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クズの槍使いが自由に生きて英雄になる方法~手配No.1072 ソード=マスター~  作者: 木庭 秋水


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第34話 シエラの置き土産




 フィリの言葉にハッとさせられた。


 そして、すぐにエレベーターのある方へと向かう。


 ただ、念のために未探索の枝道の確認を先にした。もし、こちらから回って目的地まで行けるのなら、そもそも『孫の手』はいらない。


 だが、それらの道はすぐに突き当たってしまう。


 もともと大きな期待をしていた訳ではないが、それでも大きな疲労感を感じずにはいられなかった。


 でも、足取りが重くなるほど心には来ない。


 婆さんという切り札の存在は大きかった。


 あの忌々しい像の山をなんとかする未来を、あの婆さんなら『見る』ことができるかもしれない。


 いま一番、確かな解決方法だ。


 調べた範囲を手元のマップに描きこみ、再びエレベーターに向かう道へと戻る。


「フィリに感謝するの!」


 さっきから、ずっとご機嫌だ。


 村を出てまだそれ程に時間が経ったわけではないが、婆さんに会えるのが嬉しいようだ。


「はいはい。感謝していますよ」


 適当に話を合わせる。


「ぶ~。感謝が足りないの!」


「わかったって。今日あがったら、飴ちゃん買ってやるから」


「本当なの? ふふん。ソードもようやく、ちょっとはわかってきたの」


 薄い胸をふんぞらせて、威張りくさっている。


 つか、おねだりが見え見えだ。


 まあでも、飴ちゃんひとつで済むなら安いものだわな。


 あのままじゃ、マジで詰みだった。




 3Fにある例の横穴の前に着く。


 問題はここからだ。


 ここの住人は、余所者の気配に敏感だ。


 この前は婆さんが一緒だったから問題なかっただけで、いま普通に入れるかどうかは微妙なところ。


 チラと横を見る。


 フィリと目が合い、キョトンとされた。


 多分、こいつでは駄目だろう。少しの間婆さんと一緒にいたとはいえ、本質的に余所者だからな。


 ……ええい、ままよ。


 とりあえず、そのまま進む。


 最悪戦闘になるかもしれんが、そうなったらなった時だ。やむをえん。


 婆さんに会えねば詰みなんだから、遠慮などしていられない。


 ただ、この心配は杞憂に終わった。


「……ふん。本当に来るとはな」


 墓地への分かれ道を通り過ぎ、貧者の村がある方向へとどんどん進んで行った先──ちょうど水音のする分かれ道に差しかかった所で、薄暗い道の先から声を掛けられた。


「!?」


 咄嗟に戦闘態勢をとる。


 槍先を声がした方向に向けた。


 フィリの奴もビクリと体を震わせたが、すぐに俺の後ろに下がり魔法の杖を構えている。


 だが、その何者かは、こちらの様子など全く気にすることなく、ずかずかと近寄ってきた。


 男は一人だ。


 老年に差し掛かる年齢。すべての希望を失ったような感情のない目をしており、その視線はこちらを捉えてはいるが、はたして何を見ているのか。


 淀みきっていて、目が合うと一瞬息が詰まる。


 茶色のザンバラ髪に、汚れた口髭。


 名を聞くと、ベンと答えた。貧者の村の村長だという。


 しめたと思った。


 すぐに、婆さんに会いたいから中に入れてくれないかと交渉をしたが、半拍すらない即答で断られた。


「……どうしてもダメか?」


 少し殺気を出しながら聞く。


「ああ」


 返答は変わらなかった。それどころか、殺気に反応さえしない。


 だが、相変わらずの抑揚のない口調で、男はとんでもないことを口にした。


「それに、村に行ってもシエラはもういない。出て行った」


「ええっ?! ばあちゃ、いなくなっちゃったの??」


 男の言葉にフィリが割って入ってくる。さすがに、この言葉は聞き捨てならなかったようだ。


「ああ」


 男はチラと視線を向けたが、態度はフィリが相手でも変わらない。


「『ここでの役目は終わった。もう邪魔になる』。そう言っていた」


 そして、ぶっきらぼうに続ける。


 役目? 邪魔?


