第39話 隠された依頼
「改めて、おめでとう。確かに、この部屋まで到着したことを確認したぞ」
先ほどまで少女が寝ていたソファに案内され、目の前には本人が座る。ソファが生温かかった。
ここに来た目的である魔術師の方は、奥の部屋へと消えた。カチャカチャとティーカップと皿がぶつかる音がする。
頭の上にいたフィリは、肩まで降りてきていた。そして、耳にしがみつくようにして張り付いている。
沈黙したままだった。
あまりにも訳わからん展開に、大いにビビっているのがわかる。
……仕方ねぇ。
「んで、これはどんな茶番だ? あのパーとかいう兄ちゃんをぶっ倒して、杖を取り戻せって話じゃなかったのか?」
率直に聞く。
そりゃ、聞くわ。聞かずになどいられるか。
「うむ……。怒るのも無理ないが、それには止むに止まれぬ事情があってのう────」
眉間に深い皺をつくりながら、チクニーは今回の依頼の表裏について淡々と、しかし理路整然と説明し始めた。
要するに、今回の立て札のクエストは、最初から二面の事情がある案件だったのだ。
まず、王。
『七欲の徒』という宗教団体によって洗脳されている。
この宗教団体は、ランドール公国国教であるヴィルマ教を真っ向から否定する目的で作られた団体であり、国教を自分たちのものに置き換えようと企んでいる。
しかし、そんなことになれば当然国が揺らぐ。
その為、あらゆる手で王の洗脳を解こうとしたが、これはできずに終わった。
そして、最初の一手で王を洗脳されたのが致命傷となり、その後のすべてが後手後手となってしまっている。
ヴィルマ教との決定的な決裂を招かぬためにできたのは、ヴィルマの杖をカンカーラの奥深くに『保護』することだけだった。
ヴィルマの杖は、王の戴冠式にも必要な秘宝だ。
当然、国教を変えるというような重要な儀式には不可欠の宝。たとえ当のヴィルマ教からの改宗だとしても、伝統の重みが宝を必要とする。
その為チクニーは、パーに命じて杖を盗ませ、そのままカンカーラに立て籠もらせた。
『七欲の徒』は洗脳した王を使いカンカーラに派兵しようとしたが、これはチクニーら国の重鎮が全力で止めたらしい。
ギリギリの判断で、とりあえず冒険者を使おうという落としどころに収めた。奇しくも、大昔の魔法使いが立て籠もった事件と同じ展開になったのだ。
────なんて、ややこしい。
国家の陰謀なんてガラじゃないのに、見事に巻き込まれてしまった。
あー、メンドクセ。
「じゃあ、姫さんのパンツって関係ないじゃん」
先ほどパーの兄ちゃんに柏手を打たれていたパンツをチラリと横目に、ツッコミを入れる。そうでもしないと、やっていられなかった。
ただ、俺の耳をつかんで離さないフィリも、コクコクと激しく首を縦に振って同意してくれている。
「ああ、それはただの駄賃ですよ」
ニコニコ。
湯気の立つポットと四つのティーカップのセットを乗せた盆を手に、ちょうど奥から出てきたパーが答えた。
「…………ハァ。ま、そんな訳だから、その事は気にするな。無駄じゃ。説明するほどの意味は、元からない」
両目を固く閉じ、両こめかみをグリグリと力強く揉んでいる総師団長殿からの回答だった。
「いや。でも例の立て札にも『杖』と『下着』を取り戻せとあったと聞いているぞ?」
ハルクの親父は、確かにそう言っていた。
こめかみを揉み終わり目を見開いたチクニーが、ため息交じりに答える。
「あれは、我らが止める前に王が出してしまったのじゃ。そも、違和感を覚えなかったか? 国からの触れに『姫が下着を盗まれた』などと普通書くか?」
「それは……」
確かに思った。それには同意しかない。
「今の王は、極めて思考力というものがなくなっておる。健常者っぽく生活を送ってはいるが、どこまで『元の王』なのかは側近の我らでもまったくわからんのじゃよ」
ひどく思いつめたような目になるチクニー。
「……はあ。わかった。『下着』のことはもういいよ。でも、こんなのを姫の側に置いたままにしていいのか? 使い終わったら処分って訳じゃないんだろ?」
ニコニコと笑顔のままのパーを、チラと見ながら尋ねる。
俺には関係のないことではある。
だが、ここまで深刻で馬鹿馬鹿しい話を聞かされると、無駄口の一つも叩かずにはいられない。
でも、この俺の言葉は、当の本人によってバッサリ切り捨てられた。
「あ、拙者『中身』には興味ござらんし」
『し』じゃねぇよ……。
清々しいくらいに迷いのない笑みを浮かべながら、最低極まる反論をされた。
ただ、我が言葉に二言なしという、鉄の意志だけはビンビンと伝わってくる。
これ以上なく遺憾ながら、信用せずにはいられなかった。
「……あ、そ」
しかしながら、俺に出来る返事は、これが精一杯。
というか、発狂せずに付き合えているだけでも、十分褒め称えられるべきだと思う。
一体なんなんだ。さっきから続く、この狂った会話は。
苛立ちが心を蝕み始める。
だが、その時。
「ねぇ。ソード、ソード」
相変わらず俺の耳をグワシと握りしめているフィリが、遠慮気味に声を掛けてきた。
「あん?」
「そろそろ、なんでこんな事をしているのかを、ちゃんと聞いた方がいいの。今の話だと、ここで冒険者を待ち続けている意味はないの」
