第23話 迷宮の墓地
本日22:00に投稿します。
横穴の中は、冒険者ギルドが管理している通常フロアと異なっていた。
木材で補強もされておらず、ただ掘ったままといった感じだ。
そんな道が、人二人がやっと通れるような狭さで、ひたすら奥へ奥へと続いている。
道中、魔光石のランプが設置されているようなこともなく、自前のランプを光源に進むしかない。
しばらく進むと、そのまま直進する道と、右に90度折れている道との交差点にぶつかった。
とりあえず、右へ。
そして、更に進んでいくとかなり大きな玄室へと出た。
「これは……」
ただ、これを玄室と言ってもいいのだろうか。
デカい。
部屋というより、馬鹿デカいドームだ。
今までに見た普通サイズの玄室と比べると倍の高さがあるし、広さの方にいたっては……これ10倍近くないか?
そして、そんな広い部屋に数えるのも億劫になるほどの、『人の手で加工された』石の行列。
簡素に人ひとり覆える程度に積まれた無数の土の山。その上部に一抱えにできる程度の大きさの石が一つずつ置かれ、ただひたすらに整然と並んでいる。
どう見ても『墓地』だった。
そう思うと、空気にどこか冷たさを感じる。
饐えた臭いもしている気がした。
いやいや。
それ以前になんでこんなものが、こんな場所に?
思わず、ただ呆っと眺めてしまう。
でも、これでやたらゾンビに出くわした理由はわかった。
『工場』になっているのは、ほぼ間違いなくここだ。
手近な墓石にランプを近づける。
石は少し苔むしていた。
あっ、そういえば少し湿気っているな……。
カンカーラに潜って湿度を感じることはなかったが、気づいてみれば確かにここの空気は少し湿気っている。
近くに水源があるのかもしれない。
さらに注意深く観察する。
苔が生えているところもそうだが、石の断面が割ってすぐのものではない。かなりの年季を感じさせる。かと言って、史跡の類という程でもない。
長く見ても十年以内の代物ではあるはずだ。
いやでも、他の物はそうでもないか。もっと時の流れを感じるものもある。
墓石から墓そのものに目を移す。
盛られている土が、カンカーラの通路のものとは違っていた。
柔らかい土が入れられている。
死んでまで硬いベッドで寝なくていいようにとの、せめてもの気遣いだろうか。
そんなことを思いながら、このよくわからん墓地が誰によって何のために作られたのかを考えようとしたとき、これまた場違いな声がほぼ無音だった玄室中に響き渡った。
少女特有の少し甲高い可愛らしい声だ。
「ああ~っ! ばあちゃ、ばあちゃ! 赤毛! ばあちゃの言ってた赤毛がいるの~!」
反射的に顔を上げ、目を凝らす。
そして、声がした部屋の右奥の方に向かってランプを高く掲げた。
「誰だ!」
何かがふよふよと飛んでいる。うっすらと、その影が見える。
さらに目を凝らせば、その横に小柄な女性のようなシルエットも見えた。
急いで槍を構え、戦闘態勢をとった。
すると、それに対しすぐさまの反応が返ってくる。
「おお~?! この赤毛! やるのか? やるのかなの~!」
先ほど叫んだ方と思われるちっこいのが、応戦の構えを見せた。
妖精?
背中に生えている透明な羽を小刻みに動かし、結構な速度でこちらに向かってくる。
だが、その攻撃方法はまったくの想定外。
思いっきり拳を突出し、俺の鼻を狙ってキーンと突っ込んできた。
なっ?!
驚き、思わず『ぐわしっ』と鷲掴みにしてしまう。
乱暴する気はなかった。
だが、反射的にやってしまった。
というか、咄嗟に槍を使わなかっただけでも褒めてもらいたい。
「むぎゃ~! えっち、バカ、この赤毛ぇっ!」
ジタバタ、ジタバタ。
妖精は俺の手の中でもがいている。思わず、まじまじと見てしまったら、この罵詈雑言。
その時、
「おやめくだされ。フィリ様も落ち着きなされ」
と声を掛けられる。落ち着いた声だった。
少々しゃがれた老女の声。
顔を上げてみれば、先ほど妖精の横にいた何者かが、こちらに向かってゆっくりと歩いてくるところだった。
薄汚れた茶色のローブを着ている。フードも深くかぶっていた。
だが、ふとした拍子に顔が見えた。
彼女は片目だった。いや、左目を閉じているのか?
そんな婆さんに一瞬身構えてしまう。
婆さんから敵対的な気配は全く感じないし、抑えているようにも見えない。
でも、何かを感じて体が反応した。
そんな自分が、自分でも信じられなかった。
この婆さん、何者だ?
そう考えずにはいられない。
だが、考え込むことはできなかった。
手の中でジタバタと暴れ続けてた妖精が、俺の指を噛んだ。
「……がぶぅ!」
「!? 痛ってぇぇぇぇ!」
今度は、俺の絶叫が木霊する。
捕まえていた妖精は俺の手から抜け出し、飛んで逃げていった。
唾を吐きながら、あどけない少女の声で叫ぶ。声だけは可愛い。
「ペッペッ。でも、ばあちゃ! こいつ、戦うつもりなの!」
羽をパタパタとはばたかせながら、露草色のショートヘアを大きく揺らす。真っ青な瞳で、こちらを睨みつけてきた。
おまけとばかりに、ビシッと指を差すことも忘れない。
……なんつーか、やたら元気な奴だな。
率直な感想だった。
怒りも沸いてこない。
あ、なんか今度はファイティングポーズをとって、シュッシュと口で言いながら拳を突きだしている。
婆さんに気圧されて少し混乱しかけていたが、このなんとも言えないポンコツ妖精によって普段の自分を取り戻す。
それと同時に、心底深いため息が一つ漏れた。
「大丈夫ですじゃ、フィリ様。拳を収めなされ」
婆さんは、まだ暴れ続けている妖精を再び宥めた。
ゆったりとした口調で、聞き分けのない孫を宥めるかのように。
その包容力あふれるどっしりとした態度は、俺にも安心感を与えてくる。
警戒心がほぐれていくのを自分でも感じた。
妖精も、婆さんの様子に毒気を抜かれて次第に大人しくなっていった。
とりあえずは収まったのか……。
ホッと胸をなでおろす。ようやくの一安心だった。
ただ、それと同時に思わずにはいられない。
妖精もだが……こんな婆さんがなぜこんなところに?
心ざわめかせる何かを、背中が感じている。
そして、
ゴクリ────。
喉が一つ鳴った。
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