第26話 フィリ
本日12:00に次話投稿します。
しっかし、こんなものをもらって本当によかったんだろうか?
貧者の村を出て、4Fの階段を探す。
その最中、ランプの光をキラキラと返す白銀の輝きに、何度もマジマジと見てしまう。
そりゃあ、くれるってんだから貰って悪いことなどない。
だが……、『こんなの』を連れて行くだけでもらえる報酬としては、さすがに度が過ぎている。
「おーい、赤毛。このまま進むの?」
羽をパタパタさせながら、フィリがこちらを振り向く。
……ふぅ。
「赤毛じゃない。ソードだ。この性悪妖精。好事家にでも売り飛ばしてやろうか?」
その直後。
ピ────ッ。
顔を真っ赤にしながら、湯沸かしポットのごとく。頭から噴いている湯気が幻視出来そうだ。
……なんて思った、次の瞬間。
「なにお────ッ! フィリだってフィリなの! 性悪妖精とは何事かあ────ッ!」
バク転するようにクルリと回り……ギュ────ンと音がしそうな勢いで、俺の『鼻』目がけて突っ込んできた。固めた右拳を思いっきり突き出して。
ボグッ。
「あだ────ッ!」
クリティカルヒット! 拳闘士もかくやという一撃。
墓場ではなんとか防いだが、今回はキレイにもらってしまった。
哀れ。俺様の鼻は悶絶し、血反吐を吐く。
くっ……。
可愛い顔をしてやるじゃねぇか。
流れ出る鼻血を袖で拭きながら、プンプンと頬をふくらませている『見た目だけは可愛い』妖精を涙目で見た。
30センチほどの小さな体でふんぞり返り、露草色の短い髪を揺らして、こちらを睨んでいる。
真ん丸な青い瞳は、怒りの炎をしっかりと燃やしていた。
このままじゃラチあかねぇな……。
「わかった。オッケーだ。そろそろ休戦にしよう」
喧嘩したまま探索続けるなんて、ソロよりヤバい。
かといって、ハエ叩きで打ち落とすわけにもいかねー。
ここらで関係を良好にしておかねば、共倒れは確実。
潮時だ。
……なにせ『導く者』だそうだし。
あの婆さんの言葉だけは、無視しちゃんいかん気がする。
本能がそう言っている。
あきらかにヤバい雰囲気だった。
だから、こちらが先に折れてみたのだが……。
「お前がフィリの悪口を言うからなの──ッ!!」
少女妖精は、両手を勢いよく振り上げて、なおも抗議を続ける。
とはいえ、全く効果がなかった訳でもないらしい。
こちらから歩み寄ったせいか、毛を逆立てた猫みたいだったのに、態度を少し軟化させている。
さっきまで体中で怒りを表現していたが、今は生意気にもため息なんか吐いていた。小さいがスタイルの良い体を乗り出すようにして、立てた指をフリフリ説教モードだ。
「わかったわかった。悪かったって。それと『お前』じゃない。ソードだ。これから一緒に旅をするんだ。名前くらい覚えろ」
「だったら、フィリのことも、ちゃんとフィリと呼ぶのっ!」
「わかったって。これからはそう呼ぶ」
そう応え、右手の人差し指をフィリに突き出す。
「?? 何なの?」
フィリは小首を傾げた。
「仲直りだよ。これからよろしくな」
改めて、差し出した指をゆっくりと揺らす。
と、フィリは訝しげにしていた表情をパッと明るくした。そして、差し出した指の先を両手でガシッと掴む。
「仕方ないのっ。これからよろしくしてやるの!」
ニカッ。
ニコリというより、まさにニカリと爛漫の笑みを見せる。
チョロい……。
ってか、こいつ。やっぱ『子供』なんだ。
自分でも不思議だったが、それがわかると腹が立たなかった。
ただ、苦笑いが漏れた。
フィリとともに3Fを駆けまわり、4Fへの階段を見つけたところで本日はフィニッシュ。
引き返す。
今日は色々あったし、心の整理をする時間も欲しい。
目の前をご機嫌で飛ぶフィリを見ながら、婆さんの言葉を思い出す。
これが『導く者』ねぇ……。
「ごはん♪ ごはん♪」と歌いながら満面の笑みを浮かべているフィリ。
どうにもしっくりこねぇ。
だが、多分気にしたら負けだな。
婆さんは『フィリと出会えなかったら、俺は破滅する』と言っていた。
でも、言葉の真偽はどうあれ、俺はもうフィリと出会い、こうして旅を共にしている。
つまり、どっちにしても、もう大丈夫ってことだ。
なら、フィリじゃないが、とりあえず飯だな。
ハニービーに行こう。話はそれからだ。
迷宮を出て、そのままの足でハニービーに向かう。
頭の上にフィリを乗せて店に入ったら、俺を見た瞬間にチャックの兄さんが目を丸くした。
「おい、ソード。盗みに入ったくらいは目をつぶるが、子供を攫ったとなるとさすがに看過できんぞ?」
鋭く細まる兄さんの目に、思わず「違げぇっ!」と反論しかける。
