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クズの槍使いが自由に生きて英雄になる方法~手配No.1072 ソード=マスター~  作者: 木庭 秋水


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第49話 終幕




 離れていたジュリアンたちが、ソードたちの側まで駆け戻って来る。


「フィリ君。ソード君は……」


「気を失っちゃったの」


 涙を浮かべたまま、心配そうにソードの顔近くに降りるフィリ。


「ソード君って、いつもこうなのかい?」


 垂れる前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、ジュリアンが覗き込む。


「違うの。まだ長くないけど……こんなソードは初めて見たの」


 フィリが小さな手でソードの頬を撫でる。まったく恐れるところなく、ただ心配そうに手を這わせる。だが、ソードが目を覚ます気配はなかった。


「そうか……。マッシュさん、ソード君を背負うから、ちょっと手伝ってもらえるだろうか?」


 頷きながら、ジュリアンはマッシュの方に視線を向けた。


「いや、俺が背負おう」


 静かに首を横に振ったマッシュは、言葉少なにしゃがんで背中を向ける。


 ジュリアンは、逆らうことなくマッシュの背中に負わせた。そして……。


「今日のこと。チクニー様にはそのまま話すとして……、他言無用としましょう」


 ジュリアンは、マッシュ、キリー、ブロンコの顔を順番に見ながら言う。


 皆、黙ったまま頷いた。


 そして、キリーが深いため息を吐きながら、代表するかのように言葉にする。


「その方がいいだろう。……もっとも、こんなのそのまま話しても、法螺を疑われるだけだろうが」


 その後、この場を離れるべく皆が動き出す。


 ジュリアンは、一度だけ死闘を繰り広げた戦場を振り返った。


 大神殿のあった場所と、その左横に五十メートル級の大穴ができている。そこにあった建物群は跡形もなく掻き消え、まるで地獄の景色のようにあちこちで火柱が上がっていた。


 大砲を撃ちこんでも、こんなことにはならない。


 ジュリアンの頬は、強張り引きつっていた。




 その日のうちに、ジュリアンはひとりでチクニーの元を訪れた。


 余りに想像を絶した結末に、報告を聞き終えたチクニーはゴクリと喉を鳴らす。


 ジュリアンに何度も本当かと確認をするが、『これは紛れもない事実です』という言葉のみが繰り返される。


 もっとも、チクニーとしても納得せざるを得なくもあった。


 ちょうどソードがペイオロスをこの世から消した時、王城ではランドール公国公王ログマロク=ベンヌ=ランドールが崩御していた。


 寝ていた王は、女官にどれほど呼ばれても目を覚まさない。


 仕方がないから近づいて揺り起こそうとすると、王は息を引き取り冷たくなっていた。


 その報せは、重臣たちにすぐ届けられたのだ。


 ジュリアンの報告を受けた後、チクニーは早足にとある部屋へと向かう。


 コンコン。


 扉をノックすると、


「誰ですか」


 すぐに返事があった。


 鈴を転がすような美しい声。


「チクニーにございます。折り入ってお話をしたく、参上いたしました。お時間をいただけますか?」


「入って下さい」


 チクニーは辺りを確認するかのように一度左右を見て、サッと入る。


 中では、まるで絵画から抜け出てきたような姫君が紅茶を嗜んでいた。


 銀糸の刺繍が波のように踊る白いドレスは、見る者の目を奪う。


 だがそれ以上に、着ている人物があまりにも美しすぎた。


 長い金色の髪は窓から入る光を返して輝き、陶磁器のような白い肌はただの若さという言葉では形容しがたい。整いすぎるほどに整った顔立ちは朗らかに微笑み、老若男女を問わずに魅了することだろう。


