第49話 終幕
離れていたジュリアンたちが、ソードたちの側まで駆け戻って来る。
「フィリ君。ソード君は……」
「気を失っちゃったの」
涙を浮かべたまま、心配そうにソードの顔近くに降りるフィリ。
「ソード君って、いつもこうなのかい?」
垂れる前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、ジュリアンが覗き込む。
「違うの。まだ長くないけど……こんなソードは初めて見たの」
フィリが小さな手でソードの頬を撫でる。まったく恐れるところなく、ただ心配そうに手を這わせる。だが、ソードが目を覚ます気配はなかった。
「そうか……。マッシュさん、ソード君を背負うから、ちょっと手伝ってもらえるだろうか?」
頷きながら、ジュリアンはマッシュの方に視線を向けた。
「いや、俺が背負おう」
静かに首を横に振ったマッシュは、言葉少なにしゃがんで背中を向ける。
ジュリアンは、逆らうことなくマッシュの背中に負わせた。そして……。
「今日のこと。チクニー様にはそのまま話すとして……、他言無用としましょう」
ジュリアンは、マッシュ、キリー、ブロンコの顔を順番に見ながら言う。
皆、黙ったまま頷いた。
そして、キリーが深いため息を吐きながら、代表するかのように言葉にする。
「その方がいいだろう。……もっとも、こんなのそのまま話しても、法螺を疑われるだけだろうが」
その後、この場を離れるべく皆が動き出す。
ジュリアンは、一度だけ死闘を繰り広げた戦場を振り返った。
大神殿のあった場所と、その左横に五十メートル級の大穴ができている。そこにあった建物群は跡形もなく掻き消え、まるで地獄の景色のようにあちこちで火柱が上がっていた。
大砲を撃ちこんでも、こんなことにはならない。
ジュリアンの頬は、強張り引きつっていた。
その日のうちに、ジュリアンはひとりでチクニーの元を訪れた。
余りに想像を絶した結末に、報告を聞き終えたチクニーはゴクリと喉を鳴らす。
ジュリアンに何度も本当かと確認をするが、『これは紛れもない事実です』という言葉のみが繰り返される。
もっとも、チクニーとしても納得せざるを得なくもあった。
ちょうどソードがペイオロスをこの世から消した時、王城ではランドール公国公王ログマロク=ベンヌ=ランドールが崩御していた。
寝ていた王は、女官にどれほど呼ばれても目を覚まさない。
仕方がないから近づいて揺り起こそうとすると、王は息を引き取り冷たくなっていた。
その報せは、重臣たちにすぐ届けられたのだ。
ジュリアンの報告を受けた後、チクニーは早足にとある部屋へと向かう。
コンコン。
扉をノックすると、
「誰ですか」
すぐに返事があった。
鈴を転がすような美しい声。
「チクニーにございます。折り入ってお話をしたく、参上いたしました。お時間をいただけますか?」
「入って下さい」
チクニーは辺りを確認するかのように一度左右を見て、サッと入る。
中では、まるで絵画から抜け出てきたような姫君が紅茶を嗜んでいた。
銀糸の刺繍が波のように踊る白いドレスは、見る者の目を奪う。
だがそれ以上に、着ている人物があまりにも美しすぎた。
長い金色の髪は窓から入る光を返して輝き、陶磁器のような白い肌はただの若さという言葉では形容しがたい。整いすぎるほどに整った顔立ちは朗らかに微笑み、老若男女を問わずに魅了することだろう。
「どうしたのです、チクニー?」
ランドール公国第一公女エトワールは、心許した笑みを浮かべて訪問者を迎えた。
「姫、大事なお話があります。人払いを」
チクニーはいつになく忙しなく、挨拶もそこそこに告げる。
エトワールはちょっと訝しむも、すぐにチクニーの言う通りにし、女官たちを部屋から出した。
「どうしたのです?」
「姫様、落ち着いて聞いてください。やはり、王は例の邪教の者に洗脳されておりました。まだ広まってはおりませんが、神殿の崩壊と時を同じくして……崩御されました」
真顔で告げられる言葉に、エトワールは持っていたティーカップを落としかける。慌てて支え、そっとソーサーの上に置いた。
「……妹は?」
「おそらく、もうご存知かと。少なくとも、後ろ盾である宰相は知っているはずです」
「そうですか……」
「はい。安穏の日々は終わりました。心苦しくは思いますが、どうか……」
チクニーは深く首を垂れる。
エトワールは、ただ黙って静かに頷いた。
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女の子の声が聞こえた気がした。思い出したくない記憶が甦った。
目を開くと、ここ最近いつも見ている天井の景色が目に飛び込んでくる。
頭がぼうっとした。
なぜ、ここにいるんだ?
