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クズの槍使いが自由に生きて英雄になる方法~手配No.1072 ソード=マスター~  作者: 木庭 秋水


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第48話 災害





■□■□●〇●□■□■




「くっ……『束縛されし魂よ、女神の(かいな)に抱かれ給え。闇の(くびき)は断たれ、暗き迷路(めいじ)は終わりを告げる。いざ再び、光溢るる輪廻の中へ』────ディスペル≪還送≫」


 エレアノールは祈りをささげ、スタッフを大きく振った。


 けしかけられたゾンビやヌンビの群れの足元が光る。聖烈なる鋭い閃光が爆発し、その激しくも温かい光の中、不死者たちは次々と昇天した。


 ソードは急にガクリと項垂れた。俯き、動きを止めてしまっている。


 それを目の端で見たジュリアンは、慌てて叫んだ。


「ソード君! いったん退くんだ!」


 だが、ソードは動かない。先ほどまでユリウスとともにアウグスの相手をしていたが、戦闘の最中にいきなり動きを止めて、そのままだ。まるで心砕かれた人のように、肩を落として呆然と立ち尽くしている。


 その顔は地面に正対し、誰にも見ることはできない。


「?! ソード君??」


 ソードに呼びかけながら、ジュリアンは一人で何体ものスカーレットナイトの対応をしていた。さすがのジュリアンにも、余裕は全くない。


 しかし、指示を飛ばしてもまったく動かなくなってしまったソードを見て、無理矢理そちらに向かおうとする。


 誰が見ても隙だらけで、いつ攻撃をもらってもおかしくない危険な状態に見えたからだ。


「タリア!」


 女忍びの名を呼び、ジュリアンはスカーレットナイトから距離をとる。そこに何枚もの符が投げ込まれ、それを手裏剣で打つタリア。


 すると────。


 ドガンッ。


 符が爆ぜた。


 爆炎と共に広がる衝撃波にスカーレットナイトらは巻き込まれ、骨を大きく損傷し数体は動けなくなる。


 マッシュたちも、ジュリアンの叫び声を聞きソードの異変には気付いていた。だが、距離がありすぎた。フォローに入ろうにも入れない。


 フィリは、ソードの様子がおかしくなったことに気付くと同時に飛び出そうとしていた。


 しかし、符を投げ終わったタリアに腕で阻まれて、なんとか留まっている。その顔はソードの身を案じて哀しく歪み、何度も名を叫び呼ぶ。


 しかし当のソードは、アウグスがすぐ側にいるというのに項垂れて脱力したままだった。ただ立ち尽くしているだけで、動く気配がまったくない。


「くっくっくっ。戦いの最中にいったい何をしているのです?」


 いきなり動きを止めた獲物に、アウグスは小馬鹿にしたような笑みを一層強くする。


 心折れたように見えたのだ。


 ゆっくりと近づき、右前足を上げた。鋭い爪が松明の明かりに妖しく煌めく。


 だが次の瞬間────。


 ゾブリ。


 アウグスの左前足に鋭い痛みが走った。


「ガァァッァ!」


 戦場に響く化け物の絶叫。


 突然のことに戸惑いながら血走った眼を見開き、アウグスは自身の足を見る。


 そこには、項垂れたソードによって無造作に縫いとめられた足があった。どこにでもありそうな槍で甲を貫かれ、大量の血が溢れ出している。


 ありえなかった。足の甲とはいえ、己の皮を貫ける槍には見えなかった。


 だが槍の穂先は完全に突き通り、足は地面に縫いとめられている。


「馬鹿な?!」


 アウグスは驚きの声をあげた。だが、それが最期の言葉となった。


 槍から手を放すと、ソードはアウグスの上あごに右手を無造作にかける。そして、続いて下あごに左手を────そしてその直後、何の躊躇いもなく当たり前のように引き裂いた。


 グシャアア。


 形容しがたい音を立てながら引き裂かれるアウグスの体。血を頭から被り真っ赤になりながら、ソードはなおも呆けたように立っている。


 ただその両手には、アウグスだったものが二つに分かれて握られていた。


 ジュリアンは自身の脚が止まったことにも気づかず、ただ茫然と立ち尽くす。


 だが、不死なる者たちに目の前の異様など関係ない。


 アウグスが倒れると、すぐにスカーレットナイトがソードに群がり始める。それでもソードは立っているだけ……に見えた。


 しかし直後、ソードは二つの肉塊から手を放す。地面に突き刺した槍を握るやいなや、その足はただ立ち尽くしていた大地を深く抉った。


 敷き詰められた石畳を割り、土を跳ね上げながら、群がるスカーレットナイトへ正面から突っ込んだ。


 だが、その姿をはっきりと見る者はいなかった。大地を滑る疾風(かぜ)のように速く、瞬く間にソードの位置が変わっていたからだ。


「ソード!!」


 短い悲鳴をフィリがあげる。しかし、その声はソードに届かない。


 ソードは手にした槍を棍棒のように振りかぶり、技もなくただ大きく横に振る。


 しかしその一撃で、五体のスカーレットナイトが吹き飛び宙を舞った。同時に、ソードの手の中で槍がへし折れた。


 それでもソードは止まらない。


「があああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 獣のような咆哮をあげ、漏れ出る破壊の衝動を周囲に撒き散らす。