「どうしたのです、チクニー?」


 ランドール公国第一公女エトワールは、心許した笑みを浮かべて訪問者を迎えた。


「姫、大事なお話があります。人払いを」


 チクニーはいつになく忙しなく、挨拶もそこそこに告げる。


 エトワールはちょっと訝しむも、すぐにチクニーの言う通りにし、女官たちを部屋から出した。


「どうしたのです?」


「姫様、落ち着いて聞いてください。やはり、王は例の邪教の者に洗脳されておりました。まだ広まってはおりませんが、神殿の崩壊と時を同じくして……崩御されました」


 真顔で告げられる言葉に、エトワールは持っていたティーカップを落としかける。慌てて支え、そっとソーサーの上に置いた。


「……妹は?」


「おそらく、もうご存知かと。少なくとも、後ろ盾である宰相は知っているはずです」


「そうですか……」


「はい。安穏の日々は終わりました。心苦しくは思いますが、どうか……」


 チクニーは深く(こうべ)を垂れる。


 エトワールは、ただ黙って静かに頷いた。




■□■□●〇●□■□■




 女の子の声が聞こえた気がした。思い出したくない記憶が(よみがえ)った。


 目を開くと、ここ最近いつも見ている天井の景色が目に飛び込んでくる。


 頭がぼうっとした。


 なぜ、ここにいるんだ?


 神殿に向かったはず。いや、それどころか戦って……。


 まとまらない思考に、とりあえず体を起こそうと力を込める。だが、体がまったく動かない。


 え??


 ピクリとも動かなかった。


 どう動かそうとしても、指先が辛うじてピクピクとする程度で、他は全く動かない。


 嘘だろ。


 声を出そうとする。


「う゛~、お゛~ぃ」


 くぐもりすぎて、自分の声と思えない音が喉から出る。


 だけど、とりあえず声を出してよかった。


「ソード!」


 気づいてくれたフィリが、すぐにすっ飛んできた。


「う゛~、う゛~」


 なんとか話そうとするが、口がまともに動かない。


 でもフィリは、涙を流して心底喜んでいる。グワシと頬っぺたに抱きつかれて、まるで抓られているかのように肉が絞られた。


 だけど、わあわあと泣き声をあげているフィリにやめろとは、とても言えない。


 仕方がないから、しばらく好きにさせた。


 ポーションを飲ませてもらい、なんとかしゃべることができるようになってホッと一息吐く。


「本当に、本当に心配したのっ! もう絶対やっちゃダメなの!」


 やっと泣き止んだフィリだが、さっきから大説教モードだ。逃げることもできずにコンコンと耳元で説かれ続け、大変痛い。物理的にも。


 とんでもない大暴れをしたらしいが、こちとらまったく記憶がない。


 ただ、フィリの言っていることが嘘ではないのは、すぐに理解できた。


 胸の奥に、昨日まではなかった何かが蠢いているのを確かに感じる。歯に挟まった何かのように、喉に刺さった小骨のように……ただひたすらに『気持ち悪い』。


 そんな何かを感じる。疑う余地などなかった。


「わかったって。なんかよくわからんが、わかった。もうしないから」


 とりあえず、怒っているフィリを宥めるには、ごめんなさいと言うしかなかった。しようと思ってしたわけではないが、そんな理屈が通じるとは思えない。


 しばらくの間、頬をピタピタと叩かれながら、ひたすらに仕置きをされ続けたが、大事なことを思い出した。


「なあ……。報酬ってどうなった?」


 目覚めるなりフィリの説教が始まってそれどころではなかったが、一番大事な所だ。というか、こんな目にあったのだ。きっちり報酬をもらわねば、やっていられない。


 尋ねられたフィリはハッとした表情になり、すぐに顔の横から離れて何かを取りに飛んでいく。


「お金はもう届いているの。見えるかどうかはわからないけど、部屋の縁に置いてある皮袋の中に金貨が入っているの」


 そして、部屋の隅を見ながらヨタヨタと飛んで戻ってきた。巻かれた紙を抱えている。


 その紙を目の前で広げてもらった。


 手足を動かすのは、まだ辛かった……って、なんだこれは?!


『請求書 お主が破壊した神殿の跡地を整地せねばならん。費用は6000万マリス。ちゃんと払うんじゃぞ(ハート)』


 とりあえず、今すぐ塔に乗り込みたい衝動に駆られる。


 しかし、体が動いてくれない。


「ふ・ざ・け・ん・な──────ッ!!」


 残りの生命力を使い切る勢いで叫んだが、


「うるせ──────ッ!」


 階下からハルクの親父の怒鳴り声が返ってきた。


 フィリではないが、さめざめと枕を濡らすしかなかった。




■□■□●〇●□■□■




 歴史書に残る大英雄ソード=マスターの記録は、この事件から始まっている。


 しかし今は、手足も動かせぬ、ただの芋虫だった。

お読みいただきありがとうございました。


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