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クズの槍使いが自由に生きて英雄になる方法~手配No.1072 ソード=マスター~  作者: 木庭 秋水


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第21話 公都の視線

本日21:00に次話投稿します。




■□■□●〇●□■□■




 ソードがハニービーのカウンターで項垂れている頃、ガリメデ城内にある魔術師の塔を訪れている男たちがいた。


 一人は白髪初老の厳めしい顔つきの男。ガリメデ冒険者ギルド本部長フランク。


 彼は、部屋で向き合っている二人の人物たちとは違い、出入り口の扉の前に立ち直立不動の姿勢で鋭い眼光を放っている。


 部屋の中には、様々な書物が収められた棚が無数に並んでいた。


 年季の入った一際大きな机の上には、乱雑に積まれたたくさんの書類。そして、ガラス製の装置。よくわからない液体の入ったフラスコなども置かれている。


 そんな部屋の中央に、一台のテーブルを挟んで豪華なソファーに体を沈める人物たちがいる。


 二人の間には、ひどく殺伐とした空気が流れていた。もっとも、少女の纏う剣呑な気配が主な原因ではあるが。


 少女の容姿は、誰もが十代前半と推察するだろう。極めて小柄な体格で、少女としてもかなり華奢に映る。


 そんな少女が、緑色の長いポニーテールを揺らしながら金色の瞳を薄く開き、むっつりと口を噤んでいた。


 心なしか頬を膨らませているが、ねめつけるような視線は、目の前の男をまっすぐに突き刺して離さない。


 ただ、長い年月を生きてきた彼女は、見た目や振る舞いに見合わぬ風格を漂わせてもいた。


 彼女こそこの塔の主、ランドール公国宮廷魔術師団・総師団長にして最高宮廷魔導師のチクニー=ブレスハートである。


 しばらく無言の時間が過ぎた後、彼女に睨まれている男──細身中年の優男が折れた。


 小さく肩をすくめると口を開く。


「チクニー様、そう怒らないでくださいな。あの様な大炎を扱える者など限られておりますのよ? だから、念のためにお伺いしただけではございませんの」


 冒険者ギルドのギルドマスター──デリム=フォルトネアは、そう言いながら一枚の羊皮紙を懐から取り出す。


 そして、机の上にスッと置いた。


 四十手前の年齢に合わぬ甘いマスクは、笑みを浮かべたまま微塵も揺らがない。


 彼は、不機嫌であることをまったく隠そうともしていない目の前の少女に向かって説明を続けた。


「最新の調査結果、なかなか面白いことになっておりましてよ? 結論から言えば、最近流れてきた冒険者の線が濃厚ということになっております」


「じゃから、我が魔術師団にはなんの命令も下しておらんと言ったであろうがっ!」


 それまで沈黙を保っていたチクニーは、細めていた眼をカッと見開いた。


 そして、心の淀みを吐き出すように怒鳴り返す。


 そんなチクニーの勘気を受けても、デリムは涼しい顔のままだ。


 飄々とした態度で首肯する。


 その様は、まるで癇癪を起した娘をなだめる父親の様にも見えた。


「はい。職員の目の下が真っ黒になった頃、別口から情報が入りました。照らし合わせてみれば、おそらくこれであろうということに。チクニー様におかれましては、大変失礼いたしました」


「……ふん。わかればいいんじゃ、わかれば。で、どこの誰だったんじゃ? 盗賊にもなりきれんハンパ者どもを相手に、馬鹿げた炎を使ったアホウは。流れてきた冒険者と言っても、それなりに名のあるアホウじゃろうに」


