第34話 シエラの置き土産
フィリの言葉にハッとさせられた。
そして、すぐにエレベーターのある方へと向かう。
ただ、念のために未探索の枝道の確認を先にした。もし、こちらから回って目的地まで行けるのなら、そもそも『孫の手』はいらない。
だが、それらの道はすぐに突き当たってしまう。
もともと大きな期待をしていた訳ではないが、それでも大きな疲労感を感じずにはいられなかった。
でも、足取りが重くなるほど心には来ない。
婆さんという切り札の存在は大きかった。
あの忌々しい像の山をなんとかする未来を、あの婆さんなら『見る』ことができるかもしれない。
いま一番、確かな解決方法だ。
調べた範囲を手元のマップに描きこみ、再びエレベーターに向かう道へと戻る。
「フィリに感謝するの!」
さっきから、ずっとご機嫌だ。
村を出てまだそれ程に時間が経ったわけではないが、婆さんに会えるのが嬉しいようだ。
「はいはい。感謝していますよ」
適当に話を合わせる。
「ぶ~。感謝が足りないの!」
「わかったって。今日あがったら、飴ちゃん買ってやるから」
「本当なの? ふふん。ソードもようやく、ちょっとはわかってきたの」
薄い胸をふんぞらせて、威張りくさっている。
つか、おねだりが見え見えだ。
まあでも、飴ちゃんひとつで済むなら安いものだわな。
あのままじゃ、マジで詰みだった。
3Fにある例の横穴の前に着く。
問題はここからだ。
ここの住人は、余所者の気配に敏感だ。
この前は婆さんが一緒だったから問題なかっただけで、いま普通に入れるかどうかは微妙なところ。
チラと横を見る。
フィリと目が合い、キョトンとされた。
多分、こいつでは駄目だろう。少しの間婆さんと一緒にいたとはいえ、本質的に余所者だからな。
……ええい、ままよ。
とりあえず、そのまま進む。
最悪戦闘になるかもしれんが、そうなったらなった時だ。やむをえん。
婆さんに会えねば詰みなんだから、遠慮などしていられない。
ただ、この心配は杞憂に終わった。
「……ふん。本当に来るとはな」
墓地への分かれ道を通り過ぎ、貧者の村がある方向へとどんどん進んで行った先──ちょうど水音のする分かれ道に差しかかった所で、薄暗い道の先から声を掛けられた。
「!?」
咄嗟に戦闘態勢をとる。
槍先を声がした方向に向けた。
フィリの奴もビクリと体を震わせたが、すぐに俺の後ろに下がり魔法の杖を構えている。
だが、その何者かは、こちらの様子など全く気にすることなく、ずかずかと近寄ってきた。
男は一人だ。
老年に差し掛かる年齢。すべての希望を失ったような感情のない目をしており、その視線はこちらを捉えてはいるが、はたして何を見ているのか。
淀みきっていて、目が合うと一瞬息が詰まる。
茶色のザンバラ髪に、汚れた口髭。
名を聞くと、ベンと答えた。貧者の村の村長だという。
しめたと思った。
すぐに、婆さんに会いたいから中に入れてくれないかと交渉をしたが、半拍すらない即答で断られた。
「……どうしてもダメか?」
少し殺気を出しながら聞く。
「ああ」
返答は変わらなかった。それどころか、殺気に反応さえしない。
だが、相変わらずの抑揚のない口調で、男はとんでもないことを口にした。
「それに、村に行ってもシエラはもういない。出て行った」
「ええっ?! ばあちゃ、いなくなっちゃったの??」
男の言葉にフィリが割って入ってくる。さすがに、この言葉は聞き捨てならなかったようだ。
「ああ」
男はチラと視線を向けたが、態度はフィリが相手でも変わらない。
「『ここでの役目は終わった。もう邪魔になる』。そう言っていた」
そして、ぶっきらぼうに続ける。
役目? 邪魔?
