第46話 傲慢の聖人
ふぅ……。
体からどっと力が抜ける。
一体なんなんだよ、これは。
「ソード!」
膝に手をつき肩で息をしていると、フィリの奴がすっ飛んできた。確認するかのように俺の周りをくるくる飛んで、心配そうな声で呼びかけてくる。
「大丈夫だ」
少し泣きそうな顔をしているフィリに、片手を上げて答えてやる。
ぶっちゃけ、かなりハードだったからあまり大丈夫じゃないが、生きる死ぬの怪我をしている訳ではない。
チラとユリウスの方を見る。
背負っていた女性は駄目だったようだ。
エレアノールが懸命に治癒魔法を施していたようだが、今はもうやめて静かに目を閉じ祈りを捧げている。その横では、ユリウスが目をカッと見開き、歯を食いしばりながら震える拳を握りしめていた。
一方、三兄弟の面々も、こちらに向かって小走りで走って来る。
中でもキリーは、駆け寄ってくるなり、厳しい目をしたまま静かに何度か首を横に振った。
「ジュリアン。そっちもか」
「……ええ。だいぶ早くに察知されていたみたいですね。用意周到すぎて吐き気がします」
一区切りついたというのに、ジュリアンはなお鋭い目をしてひときわ大きい建物の方を睨みつけている。
まるで、何かを察しているかのようだった。
そして、それが正しいことを、すぐに証明した。
カタカタ。カチャカチャ。
再びの襲撃。その合図……。
先ほどと同数程度のスカーレットナイトが、ジュリアンが睨んでいた建物の方から湧き出てきた。鎧を鳴らしながら、こちらに駆けてくる。
いや、スカーレットナイトだけじゃない。
ズルー……ペタン。ズルー……ペタン。
上半身を不気味にゆらゆらと揺らしながら、足を引きずるようにゆっくりと、ゾンビの群れも後に続いていた。よく見れば、その足元にはテラテラと微かに光る、濡れた何かもいる。たぶん、ヌンビだ。
……最悪だ。
瞬く間に半包囲された。
といっても、いくら後方が開いていても、とても逃げ切れるような状況ではない。詰みだ。
頭をよぎる、自分の最期。
笑って死ぬと決めていたが……結構笑えない。
代わりに失笑が漏れた。
あ、これも笑っているって言うのかね。
そんな、どうでもいいことが頭に湧くほどに追いつめられる。
喉が……酷くひりついた。
三兄弟はいつでも円陣を組めるようにだろうか、互いの距離を詰めた状態で敵を睨んでいる。タリアは、湧き出てくるスカーレットナイトを睨み続けるジュリアンのすぐ側に、音もなく寄った。
「フィリ、下がれ。エレアノールと一緒に後方からの援護を」
俺の様子を伺っていたフィリに指示を出す。
この二人は、俺たちにとって絶対守護の砲台だ。失ったら、その時点で確実に押し潰されて殺られる。
「わかったの」
逆らうことなく、フィリはすぐに後ろへと下がった。
その時、アンデッドの群れの奥から白のキャリックを纏ったデブがこちらに歩いてきた。見覚えがある。貧者の村を出たところにいた男だ。
横には人の顔、ライオンの体、サソリの尻尾の化け物。
口は大きく裂け、俺らを舐めくさったような笑みを浮かべている。鬣と体毛は燃えるような赤。クソでかい蝙蝠のような翼も生えている。
────マンティコアだ。
「こんな夜分に押し入るなど、あまりにも礼を失してはいませんか?」
張り付いたような笑みを浮かべながら、神官衣の男が呼びかけてきた。
「貴方がペイオロスですか?」
『おい、デブ。名を名乗れ』と”お願い”しようと思った矢先、ジュリアンが先に口を開く。
「いかにも。私がペイオロスです」
クックッとくぐもった声で笑いながら、張り付いた笑みを崩さずに答える。
「そうですか。貴方には、国から捕縛命令が出ています。大人しくついてきては貰えませんか?」
ジュリアンは馬鹿丁寧に説明している。もっとも、本当に交渉している訳ではないだろうが。
この間に、俺たちは互いの背中をカバーできるようにジリジリと動き態勢を整えていた。
「これは異なことを。そんな訳はありません。もし本当だというならば、『王名の入った』手配書の一つでも見せてください。それならば、同道しましょう」
ペイオロスはまったく動じることなく、笑みを浮かべたままそう言い返してくる。
……チクニーが言ってた通りなんだろうな。だから、『王名の入ったもの』を見せろなんて言っている。
もうすでにチェックメイトした気分でいるんだろう。いろんな意味で。
「残念ながら手配書はありません。しかし、こちらもとある筋の内意でしてね。引く訳にはいかないのですよ」
内意? チクニーの後ろにも誰かいるのか?
「くっくっくっ。それでは同道する訳には参りませんね。お引き取りを」
「……それはできないな」
交渉決裂の気配。ジュリアンは時間稼ぎを止めることにしたようだ。
手の中の槍を構え直し、腰を落とす。周りのみんなも、ほぼ同じタイミングで戦闘態勢に入った。
「では、まことに残念ではございますが、力づくでも排除させていただきます。貴方がたは、美しきインヴァリダの聖域に土足で入ってきました。相応の罰は受けねばなりません。────アウグス」
笑みを浮かべているのに笑っていない目をこちらに向けたまま、ペイオロスは隣のマンティコアを促す。
下卑た笑みを強めるマンティコア。
ガァアアアアァァァ────。
そして一声あげた瞬間、二戦目の火蓋は切られた。
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