神殿に向かったはず。いや、それどころか戦って……。
まとまらない思考に、とりあえず体を起こそうと力を込める。だが、体がまったく動かない。
え??
ピクリとも動かなかった。
どう動かそうとしても、指先が辛うじてピクピクとする程度で、他は全く動かない。
嘘だろ。
声を出そうとする。
「う゛~、お゛~ぃ」
くぐもりすぎて、自分の声と思えない音が喉から出る。
だけど、とりあえず声を出してよかった。
「ソード!」
気づいてくれたフィリが、すぐにすっ飛んできた。
「う゛~、う゛~」
なんとか話そうとするが、口がまともに動かない。
でもフィリは、涙を流して心底喜んでいる。グワシと頬っぺたに抱きつかれて、まるで抓られているかのように肉が絞られた。
だけど、わあわあと泣き声をあげているフィリにやめろとは、とても言えない。
仕方がないから、しばらく好きにさせた。
ポーションを飲ませてもらい、なんとかしゃべることができるようになってホッと一息吐く。
「本当に、本当に心配したのっ! もう絶対やっちゃダメなの!」
やっと泣き止んだフィリだが、さっきから大説教モードだ。逃げることもできずにコンコンと耳元で説かれ続け、大変痛い。物理的にも。
とんでもない大暴れをしたらしいが、こちとらまったく記憶がない。
ただ、フィリの言っていることが嘘ではないのは、すぐに理解できた。
胸の奥に、昨日まではなかった何かが蠢いているのを確かに感じる。歯に挟まった何かのように、喉に刺さった小骨のように……ただひたすらに『気持ち悪い』。
そんな何かを感じる。疑う余地などなかった。
「わかったって。なんかよくわからんが、わかった。もうしないから」
とりあえず、怒っているフィリを宥めるには、ごめんなさいと言うしかなかった。しようと思ってしたわけではないが、そんな理屈が通じるとは思えない。
しばらくの間、頬をピタピタと叩かれながら、ひたすらに仕置きをされ続けたが、大事なことを思い出した。
「なあ……。報酬ってどうなった?」
目覚めるなりフィリの説教が始まってそれどころではなかったが、一番大事な所だ。というか、こんな目にあったのだ。きっちり報酬をもらわねば、やっていられない。
尋ねられたフィリはハッとした表情になり、すぐに顔の横から離れて何かを取りに飛んでいく。
「お金はもう届いているの。見えるかどうかはわからないけど、部屋の縁に置いてある皮袋の中に金貨が入っているの」
そして、部屋の隅を見ながらヨタヨタと飛んで戻ってきた。巻かれた紙を抱えている。
その紙を目の前で広げてもらった。
手足を動かすのは、まだ辛かった……って、なんだこれは?!
『請求書 お主が破壊した神殿の跡地を整地せねばならん。費用は6000万マリス。ちゃんと払うんじゃぞ(ハート)』
とりあえず、今すぐ塔に乗り込みたい衝動に駆られる。
しかし、体が動いてくれない。
「ふ・ざ・け・ん・な──────ッ!!」
残りの生命力を使い切る勢いで叫んだが、
「うるせ──────ッ!」
階下からハルクの親父の怒鳴り声が返ってきた。
フィリではないが、さめざめと枕を濡らすしかなかった。
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歴史書に残る大英雄ソード=マスターの記録は、この事件から始まっている。
しかし今は、手足も動かせぬ、ただの芋虫だった。
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