第44話 邪物の工場
「じゃあ、ペイオロスかアウグスを見つけたら連絡入れるよ」
手の中にある、飴玉大の水晶球を握りしめながら確認をする。
「おのおの無理は厳禁だよ。命あっての物種だからね」
勇者らしからぬことをジュリアンが言った。
前髪を掻き上げながらという相変わらずの態度だが、意外に現実的な考え方をする。
細かい準備も抜かりない。魔法の水晶球だって、ジュリアンたちが用意してきたものだ。
握って魔力を込めると、一緒に設定した他の水晶球を光らせて知らせてくれるらしいが、一人行動ばかりしてきた俺にとっては目から鱗のアイテムだった。
水晶球は、俺とジュリアン。そしてマッシュと、それぞれのチームのリーダーに貸し出されている。更に三手に分かれて、少しでも手早く親玉どもを見つけ出す計画だ。
「お前が特に気をつけろ。すぐ調子に乗る悪い癖がある」
チラと横目にジュリアンを見て、マッシュが呟いた。
「ハハ。そんなことを言ってくれるのは、今となっては貴方たちくらいですよ。ありがとうございます」
本当に嬉しそうにしながら返事をするジュリアン。一、二を争うチームなのに、当の本人たちの関係は意外に良好そうで驚かされた。
だが、いつまでも茶飲み話を続けるわけにもいかない。
「じゃあ、俺たちは右奥の建物から探す。ジュリアンたちが奥の背が高い建物で、マッシュたちが左奥の平屋……だったよな?」
今は時間が命だ。探索場所が重なるともったいない。
「ええ」
「ああ、それで合っている」
ジュリアンとマッシュが答えてくれた。そして、それぞれのチームを率いて散っていく。
その場には、俺とフィリだけが残っていた。
「さて、俺たちも行こう」
「わかったの」
今まで少し高く飛んで周囲を警戒していたフィリが、降りてきて頭の上で程よいポジションをとって腰を落ち着ける。
それを確認すると、俺たち担当の建物に向かって小走りで向かった。
パッと見、どこがどうという建物ではない。ないが……。
ちょっと大きな二階建ての木造の家のように見える。何本もの松明に照らされて、夜闇の中に浮かび上がる姿こそ不気味だが、それ以外にどうというところもない。
外見は。
ただ……臭いがヤバい。
「……こりゃあ、たまらんな」
「う゛~、ク”ハ”いの」
鼻でも詰まんでいるのか、やたらくぐもった声のフィリ。
敷地外で感じた死臭は、壁を越えて中に入ると濃くなった。しかし、今この場においては、思い切り吸い込むと咳き込んで止まらなくなるレベルになっている。
ちっ、失敗した。
適当に担当を決めたのが悔やまれる。多分、一番のハズレくじだ。
「これ、どう考えても中からだよな?」
「間違いないの」
心底ゲンナリしているのがわかる調子で、フィリは答えた。
やれやれだ。中に入ったら、二、三日は染みついた臭いが取れないだろう。
でも、入らない訳にはいかない。
とりあえず、腰の皮袋から布を一枚取り出して端を少し切る。
切れ端の方をフィリに渡しながら、
「おい、フィリ。お前は外で見張っていてくれ」
と伝え、残った布を口の周りに巻いた。
「外を見張るの?」
頭の上に座ったまま、覗き込んで聞いてくる。
「ああ。俺は中をチャチャッと確認してくるから。お前は誰も来ないか見張っていてくれ」
こんなの、中がどうなっているかなど容易に想像ができる。体の小さなフィリでは、ガチで命の危険があるだろう。
「わかったの」
渡された布の切れ端を俺と同じように口に巻きながら、フィリは俺の頭の上から飛びあがった。
「気をつけるの」
少し高いところで静止飛行しながら、振り向き注意をしてくる。
手をヒラヒラと振りながら、
「はいよ」
と答えた。
側にある松明から火のついた木材を一本引き抜き、扉に手をかける。
開くと、思った通りの『臭気の爆弾』が体にぶつかってきた。
とりあえず、ここにはペイオロスやアウグスはいないだろう。臭いがヤバすぎる。
そういった意味では安心できるが、これは……。
中は仕切り壁のない一部屋で、二階も吹き抜けになっている。建物自体が、馬鹿デカい箱のようだ。天井にはいくつかの天窓があり、そこから中の空気が漏れている。
そして、扉を開けた瞬間もヤバかったが、中に入るともっとヤバかった。
肌が妙にチクチクする。しゃべることもできないだろう。ヘタに口を開こうものなら、その後のことは考えたくもない。
フィリを外に置いてきて正解だった。俺も、そう長居はできそうにない。
少しだけ奥に向かって歩き、手の中の松明を掲げて光を奥まで届ける。
等間隔の穴?
2m強×10m強の穴が二行五列である。ただ、周りとほとんど変わらない色の土が中に入っていて、よくよく見ないと気づかない。
ただ、あの蒸気の色は……。
その穴の中にある土から、薄いピンクやら緑やらのありえない色の蒸気が上がっている。
部屋の中央に置かれている、紫色の光を宿した巨大な黒水晶と相まって、危険な香りしかしない。
っていうか、これって……。
いくつもある穴。その中に放り込まれている土。
いや、違う。
たぶん、土じゃない。ヌンビだ。腐肉のアンデッドスライムだ。
だから、”虫”がいない。
周りを見回す。土らしきものの上を見る。
どこにも『生き物』の気配がない。
それに気づくとゾッとした。ここは、ヌンビ床が置かれた工場だ。
アンデッドを製造する宗教ってなんだよ。しかも、こんなヤバいのをなんて……。
むしろ、浄化して回るのが真っ当な宗教家の仕事じゃないのか。
こんなもの、どんなに言葉を選んでも『邪教』だ……。
なんつーもん作ってやがんだ、あのクソババア。
胸の奥で、何かがゆらりと揺れる。チクリと痛みも走った。
ダメだ。落ち着け……。
軽く頭を振って、心を落ち着ける。
とりあえず、ババアのことは後だ。他には……。
だが、その時────。
ドガ──────ァン!!
物凄い爆発音がして、建物も地面もはっきりと揺れた。
反射的に、建物の外に飛び出す。
「フィリ! どうした?!」
「ソード! あっち!」
北の方を指さすフィリ。
敷地内で一番デカい建物を越えて、山肌に沿って更に上った所で炎と煙があがっている。
ユリウスらが回り込んだ辺りだった。
そして、更に言葉を重ねようとした時、
「タリア! エレアノール! こっちだ、急げ!」
ジュリアンが髪を振り乱しながら、剣を抜いていた。タリアとエレアノールは、ジュリアンの言葉に従って全力でこちらに向かって走ってくる。ジュリアン自身は殿を担当していた。
そして彼らに向かって、ゆっくりとだが明確な殺意をもって近づく影の群れが目に入る。
十? 二十?
すぐに、はっきりと見えるようになった。
少し黄色みのかかった鮮やかな赤。眼窩には青白い光が宿っている。
手にはギラリと光るブロードソード。盾を持ち、ハーフプレートを着込み、腰回りもタセットで覆われたスケルトンウォーリア。
────スカーレットナイトだ。
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