しかし、息を吸ったところで、俺より先に吠えた奴がいた。
「フィリは子供じゃないのっ!」
子供みたいな可愛らしい声で言っても、説得力皆無な訳だが。
俺の頭から飛び立ち、腰に手を当てながら空中でプリプリと怒るフィリを見て、兄さんは再びこちらを見た。
「……どういうことだ?」
「どういうことも、こういうことも。色々あってだな……」
空いていたカウンター席に着く。
いつもの煮豆のワンプレートとエールを頼み、兄さんに今日のことを語って聞かせた。
誤解を解きたかったのもあるが、カンカーラの深部まで行った兄さんなら、俺が知らない何かを知っているかもしれないと期待したからだ。
「貧者の村か……。噂だけなら確かに聞いたことはある」
「入ったことは?」
「ない。用がなければ、好んで行くような場所ではないしな。ただ、俺が聞いた貧者の村の入口は『旅立ちの森』にあったはずだ」
「いや、3Fにある横穴から入った」
「カンカーラの3Fに横穴? そんなものはなかったはずだが……」
調理をしていた手を止め、兄さんは空を仰いでいる。
だが、すぐに首をひねった。
「いや、あったんだよ。それに結構でかい地下墓地も」
「へえ……そりゃ、また。ってことは、相当に広がってんな」
「ああ。俺は墓場で出会った婆さんちにしか行ってないが、まだかなり奥まであるようだった」
「最近不景気だしな……。だとすると、あの話も完全にガセじゃないかもしれん」
「あの話って?」
「大樹海の中で怪しい連中が何かをやっているって噂。それに最近、ガリメデの中心部でも失踪が多くなっているらしくてな。衛兵が少しピリついている」
「その連中の仕業なんじゃないかって?」
「そう。で、なんのために人を攫っているかは知らんが、もし攫ってんなら、デカくなった貧者の村ってのは狙い目だろうな……とな」
そりゃあ、『いない人間』だからな。あの村の人間は。
「ま、でもこれは戯言だ。俺の妄想に過ぎん」
兄さんは、「現役時代のクセが抜けないな」と笑う。
だが、笑いごとではない。
絶対ありえないとは言い切れない何かがあった。
とはいえ、俺が気にしても仕方がない。
頑張るのは衛兵たちだ。
ふと見れば、いつのまにか俺のエールをくすねて顔を真っ赤にしたフィリがカウンターの上で大の字になっている。
大口を開けて眠りこけていた。
そんなフィリを見て、兄さんはフッと鼻を鳴らして笑う。
そして、出来上がったワンプレートを差し出しながら念を押してきた。
「ま、攫ったんじゃないのはわかったけどさ。そんな話もあるから、こんな嬢ちゃんを連れて歩くなら、お前が気をつけろよ?」
「わかってるよ」
受け取りながら頷いた。
そんな俺を見て納得したらしい兄さんは、話を一気に変えてくる。
「それにしても……お前豪運だったな。俺の見立てだと、それ1000万……いや、2000万近いぞ?」
兄さんは俺が着ている白銀の鎧を見て、そう言い切る。
「だよなあ。でも、本当に報酬として持って行けって婆さんに言われたんだぞ? 今回はパクってない」
「『今回は』ね。その正直さに、納得せずにはいられないな」
兄さんは、再び苦笑いを浮かべた。
あら、やだ。思わず。
「あ~。その、なんだ。まあ、なんにしても盗んだものじゃないんだよ」
「はいはい」
兄さんは、もうすべてわかったと言わんばかりに適当な返事をする。
くそっ。
この後、飯を食ってバルクに戻った。
酔っぱらったフィリを再び頭の上に乗せて、ひたすら歩いた。
帰り道を半分ほど来たところで、フィリは目を覚ましお腹が空いたと騒いだが、もう遅い。
ここらまで来たら飯屋はない。
バルクまで我慢しろと言うしかなかった。
クケケ。
高タンパク低カロリーの飯に涙を流すがよい。
バルク名物を見て、フィリの奴がどんな顔をするのかと思うと心躍った。
……のだが。
世の中ままならん。
フィリは一階に並ぶトレーニングマシンの群れに目を白黒とさせたが、ハルクの親父と意気投合。
親父は甘いお菓子を出し、フィリは速攻で懐柔されて懐く。
無心に菓子をパクつくフィリ。
それを見る親父の目じりは、孫を見る爺さんの様になっていた。
最後には、汗に濡れた親父の肩に躊躇うことなく座ったフィリの、『ソードがいかに失礼な奴だったか談義』を楽しそうに聞き始める。
口を挟む気にもなれんかった。
つか、今日は色々ありすぎて、もう疲れた。
フィリのことは親父に任せ、俺はさっさと一人で二階へと上がった。
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