いったい何のことだよ。
ああ、婆さん。ここから出ていくにしても、もうちょっと待てなかったのか……。
横でフィリが、
「ばあちゃ、いなくなっちゃったの……」
としょげ返っているが、それどころじゃない。
これで『孫の手』の情報を得るってアイデアはパーだ。
どうすりゃいいんだよ……。
体中から力が抜ける。
ヘタれこまないようにするだけで精いっぱいだった。
だが、そんな俺たちを無視して男は言葉を続けた。
「シエラから、お前に渡してくれと頼まれたものがある」
「え?」
「1000マリスだ。今すぐ決めろ。払う気がないなら、俺は帰る」
男の目に、初めて感情が乗った。
欲──淀んだ目をしたまま視線が鋭くなり、こちらを『値踏み』している。
ああ……なるほど。そういうことか。
婆さんも、頼む相手くらい選んでくれればよかったものを。
1000マリス……。
払えなくはない。
だが払ったら、今晩の飯も豆決定だ。
しかし、あの婆さんのことだ。
何を預けたかはわからんが、たぶん無意味なものじゃないだろう。わざわざ『見た』うえで、預けたようだし……。
よし。
「わかった。払おう。それで、その預かっている物は?」
首を縦に振り返事をすると、男は薄汚れたチュニックを少しまくり、背中の辺りに差していた棒状の物を取り出した。
先に人の手のような装飾がある、少し暗い銅色の棒。魔力の光が灯る小さな宝石も付いていた。
「あっ!? 『孫の手』なのっ!」
「な、なに?!」
現物かよ?!
思わずマジマジと見てしまうが、男はサッと背中に隠す。
「金が先だ」
動揺止まない俺たちのことなど眼中になく、こちらを警戒しながら、ただ淡々と告げる。
こうなっては、もう選択肢はない。
「わかった」
これ以上グダグダやって気が変わったり、価値を見抜かれて値を吊り上げられたりしたら目も当てられない。
腰の皮袋から銀貨を二枚取り出し、男に渡す。
男は大事そうにポケットの中にしまうと、『孫の手』を放ってよこした。
「ふん。用が済んだなら、さっさと帰れ。ここは、お前みたいな奴が来るところじゃない」
一方的に、そう言い放つ。そして、背を向けた。
本当にこちらには少しも興味がないらしく、振り返る素振りもなくそのまま迷宮の闇の中へと溶けていく。
「ぶ~。感じ悪いの」
プンスカしながら舌を出すフィリ。
「村長とか言っていたが、会ったことはなかったのか?」
「ないの。フィリは、ばあちゃのところにいただけなの」
「そっか」
それも、あの婆さんの考えのうちなんだろうか……。
考え込んでいたら、フィリがポツリと零した。
「ばあちゃ、いなくなっちゃったの……」
ちょっと泣きそうな顔になっていた。
「まあ、婆さんにも婆さんの都合があるんだろ。別に死んだってわけじゃなし、哀しむようなことじゃない。縁があれば、またそのうち会えるさ」
「ソード……。うん。そうなの。きっとまた会えるの」
見るからに空元気だが、フィリはごしごしと目を腕で擦る。
空元気も元気だ。それでいい。
それに……なんにしても『孫の手』の現物が手に入ったのはデカい。
それを、今は素直に喜ぼう。
ただ……あの婆さん。
間違いなく、本当に『見えて』いる。
そう思った瞬間、背中を冷たいものが流れた。
フィリを連れていかねば、近々破滅するように刻が流れると言っていた。
まだ無理に笑っているフィリを見る。
あのとき断っていたら……そう思うと肌が泡立つ。
「ソード、ソード? どうしたの?」
顔の横まで飛んできたフィリが、少し心配そうに覗き見てくる。
無理矢理に笑みを作り、首を横に一つ振った。
「いや、なんでもない。行こう。あの男の言葉じゃないが、”ここ”は好んで来るようなところじゃない」
……あの時の俺だって今の俺を見たら、さっきの男と同じ目をして、同じことを言ったに違いない。
グリニアの村も、きっとここと同じく、今もただ存在だけしているのだろう。時間が止まったまま。
「ソード?」
フィリが再び声を掛けてきた。さっきよりも少し不安そうに。
「……すまん。何でもない。さ、行こう」
そう応えて、踵を返す。
いま俺がするべきことは、ただ一つ。
魔術師をシバいて杖を取り戻し、大金をせしめる──それだけだ。
過去を振り返ることじゃない。
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