第47話 もう一人のソード
「……くっ。ソード君、ユリウス君の援護を!」
「わかった!」
群がるスカーレットナイトを独りでいなしながら、ジュリアンが叫ぶ。
一ミリも乱れていなかった、ウェーブのかかったロンゲは見る影もない。キラキラと輝いていた金髪は土埃でくすみ、汗で額に張り付いている。
無論、整った顔もぐちゃぐちゃだ。
それでも、ただひたすらに最前線で剣を振るい、後ろの仲間たちに時間とゆとりを作る。全体を見て指示を出すことも忘れない。
中身がどうだろうとリーダー。正しく勇者そのものだった。
打ち合わせの時、キリーがジュリアンに全幅の信頼を置いていた理由を、心底理解した。
だが、ユリウスは暴走してしまっていた。
無理もない。仲間が全員死んだ。
理屈じゃない。
その原因を許せなくて、どこがおかしいってんだ。
スカーレットナイト一体を切り伏せ、その盾を奪い、自前のブロードソードを手にアウグスに飛びかかる。
戦いが始まると、後方から全力で飛び出し、他は目もくれずに切りかかっていった。
「この化け物めっ! お前がぁぁぁっ!!」
技術などかなぐり捨てた斬撃の嵐。
さそりの尻尾や、下手な刃物よりも切れそうな爪をまったく意に介さず、傷などいくらでもつけろとばかりに、アウグスを傷つけるためだけの剣をユリウスは振り続けている。
しかし……。
「くっくっくっ。そのような剣では、私の体に傷一つつけることもできませんよ」
アウグスは、真っ赤な目を細めてニタニタとした笑みを浮かべている。鼻を高く上げながら踊るようなステップを踏んでは、ユリウスの周りを小馬鹿にしたように飛び回っていた。
「うるさいっっ!」
とうとう胴にブロードソードの刃が当たった。だが……。
「う~ん。なかなかよい斬撃です。ですが、残念。私の体には通りません」
アウグスは困ったような……哀しいような顔を作って見せる。しかし、そんなことを思ってもいないのは明白だった。
「黙れぇぇぇっ!!」
「お仲間もお仲間でしたが、貴方も無駄な努力がお好きなようで」
アウグスの目がギラリと光った。
同時に、大振りで隙の出来たユリウスの腹めがけて、撫でるような仕草でサッと爪を出す。
ガキ────ッ。
ギリギリだった。
なんとか間に合い、槍を間に差し込む。そして、突っ込んだ勢いのままユリウスに体をぶつけて弾き出した。
「……イテテテ」
「また一人。人間はどうしてこうも愚かな者が多いのか」
「うるせぇ、化け物。大人しく成敗されろ」
とはいえ、俺の中古の槍じゃあなあ。ユリウスの剣が通らない相手に、これではなんとも心許ない……。
手の中の槍をチラと見る。
ポチを使えたらいいんだが、使う訳にはいかない。呼べば出てきそうな感触はあるが、今あの調子でチューチューされたら致命傷だ。
どうしたものか。
悩んでいたら、体勢を整えなおしたユリウスが、脇目も振らず再びアウグスに切りかかった。
「ちょっ。ユリウス! 落ち着け!」
声をかけるが応えない。
「あ゛あ゛あ゛────ッ!」
掛け声とも喚き声ともわからぬ雄たけびを上げながら、ユリウスはアウグスに向かって再び剣を振りかぶる。
だが、完全に冷静さを欠いたユリウスの剣は、もうアウグスに当たりもしない。そして────。
「もうそろそろ、よろしいでしょう」
そう笑ったアウグスの爪がきらりと閃いた瞬間、がら空きだったユリウスの顔が抉れて飛んだ。
「楽しかったですよ」
血まみれの手を舐めながら、再びニタニタと笑うアウグス。
ユリウス……。
血をまき散らしながら、ユリウスは倒れる。
それを見た時、音が遠ざかる気配がした。最近、よくある感覚で非常に気持ち悪い。
だが、無理矢理頭を振って思考を戻す。
考えるのは後だ。
幸い相手のリーチは短い。だから、距離を保てば耐えることはできる。
俺の槍では傷つけることはできないが、この化け物を引きつけたままでいられれば、ジュリアンやマッシュらの処理は捗るはずだ。
というか、スカーレットナイトらをあらかた片付けたら、ポチを呼び出して一気に勝負をつけてもいい。ポチなら、このクソ猫もどきのドテッ腹に風穴を開けることなど、造作もないはずだ。
避ける、避ける、避ける────。
ただひたすら回避に専念した。
槍は攻撃ではなく、相手の攻撃を逸らす為に使う。
「なかなか、しつこい」
ひたすら避けまくる俺に焦れてきたらしいアウグスが、少し苛立っているのがわかる。
だが、こんな化け物のお気持ちなど、どうでもいい。
幸い、フィリとエレアノールの炎の魔法がゾンビやヌンビをまとめて焼き払ってくれているので、ジュリアンやマッシュらも余裕はないながらもなんとか耐えきれている。
でも、そういつまでもこんな状態が続くわけもなく……。
「頑張りますね。ならば、これでどうでしょうか?」
少し離れていたが、デブが楽しげに宣言する声が聞こえた。
思わず、そちらに目を移す。
一瞬、時間が止まったように感じた。
…………嘘だろ?
ペイオロスがけしかけてきたゾンビの中に、見たくないものを見つけてしまった。
男、女、若いの年食ったの……色々なゾンビがいる。
そして、その中にひときわ小さな……赤いワンピースを着たゾンビを見つけた。
チカリ……チカリ……。
心の中に小さな火花が散った。
…………ザワザワザワザワ。
胸の奥で何かが広がっていく。
『ねぇ、お母さん。お腹すいた……』
あの時聞いた声が、耳の中によみがえる。
飯が食えればいいと見送った小さな背中が、脳裏に浮かんだ。
『汚いガキめ! 店のごみを漁るんじゃねぇ! さっさとどっかに行きやがれ!』
蹴り飛ばされた。
だが手に、剥いた野菜の皮と、食べ残しのパンのかけらが残っていた。
それを口に運んだ。
『……おいしい』
涙が出た。
肌が泡立ち、毛が天を突く。
背中がなぜかスウッと冷たくなった。
は……はは……。こ……の男……。あの”女”ぁぁぁあ!!
音が消えた。
意識が燃えた。
俺が……。
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