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クズの槍使いが自由に生きて英雄になる方法~手配No.1072 ソード=マスター~  作者: 木庭 秋水


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第36話 貧者の村の少女




「ソード、待つの」


 気配を殺して外に出ようと体勢を低くしたところで、フィリがストップをかけてくる。


「ん? どうした?」


「念のために使っておくの。────ペルキドゥス《透過》!」


 フィリは頭の上から飛び立つと、意識を集中し古代語を詠唱し始める。そして、小声ながらも力強く最後の言葉を発してロッドを一振りした。


 直後、フィリの姿が一瞬で掻き消える。


「おお?!」


「これで見えなくなるの」


 声はすれども姿は見えず。


 魔法はやっぱスゲー。


 でも、自分の体を見ると普通に見える。手を振っても、足を振っても、きちんと見えていた。


「なあ、フィリ」


「なんなの?」


 小首をかしげる。


「これ……俺消えてる?」


「消えてるの」


 即答だった。


「いや。自分の姿は見えるから、失敗したのかと……」


「これはそういうものなの。ちゃんと消えているから安心していいの」


「そっか。んじゃ、外に出てみるか。フィリ。念のために気配もちゃんと消しとけよ」


「わかってるの」


 5Fに行くまでには魔法使いのことは考えておけと言っていた兄さんの言葉の意味が、最近身に染みてわかってきた。


 戦闘だけじゃない。


 冒険者稼業をやるなら、魔術師がいるのといないのとでは段違い。仕事の成功率も、生き残れる確率も、まったく変わってくる。


 兄さんには感謝だな。


 早いところ稼いで、豆とエール以外を頼まないと。


 そんなことを考えながら、音をたてないように慎重に外に出た。


 たぶん、時刻は夕方前。


 それでも薄暗い迷宮の中から急に出れば、少々光が眩しい。カンカーラに潜って、丸一日以上経過している。


 まわりは四方八方、木、木、木。


 出入り口の穴は小山の側面にぽっかりと空いており、その正面には何かが日常的に行き来している痕跡がある。


 たぶん、貧者の村の住人が使っているのだろう。


 声は、その痕跡の先から聞こえてくる。


「ねぇ、お母さん。お腹すいた……」


「…………」


 ガリガリで三歳くらいのおかっぱ髪の女の子が、二十代くらいの女と話している。


 女の子が着ている赤いワンピースはあちこちシミで汚れていて、女の方も元の色がわからないあちこち破れたワンピースを着ている。ボサボサの髪は伸び放題に伸ばされ、顔の肉も落ち切っていた。頬骨も出ている。


 女は骨ばった手を娘の頭に乗せるでもなく、見上げる娘を見るでもなく……力を失った目でただ虚空を見つめていた。


「神殿に着けば、温かい食事が用意されています。我々は、これからは同朋。女神インヴァリダの愛が包んでくれますよ」


 赤い帽子に、真っ白なキャリックを着た巨漢のデブが、見下ろすような視線で娘を見て小綺麗な言葉を口にする。


 言葉と心の中が違うのは、表情からはっきりと見て取れる。だが……。


「おお、女神よ……」


 母親は感じ入ったように、ただ神を呼んだ。


 親子やデブの周りにも、粗末な貫頭衣を着た者たちが周囲に何人もいる。しかし、違和感をまったく感じていない様子だ。そうとしか見えない。


 母親や、その者たちに共通しているのは、誰も彼もがどこか呆けているように見えることだ。


「……ソード。変なの」


「しっ」


 フィリが呟く声が聞こえるが、即座に黙らせる。


 どう見ても、良い雰囲気ではない。


 唯一人、自我があるという意味ではまともそうなデブ以外、みんな様子がおかしい。強いて言えば、幼い娘だけは正気そうに見えるが、それ以外は……。


「さあ。我らが家に帰りましょう」


 真っ当な判断力があれば、誰にでも感じられるだろう悪意。


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま、親子を促す。


 それにも嫌悪感を見せない。


 母親が先に動き出した。


 のそりのそり。


 促される方向へと、ゆっくり歩を進める。娘は、遅れまいと懸命に後をついていった。


 そして、感じの悪いデブも他の者たちも、揃って森の奥へと消えていった。


「…………」


 そちらを無言のまま睨む。


「ソード……、いいの?」


 フィリが、見上げるようにして聞いてきた。


 気づかなかったが、いつの間にか魔法が解けていた。


「……ああ」


 親子が消えていった方向から目が離せない。


 でも、口はフィリの問いを肯定する。


 これって……間違いなく宗教がらみだよな。神殿がどうとか、女神がどうとか言っていたし。


 でも、あの周囲にいた連中……なんか人形みたいだった。母親も明らかにおかしかった。


 たぶん、出入口に仕掛けられていたトラップと無関係じゃないだろう。


 ……どう考えても、良い雰囲気じゃない。


 でも────。


『お母さん、お腹すいた……』


 あの声音……記憶がある。


 どんなクソみたいな宗教だろうが、命までは取らんだろう。


 飯が食えるなら、それだけでも幸せだ。


 飢えに飢えを重ねるくらいなら……。


 生ごみを食って旨いと涙をこぼす経験なんか、しないで済むならしない方がいいに決まっている。


「ソード?」


 ついつい考え込んでしまった俺を、フィリが心配そうな声で再び呼んだ。


「あ、ああ。すまん。なんでもない。とりあえず、色々わかったことがあったな。来てみて正解だ」


 すぐに金になるかどうかはわからない。


 だが、カンカーラが片付いたら、こっち関連の仕事を探してみてもいいかもしれない。思いもよらず、結構重要な情報に触れた気がする。


 でも、とりあえず今は置いておくべきだろう。


 まずはカンカーラの魔術師だ。


「……でも、あんまり良い雰囲気じゃなかったの」


 俺の言葉に同意しかねたのだろう。フィリは不満そうに呟く。


 もっともな反応だった。でも……。


「そうだな。でも、俺らがシャシャって良い話でもない。余計なお世話になってしまうことも十分あり得る。……俺たちには何もできんよ」


 はっきりと告げた。


 もっとも、フィリが間違っているなんてこれっぽっちも思っていない。


 言葉通り、ただ何もできないだけだ。


 フィリは、槍を握りしめる俺の拳を見ながら、


「うん……」


 と小さく頷く。


 だが、まったく納得していないだろうことは、はっきりとわかった。

お読みいただきありがとうございました。


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