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クズの槍使いが自由に生きて英雄になる方法~手配No.1072 ソード=マスター~  作者: 木庭 秋水


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第24話 シエラ①

もう一話連投します。




■□■□●〇●□■□■




 ソードに付いてくるように促すと、老婆は墓地の出口へとゆっくりと歩き始める。


 彼女の名はシエラ。


 ランドール公国の北にあるヴァレリア帝国で、かつては占術師として働いていた人間である。


 彼女の占いはよく当たった。


 いや、当たりすぎた。


 そのため権力闘争に巻き込まれ、逃げるようにしてこの地に辿り着いた。そして、名もなき『貧者の村』の住人となったのだ。


 金がなく町で暮らせなくなった者、追われる身となった者、死のうとして死にきれなかった者……様々な事情を持つ者が身を寄せあう終着点──それが『貧者の村』と呼ばれる場所である。


『貧者の村』は一つではない。


 大きな町の近郊には、多くの場合、ひっそりと存在している。


 地図に載らない村として。


 今、シエラが暮らしている貧者の村も、そんな集落の一つである。


 ガリメデの半分を包むように広がる自殺の名所──大樹海『旅立ちの森』に入口はあり、

長い年月をかけて地下へ地下へと伸びていった。


 現在では、カンカーラの迷宮に繋がっている。


 ソードとフィリを連れて、手にしたランプだけが頼りの暗い道を、シエラは黙ったまま進んでいく。


「婆さん、どこまで行く気なんだ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」


 自分たちの足音しか聞こえない。


 そんな状況に退屈になってきたソードが、シエラに問いかける。


 しかし、シエラの返答はそっけなさを感じてしまうほどに端的なものだった。


「もうすぐ着きますじゃ」


 更に言葉を重ねようとするが、振り返る素振りすらないシエラに、ソードは静かに首を振る。


 そして、黙って付いていくことを選んだ。


 しばらく歩くと、虚ろな目をして道端で寝転ぶ者や、ただ呆っと膝を抱えて座り続ける者、火を起こしてよくわからない肉を焼いている者などを見る。


 総じて、『喜び』という感情が読み取れない者たちだった。


 ただ、これは何かが起こって、そうなっているのではない。


『何も起こっていない』からこそのものだった。貧者の村という場所では、これが日常なのである。


 そんな人々の間を進む。


 人々は、余所者の姿にゆっくりと顔を上げる。


 しかし、一緒にいるシエラの姿が目に入ると、途端に興味を失い見ることすらやめた。


 そんな周りを気にすることなく、シエラはゆっくりとした足取りで奥へ奥へと進んでいった。


 そして、とある場所で立ち止まる。


「ここですじゃ」


 ボロ布が、扉代わりに垂れ下がっている。


 そこを指し示した。


 その場所は、彼女がヴァレリア帝国から逃れてきて以来住んでいる、『彼女の家』だった。


 岩壁を掘って作られた空間は、外から見た印象よりもずっと広い。


 ソード、フィリ、シエラの三人が中に入っても十分すぎるほどに余裕があった。


 水晶球が上に置かれたヒビの入った机。薄汚れたシーツが掛けられているだけの粗末なベッド。それに皿数枚と縁の欠けたコップが一つしか入っていない食器棚……。


 こんな場所では、『ありすぎる』と言えるほどに物が置かれている。


 獣脂に火も灯され、明るくないまでも部屋の縁までよく見えた。


 グリニアで馬小屋の馬と寝起きを共にしていたソードからすると、とても『上質』な生活に見えた。


「迷宮の奥でこんな生活をしてるなんて……婆さんすげえな」


 いたく感心したように呟く。


 シエラは開いている右目を一瞬丸くすると、なんとも柔らかい笑みを浮かべた。


「ホホ。確かに、ここでは上等な暮らしの方ですのう。最近は人の数も増えてきて、己の寝床も持てぬ者で溢れかえっておりますが。……このような村の民が増えるのは、決して喜ばしいことではありませんがの」