そりゃ、そうだわな。
「で、そこのパーを倒しちゃいけねぇって言うし、今の話だと杖を持ち帰るのもマズいってことだよな? それどころか、宮廷魔術師団の総師団長なんてものまで出てくるし。杖持って帰れば2000万マリス貰えるらしいんだが、俺らはどうしたらいいんだ?」
ここは大事な所だ。
向こうの都合は聞かせてもらったが、それは俺には関係のない話。ここまでの苦労も考えたら、『このままお帰り下さい』と言われてもハイそうですかとはいかねぇよ。
だが、チクニーはニィと笑う。そして、深く頷いた。待っていましたと言わんばかりに。
「無論、相応の褒賞は出そう。ただし! こちらの頼みを聞いてくれたら……じゃがの。儂とパーの二人を相手取るのは、自分で言うのもなんじゃがかなり骨じゃぞ?」
不敵な笑みを崩さないチクニー。少女がしていていい表情ではなく、百戦錬磨の殺し屋でも目の前にしているような迫力があった。
背中にゾクリと何かが走る。
感が告げている……これはハッタリではなく『本物』だと。
そんなチクニーの横では、パーは我関せずといった様子で、ゆったりとティーカップを傾けている。さわやかな柑橘系の香りが流れてきた。
そりゃあ、名乗られた身分が本物なら、この二人を相手に戦うなど骨どころではないだろう。ほぼ間違いなく、無事では済まない。
「……頼みとは?」
折れるしかなかった。
なかなかの交渉上手。一応選ぶ機会は与えてくれるが、事実上選択肢などない。
吐き捨てるように尋ねた言葉だが、チクニーは満足げに頷いた。
「そなた『は』話せるようじゃの」
『は』?
いや、今はそれはいい。
「で?」
「うむ。実は先ほど話した『七欲の徒』じゃが、旅立ちの森に巣をつくろうとしておっての……。これを阻止したいのじゃ」
また変なことを言う。
「すればいいじゃないか。あんたらなら、大して難しい話でもないだろう」
たかが宗教団体の一つや二つ、この嬢ちゃんと宮廷魔術師団なら簡単に攻め滅ぼせるだろうに。騎士団も動員すれば、なお完璧だ。
しかし、尋ねた直後にチクニーの表情は曇った。
「……それが出来れば、どれほど楽か。わざわざ、こんなまどろっこしいことなぞしとらんよ」
不可能とは言わなかった。
ただ、『出来ない』と言っている。言葉と一緒に漏れ出ているため息は、とても深い。
「じゃあ、なぜ?」
「儂らは王命に縛られておる。動けぬのじゃ。このパーは話の流れで外に出せたが、その他の者は動けぬ。かと言って、こやつ一人では流石に潰すことは出来ぬ」
頭が重いとばかりに少々項垂れる。その表情は、極めて深刻なものだった。
そっか……。さっき言っていた通り、先手で王を抑えられたのがネックになっているのか。
だが、そんなのを俺たちだけでなんとかしてくれってことか?
それこそ無理だろうに。
乾いてきた口を紅茶で一度湿らせる。それから、はっきりと伝えた。
「おいおい。話はわかったが、そんなのを俺たちだけで潰して来いってか? 無理無理。捨て駒になる気なんか、サラサラねぇぞ」
こんなのを俺たちだけでやれなんて、死んできてくれと言われているに等しい。
そんな依頼など、受けられるはずがない。
だがチクニーは、俺のこの言葉にも動じなかった。
「無論、お前たちだけではない。お前の前に、3パーティがここに辿り着いておる。彼らは、儂の依頼を了承した。じゃから、受けてくれるなら彼らと一緒に仕事をしてもらうことになる」
こちらを測るような目になって、チクニーはゆっくりと前のめりになる。
「確かに、ここカンカーラの9Fでパーとの決戦に及ぶよりも、ずっと危険な仕事になる。じゃが、これを放置すれば、この国は大混乱に陥るじゃろう。多くの民が不幸に見舞われる。それを、ここまでやって来る力のあるお主に救ってほしいのじゃ。立て札の褒賞と同じ2000万マリスは、儂が出す。頼まれてはくれんか?」
チクニーは、ブレることのない真っ直ぐな視線を向けてくる。
まるで、やり手の商人のような目だった。
だが……。
「すまん。この国がどうなろうが、民がどうなろうが、それは俺には関係のない話だ。だから、はっきり言わせてもらう。仕事と報酬が釣り合っていない。この依頼は危険すぎる。2000万マリスが端金だと言う気はないが、仕事の内容とは釣り合っていない」
この依頼は、マジで命がけになる。
しかも、仕事の内容から言っても、俺の言い分は至極まっとうな物のはず。
受けるにしても、きちんと見合った報酬は約束して貰いたい。
勝負どころだった。
こちらも前のめりになって、まっすぐにチクニーの目を見返した。
「なるほど……。お主は、そういう人物なのじゃな。これは、儂の言い方の方がマズかったな。許せ。謝ろう。……じゃが、これくらい正直だと、むしろ信用できる」
最後には、ハッハッと軽く笑った。
「3000万マリス出そう。これでどうじゃ? ……それにこの話。それ程、お主に無縁な話でもない」
この言葉と同時に、チクニーの笑みは悪いものに変わる。
「無縁じゃない?」
どういうことだ?
「『七欲の徒』じゃがの……お主の母が作った物じゃ」
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