第29話 本物のカンカーラ①
本日21:00に次話投稿します。
5Fに降りると景色が全く変わった。
まず『整えられた』壁が消えた。凸凹で洞窟そのものだ。
天井の高さや道幅もまちまちになり、取り付けられていたランプもなくなる。
フィリが光源の魔法で照らしてくれているから不自由なく見える。しかし、魔術師がいなければ、これ一つで『詰み』だった。
松明やランタンが、視界を確保する唯一の方法になる。
つまり、片手が死ぬ。
そこに────。
グルルルル…………。
塗りつぶされたような真っ赤な目。
巨大な黒い犬が襲い掛かってきた。
数は八匹。
しかも、ただの犬じゃない。大きさが牛ほどもある。
それだけでも十分異常だ。
なのに、大きく裂けた口は牙を煌めかせ、その牙の横からはチリチリと小さな炎が漏れ出ている。
「ヘルハウンドなの!」
フィリが真っ青になって叫び声をあげる。声の後半は裏返っていた。
「フィリ、下がれ! 後ろから援護を!」
あれこれ考えている余裕などない。
止まったら殺られる。
本能が警鐘を鳴らす。
地面を蹴り、有無を言わさず犬野郎の口の中に槍を突き入れた。
「グゲェェェ……」
それは『えづいた』のか『断末魔』か。
わからないまま、その一匹は絶命した。
口から漏れだす血と炎で、槍を握った拳が赤く染まる。刺すような痛みが走った。
だが、気にしている余裕はない。
すぐに次。
風のような速さで二匹が飛びかかってくる。
倒れる一匹の陰から、左右に分かれて飛び出るように突進してきた。
ガガッ────。
「くっ。ちぃっ」
両肩に一発ずつ。
だが、致命傷にはならずに済んだ。
貧者の村でもらった鎧のおかげか、思いのほか傷は浅い。というか、おそらくは打ち身程度で済んでいる。
それにしても、速い。
それに……。
上層部のモンスターとは段違いだ。
特に、殺意が違う。
俺の肩を食いちぎれなかった二匹は、すぐに距離をとった。その後方で、五匹が広く展開しようと動く。
それは、多頭数で狩りをする獣の動き。
だが、やられるばかりではない。
今度は、フィリの可愛い声が鋭く戦場に響く。
「スノーブラスト《氷雪の風》!」
手に持ったスタッフを、後方の犬どもに向けた。
五匹の周りが青白く輝きだす。空気が渦を巻き、猛烈な冷気が犬どもを包んだ。
渦が落ち着く頃、膝からくずおれるようにして倒れ、五匹のヘルハウンドは絶命した。
体のところどころが凍り付いているようにも見える。
スゲ……。
素直にそう思った。
でも、それを言葉にする時間すらない。
まだ二匹残っている。
二匹の口元でユラユラと揺れる炎が大きくなっていた。
口を大きく開け、肺を膨らませたのが見えた。
来る────。
悟った。
それと同時に目に入るフィリの姿。
先ほどの魔法動作が残ったまま、安全圏への退避がまだだった。
マズいなんてもんじゃない。反射的に横っ跳ぶ。
直後、犬の口から出たとは思えない大きな炎が俺とフィリを包み込んだ。
髪を焼き、皮膚を焦がす。熱が皮を越え、肉に痛みが走り始めた。
噛みしめた歯がゴリリと鳴る。
その時、右手が強烈に光った。
なっ?!
思った瞬間、手の中には見覚えのある槍。
呼んでもいないのに、なぜか現れた。
そしてその瞬間、俺の中から『熱い』という感覚が消えた。
……生温かい??
まるで、『風呂』にでも入っているようだった。
だが、考えるのは後だ。
現れたのなら好都合。このままポチの力を借りる。
腕の中のフィリを離し、そのまま構えて冷静に二振り。
やはり……というか、なんというか。
圧倒的だった。
筋肉質なヘルハウンドの体を、突けばトーフのように突き抜ける。払えば、高級ステーキでも切ったように、ぬるりと割り裂いた。
気がつけば、5F初戦が終わっていた。
ポチを振ったせいか、体に結構な疲労感がある。
だが、圧勝と言っても過言ではないだろう。
「ソード、ソード! 大丈夫なの?!」
庇ってブレスの直撃を受けた俺を心配して、フィリがすぐに近寄ってきた。
泣きそうな顔をして、周囲を飛び回っている。
「ああ。大丈夫だ」
そんなフィリに片手を振りながら、手の中のポチを見た。
≪…………♪≫
なんか、すこぶる機嫌良さそう。
そう思った瞬間、ポチはまた空気に溶けるようにして消えた。
戻ったか……。
「ふう」
ようやくの一息だった。
それにしても、と思わずにはいられない。
兄さんの言う通り、『本物のカンカーラ』はそれまでとは別物だった。
お読みいただきありがとうございました。
できましたら、すぐ下にある評価フォームからポイント・感想などをいただけましたら幸いです。良かったら良かった、悪かったなら悪かったとそのまま評価していただければ結構です。
もちろん、リアクションだけでも結構ですので、ぜひよろしくお願いします! 無茶苦茶作者のモチベーションが変わります。




