第6話 宿屋バルク
今日17:00くらいから、8から10話の3話分、連続投稿します。
冒険者の宿────バルク。
あきらかに何かが間違っている空間。そうとしか言いようがない。
入口の扉を潜ると、目の前に広がるのはおびただしい数のトレーニングマシン。
冒険者ギルドつきの訓練場でも、こんなのちょっとないんじゃないかと思えるほどの品揃えだ。
誰もがこう思うに違いない。
なんぢゃ、これは?! と。
教会のホールに負けない広さの部屋に整然と並ぶマシンの迫力に、ただただ圧倒される。
はるか向こうに見える受付のような何か。
……その横には階段があるな。
つーか、これが宿ってことは、あのやたらデカかった一階がこれで、宿そのものは上に乗っかっていた雀の巣みたいなの??
愕然としていると、おっさんが声を掛けてきた。
ポーズが、サイドチェストからダブルバイセップスに変わっている。ぴくぴくと蠢く上腕二頭筋……勘弁してくれ。
「よく来たな、小僧。バルクへようこそ。そのナリは……冒険者か? それなら、こここそがお前が使うべき宿だ。町中の軟弱な宿なぞ冒険者を殺すぞ。冒険者は筋肉が資本だ!」
冒険者は体が資本とは言うが、筋肉だったとは……。初耳だ。
おそらく、このおっさんの中ではそうなのだろう。ただ、あながち完全に間違ってもいないところがなんとも言えない。
「い、いや。来るところを間違えた。すまん。俺は宿屋を探している。ジムじゃない」
当然だ。ねぐらを探しているのであって、体を鍛えたいわけじゃない。
「人の話はよく聞け、小僧。だから、ここは宿だと言っているではないか。しかも、部屋なら空いている。いま、誰もいないからな。運がいいぞ」
……運がいいんじゃなくて、誰も寄り付かないだけじゃないのか。そんなんで、よく営業できているな。
でも……これは……。
改めて中を見渡すが、どう見ても宿というよりはトレーニングジム。
つか、ジムでもここまでのものは、クソ高い会員制の高級施設に限るだろう。
「すまんな。俺は、ジムがついているような宿に泊まれるほど金を持っていないんだ。金を稼いだら、またの機会に」
退散しよう。そうしよう。
ぶっちゃけ珍妙さに目をつむったとしても、こんな設備が併設された宿なんか目がぶっ飛ぶような宿代に決まっている。風に舞い飛びそうな財布の持ち主が、泊まっていい場所じゃあない。
出せる金には限度がある。そして! その限度のラインは、地面に落ちるか落ちないかで絶賛低空飛行中。
哀しいが、それが現実だ。
さっさと去るべく踵を返す。
だが、おっさんのデカい手が、背後からガシッと肩をつかんだ。
「まあ待て、小僧。……ウチは『ツケ』が利くぞ?」
「詳しい話を聞こうか」
『ツケ』……なんと魅惑の響きだろうか。
いまの俺にとって、これ以上に魅力的な言葉もない。
冒険者にツケを認める店なんて、まずありはしない。
冒険者なんぞは、明日死んでも不思議じゃない商売。
そんな人間の明日を信用する店などある訳もなく、冒険者はいつもニコニコ現金払い。それが原則……いや、鉄則とされている。
そんな俺たちにツケを認めると?
なかなかにぶっ飛んでいる。
それでも客が入っていないところに営業方針の問題を感じるが……。
しかし、魅力的だ。
ペラペラになった財布を振ってみた。
……うん。魅力的だ。
そんな俺を黙って見ていたおっさんはニヤリと笑い、ど太い指を二本立てて見せる。それから、ふふんと鼻を一つ鳴らした。
「考え直す気になったか? だが、うちも慈善事業じゃねぇ。条件が二つある」
そりゃ、そうだろうな。何もないわけがねぇ。
「……聞こうか」
「一つ、ツケを認めるのは一か月分だけ。もし踏み倒そうものなら地獄の果てまで追いかけて、地獄のブートキャンプに強制参加だ。人格が変わるレベルの矯正プログラムが待っている。その後は、楽しい石炭掘りだ。半年はただ働きになるから覚悟しておけよ」
お、おふ。ま、まあこのぐらいは……あるかも?
でも、逃げてもなあ……こんな筋肉ダルマのおっさんに追い回される人生なんて嫌すぎる。
「そ、それでもう一つは?」
「二つ目は、ツケが残っている状態でお前が死んだ場合だ。遺品の権利は、すべて俺のものだ。例外は認めん。すべてだ」
おっさんがヒットマンになって──って展開もなくはないが、とりあえずそれは置いておいて……。
「遺品って……。どこで死ぬかもわからんのに、そんなんでいいのか?」
このおっさん、頭大丈夫か??
しかし、聞かれたおっさんはポカンと不思議そうな顔をした。
「お前、わざわざ今ここに来たんだから『カンカーラの迷宮』に入るつもりなんだろ?」
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