 ソードの手は、剣を持ったスカーレットナイトの腕を握った。そしてそのまま振り回し、盾も鎧も無視して、目の前の動く骨人形たちを破砕し続ける。


 スカーレットナイトの数は、あっという間に減っていった。


「な……なんなんですか?! これは??」


 ペイオロスが、脂肪で膨らみきった巨体を目に見えて震わせる。目を剥き、眼前で起こっている非現実に怯えていた。


 その喉がごくりと鳴った時、眼窩に指を突き込まれた最後のスカーレットナイトが大きく振りかぶられたところだった。


 そして、


 グシャ────ッ。


 大地に叩きつけられる。


 鼓膜を貫く轟音とともに、地面は陥没した。砕かれた岩石は、周囲の土と混じって四方に撒き散る。


 スカーレットナイトの着ていた鎧は大きくひしゃげ、中身の骨は衝撃で元の形がわからなくなっていた。


 ソードは、なおも俯いたままだった。だが、少し顔が持ち上がる。


 そして、ゆっくりとペイオロスの方へと歩き始めた。


 一歩、また一歩。前に進む。


 その右手が鋭く光り、突然槍が現れた。


 鏡のように煌めく穂先。古代文字がびっしりと刻まれた緋色の柄。ソケットの辺りで踊る炎。


 ソードは歩を進めながら、何気ない仕草で握った槍を一振りする。


 すると大地も風も……なにもかもを焼き尽くすような巨大な炎の波が生まれた。壊れた堤が噴く大量の水がごとく、槍から噴き出る。


 その波は巨大な壁となって、少し離れてマッシュら三兄弟が戦っていたスカーレットナイトたちに向かった。


「あ、兄者! 逃げろ!」


 キリーが慌てて叫ぶ。気づいたマッシュは、迫る炎の壁から、ただひたすらに逃げた。


「グッ……」


 ギリギリだった。


 駆け抜ける炎の波の中に、スカーレットナイトたちは瞬時に飲まれ消えた。あわてて飛んだマッシュの背中を、地獄のような灼熱が焼く。


「あ、兄貴。大丈夫か?!」


 ブロンコが慌てて駆け寄り、マジックポーションをマッシュの口の中に流し込む。


 炎の符術を得意とするタリアも、炎の魔法を使うエレアノールも、目の前に生まれた圧倒的な質と量の豪炎に、ただただ呆然と口を開けている。


 しかし、彼らはまだいい。


 ペイオロスは、そうもいかない。


 今まさに、その恐怖の化身がゆっくりと自分に近づいてくる。


「ヒッ……ッ?!」


 つい先ほどまでソードたちを見下ろしていた傲慢な眼差しは、今は恐怖一色に染まり、体は戦慄を隠せずに震えている。


 そして、とうとう我慢の限界を超えて背を向けた。


 太りきった体で転がるように、出てきた本殿の奥へと逃亡を開始する。


 だが、ソードの動きはそれを見ても何も変わらなかった。ただ、ゆっくりと歩を進めるだけ。


 しかし────。


 ジ……ジジ。


 歩みを止めないソードの体の周りに、青白い火花が生まれだす。そして────。


 ジ……ジジ……パリ……パリパリ……バチバチバチッ。


 あっという間に放電を始めた。


 ペイオロスが本殿出入口への階段を半ばまで登り終えた頃、ソードはようやく歩みを止める。そして、手の中の槍を大きく振りかぶった。


 直後、周囲を焼くような閃光を放ちながら、ソードの手の中から槍が消えた。


 ガガガガ──────ン!


 天を(つんざ)く轟音とともに、造りかけの大神殿は吹き飛んだ────。


 ペイオロスは、ソードのゲイズ・サンダーボルト≪見惚れる天雷≫の直撃を受けて、わずかな欠片も残らず雲散霧消する。痕跡のかけらも残らなかった。


 迅雷のごとく飛んだ槍は、そこに巨大な炎の渦を作った。先ほどまで美しい建物を形づくっていた大理石も、すべて打ち砕かれ大炎に包まれて、ただの墓標へと変わる。


「い、いかん。みんな逃げろ!!」


 普段の言葉づかいからは程遠い切羽詰まった様子で、ジュリアンが怒鳴る。


 マッシュたちも、タリアやエレアノールも、その言葉に迷うことなく現場に背を向け逃げた。


 ただ、フィリだけはその言葉を受け入れなかった。


 それまで、ただ茫然としていたフィリだったが、逆にソードに向かって飛んだ。


「フィリ君。いけない!!」


 ジュリアンは慌てて叫ぶが、フィリは止まらない。ただまっすぐに、ソードに向かって飛んでいく。


「……くっ」


 背中に感じる炎に、止まりかけていた脚をもう一度動かすジュリアン。


 なぜなら、ソードは再び槍を手に出し、体に稲妻をまとい始めていた。一刻の猶予もなかったのだ。


 そして────。


 ガガガガ──────ン!


 二発目が落ちた。先ほどの左側に。


 そこを撃つ必要はなかった。だが、ソードは再び天雷を落とした。


 爆散は繰り返される。


 弾け飛ぶ建物。撒き散る柱だったもの。大地にあった土くれは、またもや空高く舞い上がった。


 そして、ただ巨大な質量を持った炎の渦がもう一つ生まれる。地上にあってよい景色ではなかった。


 しかし、それでもソードは止まらない。


 三度(みたび)、手の中に槍を現出させる。そして、体に雷を纏った。


 だが、その一撃は放たれることはなかった。


 飛び込んできたフィリが、自らを省みずソードの顔の前に止まり、涙ながらに訴えたのだ。


「……ソード。ダメ。ね?」


 その言葉は、何も耳に入っていなかったようなソードの動きを止めた。


 そしてソードは────。


 ドシャリ。


 槍を手にしたまま膝から(くずお)れ、その場に倒れた。

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