「ああ、さっき道端にいた奴らか」


「何せ、こんな場所ですからの。与えられる数には限界があるのですじゃ」


 シエラはソードにそう答えながら、机の上に置かれた水晶球の前まで移動する。そして、目の前まで近づくようソードを手招いた。


 何がしたいのかわからなかったソードだが、とりあえず言われたことに従う。


 ソードの姿を透明な水晶球ごしに確認できるようになると、シエラは球に両手をかざす。そして、精神を研ぎ澄ませ始めた。


 両目を閉じ、心なしか息が荒くなる。そして────。


「オルクス・カエリ《カイロスの瞳》……!」


 ぼそりと呟きカッと両目を見開いた。


 その瞬間、水晶球はなんの前触れもなくほんの一瞬強烈な光を放つ。薄暗かった部屋の中、ソード・フィリ・シエラの影が放射状に伸びた。


「!?」


 だが、ソードの目はそんなものなど見ていなかった。


 ソードが見ていたのは、シエラの『左目』だった。


 閉じられていた彼女の左目──通常の人間であれば白であるはずの部分が黒い。


 瞳孔はうっすらと紫の光を帯び、人のものではないかのように妖しく輝いている。


 ゴクリと鳴るソードの喉。


 数拍の沈黙ののちソードは問う。


「……婆さん。その目は?」


 問われても、黙ったまま真剣な表情で水晶球を見つめているシエラ。


 しばらくして満足そうにひとつ頷くと、ソードの顔を『両目で見て』応えた。


「この左目は、生来『物』を見ることができませぬ。現世を映さぬのです。しかし、代わりに過去と未来を映す……。水晶球を通して『見せて』くれるのですじゃ」


 シエラは静かに語る。


 その目の力を。そして、その力の悲劇を。


 ヴァレリア帝国のお抱え占術師であったシエラは、主に帝室の依頼で未来を『見て』いた。


 しかし、占いと違って『見ている』シエラの言葉は、『絶対に当たる』。


『前提条件が変われば』外れるが、覆らない限りは確実に当たってしまう。


 それが『見えている』ということだから。


 その力は、権力を少しでも持つ者には魅力的だった。何を差し出しても手に入れたい力だった。


 そして……、手に入らないならば、絶対放置できない力でもあった。


 だから彼女は、その身を隠すことを選ばねばならなかった。


 紫色の光が揺れるシエラの左目。


 魅入られたかのように見つめ続けるソード。


「過去と未来……」


 ボソリと呟く。声を発したことにも気づいていない。


 シエラはゆっくりとした動作で、首を縦に振る。


「はい。なので、ソード様が今日、この場に来られることもわかっておりもうした。お待ちしておったのです」


「待っていた……? 俺を? なんで?」


「このフィリ様を、貴方様にご一緒させて欲しかったからです」


 そう言ってシエラは、いつのまにか彼女の傍まで飛んできていたフィリを、手の平で静かに指し示す。


 そして、当のフィリもまったく驚いていない。少し仏頂面をしているが、口を挟もうとする気配すらなかった。


 彼女はすでに、シエラよりこの話を聞いていたからだ。


 一方、ソードの方はそうはいかなかった。


 いきなりそんなことを言われて、思わず口走ってしまう。


「え?! この性悪妖精を??」


 ソードがそう言った途端、それまで大人しく話を聞いていたフィリが、再び頭から湯気を出す。バネが跳ねるような勢いで、ソードに食ってかかった。


「なにお──ッ! あたしだって、こんな性格の悪い変態赤毛はごめんなの──ッ!!」


 ソードにそんな気はなかったのだが、フィリは胸を触られていた。


 飛んできた彼女を鷲掴みにしたときに、ソードはやらかしていたのだ。


 ただ、ソードにその気はなかったので、なぜ彼女に変態呼ばわりされているのかもまったくわかっていない。


 おかげで二人は、かみ合わぬ罵り合いを延々と繰り広げることになる。


 そんな二人を、シエラは黙って見守っていた。


 左目はすでに閉じられており、柔和な笑みさえ浮かべている。


 罵り合い続ける二人が肩で息をし始めるころ、シエラはようやく口を開いた。


「お二人とも、そろそろ落ち着きなされ」


 やんわりと、しかし有無を言わせぬ空気を纏って諌める。


 そろそろ疲れてきたこともあり、ソードとフィリの二人はようやく黙った。


 二人が落ち着いたことを確認すると、シエラはどうしてフィリを連れて行ってほしいかをソードに説明し始める。


 フィリは、ランドール公国ははるか遠く、北東の地にある森の妖精だった。


 しかし、ある日森で遊んでいると、目がくらむような強い光に包まれた。気が付けば、先ほどの墓地で気を失っていたのだ。


 そこを、『知っていた』シエラに助けられ介抱された。


 気が付いたフィリは知らない場所に飛ばされたことに困惑し、大泣きした。


 おうちに帰りたいと訴えた。


 だからシエラは、『しばらくしたら、フィリ様を迎えにくる方がおります。その方が、故郷の森まで連れて行ってくださるでしょう』と教えた。


 シエラは、それも『見て』知っていたから。


 その言葉にフィリは泣き止み、シエラとともにソードがやってくるのを待っていたのだ。


 ただ、この子供のような若い妖精はそのことも忘れて、待っていた相手との言葉の殴り合いに勤しんでしまっているわけだが。


 一方のソードも、いきなりこんな話を聞かされて困惑せずにはいられない。


 ボサボサの赤い髪を掻きむしりながら、困った顔をしてシエラに言う。


「いや、そう言われてもだなぁ。こんなやかましいのを連れて歩けってか? 勘弁してくれよ……」


 その言葉に、フィリが間髪をいれずに反応する。


「あたしだって勘弁してほしいのっ!」


 そして、再び鼻先がぶつかりそうな距離で睨みあった。


 二人の息はピッタリだった。

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