確信しての事だった。

 けれどあいつにとってはまったく思いもしない事だったのだろう。驚いたまま絶句している。そんなあいつを見た母は、徐に溜息をついた。

「慧も肝心な所で詰めが甘いわね。もうこれは我が家の男達の伝統かしらね」

 そう言って苦笑する母に、義姉も「伝統だと思います」と言ってクスクス笑っている。兄が「伝統って何だよ」とぼやく様に言っている。俺も少々ムカついたが、自分の詰めの甘さも自覚しているので何も言えなかった。

「まあ、そう言う事で、我が家の方は長男が継いでくれているからね、心配は要らないよ。だから、どうだろうね? ちょっと頼りない息子だけど……」

 俺の変わりに父が申し訳なさそうに言った。さすがに家長である父は、相手の心配点も配慮しての申し入れだ。

 何だか自分が情けない。ごめん父さん、頼りない息子で。


「ありがとうございます。もったいないお話です。……でも、慧は姓が変わってもいいの?」

 あいつは驚きながらも、両親に向かって神妙に頭を下げた。そして俺の方を向いて問いかけてきた。 

「そんな事……美緒と結婚できるなら、たいした事ないよ。ちょうど学校も変わるから、始めから篠崎姓なら、違和感無いだろ。だから、今月中に籍だけでも入れたいんだ。結婚式は落ち着いてからでもいいから……」

 俺はあいつが受け入れてくれたと舞い上がり、自分の中で考えていた計画を言い募った。けれどあいつは、再び驚きで目が見開き、完全に固まってしまった。 


「慧、おまえ、一人暴走し過ぎだぞ。美緒さんともっと話し合わなきゃ」

 さっきまで傍で様子を見ていた兄が、咎とがめるように言う。

 ごもっともです。痛いところを突かれて、反論も出来ない。

「美緒、ごめん。拓都に話すまでは美緒と結婚の話は出来ないって思い込んでいたんだ。でも、自分の中ではある程度計画立てていて……それが、拓都にOK貰ったら、美緒と話さなくちゃいけないって思っていた事、全部吹っ飛んでしまって……俺舞い上がっていたみたいで……申し訳ない」

 まったく自分が情けない。ずっと冷静でいたつもりだったのに、自分がこんなに浮かれるとは思わなかった。

 

「慧君、ずっと想い続けた美緒ちゃんと結婚できるからって、舞い上がり過ぎだよ。美緒ちゃんの意見も聞かなきゃ」

 義姉がクスクスと笑いながらも苦言を呈してくれたお陰で、俺はようやく自分が独りよがりだった事に気付いた。

「そうだな。美緒はどうしたい? 俺が篠崎姓になるのはいいのか?」

「あなたは、本当にそれでいいの? 私の方の事情をすべて受け入れて、我慢している事は無いの?」

 あいつは俺の問いかけに、少々気持ちが高ぶったのか、潤んだ瞳で問い返した。そして、鞄からハンカチを出して握り締めている。 

「我慢なんてする訳ないだろ? 俺がそうしたいんだよ」

「ありがとう……嬉しい」

 とうとうあいつは感極まったのか、ハンカチで目元を押さえた。あのクリスマスの日から、すっかり泣き虫になったあいつ。でも全て嬉涙なんだ。

 俺は慰める様にあいつの肩を抱き寄せた。

「慧、美緒さん、おめでとう」

 やっと気持ちを合わせた俺達に、両親と兄夫婦は祝福の言葉をくれた。

 

 再会した時には宇宙の果てよりも遠いと感じていたあいつとの心の距離は、クリスマスに気持ちを確かめ合ってもまだゼロにはならなかった。それは、あいつが俺に対する負い目から遠慮していた事もあるし、俺が再び失うのが怖くて不安になっていたせいもあるのだろう。お互いに空回りして微妙にすれ違っていた事は、どこかで感じてはいたけど、それに目を向けるのが怖かった。だから結婚へ向けて独りよがりに暴走する事で見ない様にしていたのかもしれない。

 あいつ、……いや、美緒と俺は、ようやく心の距離がゼロになり、二人で歩む人生のスタートラインに立てたのだと思う。


 その後、舞い上がってすっかり忘れていた婚姻届を取り出し、皆の前で署名する事にした。もちろん何も知らなかった美緒は、婚姻届を見てとても驚いていたし、両親や兄夫婦も呆れ返っていたけれど、皆が嬉しそうに笑ってくれた。

 そして、両親が証人欄にサインをして、3月31日の仕事の後、提出しに行く事になった。俺が篠崎を名乗る事も、籍を入れた日から美緒の家に住む事も、彼女が了承してくれて決まった。結婚式はこれから式場探しをするけれど、出来るだけ早くしたいと思っている。

 全てがクリスマスの日に自分が願っていたように進んでいく。それはまるで運命のように。けれど、たとえ再会した事が運命だったとしても、それを幸せへと導いたのは二人の想いゆえの努力だと思っている。


 拓都はすっかり葵と奏に懐かれ、弟か妹のできる予行練習になったようだ。二人が拓都の事を「拓都お兄ちゃん」と呼ぶのが嬉しかったらしい。

 その夜は、お祝いだからと予約してあった中華料理のお店に全員で出かけた。個室の丸テーブルの上には幾種類もの料理が並び、皆で乾杯する事になった。

「慧と美緒さんの結婚と慧と拓都君の親子縁組を祝って、乾杯」

 父の音頭で乾杯をする。皆が嬉しそうに口々に「おめでとう」とグラスを合わせた。


「拓都、もう俺の事は守谷先生って呼んだらダメだぞ。パパだからな。それに篠崎になるんだし……それから、俺の両親は拓都のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだからな、それと、俺の兄貴とお義姉さんは、伯父さん伯母さんで、今日一緒に遊んだ葵と奏は拓都の従兄弟いとこだぞ」

 俺は酔って上機嫌でこんな事を拓都に話したらしい。拓都は少し驚いているようだったけれど、皆の笑顔につられるように笑っていたらしい。

 後から美緒に聞かされ恥ずかしかったが、彼女が笑っているから良しとしよう。


 『運命の人』を捜し求めていたけれど、結局俺達が見つけた答えはシンプルなもので、お互いを想い続ける気持ちだけだった。

 それでも二人がこれからもお互いを想い続けるなら、きっと未来は虹色に輝いているのだろう。

 俺はそんな事を考えながら、幸せそうに笑う美緒と、恥ずかしそうに笑う拓都を見つめていた。  

 


これにて『あの虹の向こう側へ』は最終話とさせていただきます。

長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。


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