 自分の疑いが晴れたチクニーは、薄い胸を反らしてふんぞり返る。


 そして、人間と比べれば少々尖っている耳をピクピクと躍らせながら、再び金色の瞳を細めて尋ねた。


「それがですね……」


 ここで、デリムは初めて少し困ったような表情を見せる。しかし……。


「今までに聞いたこともない名の冒険者でしたの」


 とはっきりと答えた。


 その返事に、チクニーの耳の動きは止まった。


「ほう……」


 思わず感じ入ったような声を漏らす。


 それはそうだろう。


 迷宮の玄室をまるごと焼き払うような炎など、尋常の力量では生み出せない。


 ほぼ不可能事と言ってもよい。


 だが、実際に焼き払われたのだ。


 まして、それをやった人物が名もなき冒険者だと言われれば、興味をそそられるなという方が無理というものである。


 それにとどまらず、デリムは更なる情報を示唆するように、思わせぶりな視線をチクニーに向けた。


「そして、この者の出生がこれまたなかなか興味深い……。なので、チクニー様のお耳にも入れておこうかと、こうしてまた参りましたのよ。まずは、そちらの紙をご覧くださいな」


 その言葉とともに、視線を机の上に向けた。


 読めとチクニーを促す。


 その時、デリムの紅の乗った唇はニィと高く持ち上がっていた。


 先ほどから続くデリムの演出過多な仕草に、チクニーはフンと一つ鼻を鳴らす。しかし、机の上の羊皮紙へと素直に手を伸ばした。


 ゆったりとした仕草でつまむ。


 そして、先ほど鳴らした小鼻を今度はツンと持ち上げた。


 見下ろすようにして紙面に目を落とし、視線を走らせていく。


 しかし、読み進めていった先で姿勢は正された。


 食い入るように目を走らせ、深く思考の世界に埋没していく。


「ソード=マスター……。マスター……」


 チクニーの唇から独り言のように漏れ出る言葉。そして、


「のう、デリム」


 視線だけを上目づかいに、目の前の男の名を呼ぶ。


「はい」


「こやつは、あの教祖の血縁か?」


「まだ、おそらくは……としか言えませんが」


「確定ではない?」


「はい。今わかっているのは、あの教祖の本名が『アネット=マスター』であるということ。最近ガザで指名手配された者の中に『マスター』の姓を持つ者がいること。そして、おそらくその者は現在ここガリメデにいて、我がギルドにも登録されているということ」


「ふむ」


「これに付け加えて、その指名手配の理由は王城の宝物庫を荒らしたからということになっておりますが、実はかの神槍を盗んだからではないかという噂があるということ……これだけでございます」


 デリムの説明に、チクニーは目を閉じ考え込む。


「……マスターという姓に、大炎を宿した神槍か」


「はい。実際に実物を見たことがある訳ではありませんが、伝説に残る話から推察するに、もしかの槍を”扱える”のであれば、プロメテオフレア≪原初の爆炎≫を使えなくとも、あの惨状を生み出すことも可能であるかと」


「そして、もしグングニルを本当に”扱える”ならば……」


 チクニーの金色の目が再び開く。


 その瞳は魔光石ランプの光を怪しく、しかし静かに反していた。


「はい。もう少し様子を見なければ、なんとも言えませんが」


「……ふぅむ。では、様子を見よう。あの女の血縁として、同じ狂人であっても話にならんしな。それから、この手配書は見なかったことにしておけ。ガザに何かをしてやる義理はないし、物が物だけに下手に我がランドールにあるとわかれば十中八九問題が起こる。知らんかったことにしておけば問題は何も起こらない。わかったな? フォルトネア伯爵」


 チクニーはそう言うと、手の中にある羊皮紙にそっと指を走らせた。


 羊皮紙はゆっくりと炎に包まれ、ふた呼吸を置くことなく灰になる。


「かしこまりました。それと、『デリム』でございますわ。チクニー様」


 デリムは再びにっこりと笑いながら、そう修正した。


「わかった、わかった。まったく……。お主がもっと真面目にやってくれるなら、儂ももう少し楽ができるんじゃがの」


 チクニーは、ようやく宮廷魔術師団・総師団長の衣を脱ぎ、普段の彼女らしい柔らかい表情へと変わった。


「ふふ。申し訳ございません、チクニー様。でも私は、こちらの方が性に合っておりますの」


 片眉を上げて苦言してくるチクニーに、デリムは悪びれもせずにパチリとウインクをして応える。


 チクニーはこれ見よがしに、深いため息を吐いて見せた。そして、部屋を出ていくデリムとフランクを見送った。




■□■□●〇●□■□■

お読みいただきありがとうございました。


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