 いったい何のことだよ。


 ああ、婆さん。ここから出ていくにしても、もうちょっと待てなかったのか……。


 横でフィリが、


「ばあちゃ、いなくなっちゃったの……」


 としょげ返っているが、それどころじゃない。


 これで『孫の手』の情報を得るってアイデアはパーだ。


 どうすりゃいいんだよ……。


 体中から力が抜ける。


 ヘタれこまないようにするだけで精いっぱいだった。


 だが、そんな俺たちを無視して男は言葉を続けた。


「シエラから、お前に渡してくれと頼まれたものがある」


「え?」


「1000マリスだ。今すぐ決めろ。払う気がないなら、俺は帰る」


 男の目に、初めて感情が乗った。


 欲──淀んだ目をしたまま視線が鋭くなり、こちらを『値踏み』している。


 ああ……なるほど。そういうことか。


 婆さんも、頼む相手くらい選んでくれればよかったものを。


 1000マリス……。


 払えなくはない。


 だが払ったら、今晩の飯も豆決定だ。


 しかし、あの婆さんのことだ。


 何を預けたかはわからんが、たぶん無意味なものじゃないだろう。わざわざ『見た』うえで、預けたようだし……。


 よし。


「わかった。払おう。それで、その預かっている物は?」


 首を縦に振り返事をすると、男は薄汚れたチュニックを少しまくり、背中の辺りに差していた棒状の物を取り出した。


 先に人の手のような装飾がある、少し暗い銅色の棒。魔力の光が灯る小さな宝石も付いていた。


「あっ!? 『孫の手』なのっ!」


「な、なに?!」


 現物かよ?!


 思わずマジマジと見てしまうが、男はサッと背中に隠す。


「金が先だ」


 動揺止まない俺たちのことなど眼中になく、こちらを警戒しながら、ただ淡々と告げる。


 こうなっては、もう選択肢はない。


「わかった」


 これ以上グダグダやって気が変わったり、価値を見抜かれて値を吊り上げられたりしたら目も当てられない。


 腰の皮袋から銀貨を二枚取り出し、男に渡す。


 男は大事そうにポケットの中にしまうと、『孫の手』を放ってよこした。


「ふん。用が済んだなら、さっさと帰れ。ここは、お前みたいな奴が来るところじゃない」


 一方的に、そう言い放つ。そして、背を向けた。


 本当にこちらには少しも興味がないらしく、振り返る素振りもなくそのまま迷宮の闇の中へと溶けていく。


「ぶ~。感じ悪いの」


 プンスカしながら舌を出すフィリ。


「村長とか言っていたが、会ったことはなかったのか?」


「ないの。フィリは、ばあちゃのところにいただけなの」


「そっか」


 それも、あの婆さんの考えのうちなんだろうか……。


 考え込んでいたら、フィリがポツリと零した。


「ばあちゃ、いなくなっちゃったの……」


 ちょっと泣きそうな顔になっていた。


「まあ、婆さんにも婆さんの都合があるんだろ。別に死んだってわけじゃなし、哀しむようなことじゃない。縁があれば、またそのうち会えるさ」


「ソード……。うん。そうなの。きっとまた会えるの」


 見るからに空元気だが、フィリはごしごしと目を腕で擦る。


 空元気も元気だ。それでいい。


 それに……なんにしても『孫の手』の現物が手に入ったのはデカい。


 それを、今は素直に喜ぼう。


 ただ……あの婆さん。


 間違いなく、本当に『見えて』いる。


 そう思った瞬間、背中を冷たいものが流れた。


 フィリを連れていかねば、近々破滅するように刻が流れると言っていた。


 まだ無理に笑っているフィリを見る。


 あのとき断っていたら……そう思うと肌が泡立つ。


「ソード、ソード? どうしたの?」


 顔の横まで飛んできたフィリが、少し心配そうに覗き見てくる。


 無理矢理に笑みを作り、首を横に一つ振った。


「いや、なんでもない。行こう。あの男の言葉じゃないが、”ここ”は好んで来るようなところじゃない」


 ……あの時の俺だって今の俺を見たら、さっきの男と同じ目をして、同じことを言ったに違いない。


 グリニアの村も、きっとここと同じく、今もただ存在だけしているのだろう。時間が止まったまま。


「ソード?」


 フィリが再び声を掛けてきた。さっきよりも少し不安そうに。


「……すまん。何でもない。さ、行こう」


 そう応えて、踵を返す。


 いま俺がするべきことは、ただ一つ。


 魔術師をシバいて杖を取り戻し、大金をせしめる──それだけだ。


 過去を振り返ることじゃない。

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