第13話 ハニービー①
あと1話連投します。
ああ~、もうやめやめ。気色悪くてやってられん。
日が沈む中、星々が輝き始める空を見上げる。大きく息を吸って吐いた。
カンカーラから出ると妙にすっきりした。
こんな気色悪さが往復ビンタしてくるような場所は初めてだ。
ハルクの親父も『まだ行けるはもう行けない』って言っていたし、今日は終わり。
理由はアレだが、気にしたら負け。
それに……。
革袋から鍵を取り出す。
犬の意匠の鍵……、これがなんなのか。今までの冒険者たちだって、ほとんどが見つけたはず。
あんなに、あからさまなのはなぜ?
明日、潜る前にでも冒険者ギルドに寄るか。こんなの、情報屋に聞けば一発回答だろ。有料なのがあれだが。
『ぐぅ……』と腹が鳴る。
そういや、獰獰食ったのは昼前だっけ。
そりゃ腹も減る。迷宮探索なんざ、炭鉱でつるはし振る方が楽なくらいだ。
とは言え……、このままバルクに帰ってもなあ。
食えるものは高タンパク低カロリーな飯と、プロテインドリンク。
絶対そうに違いない。
メニュー持ってきてくれと頼んだら、真っ白な紙の一番上に一行書いてあるだけだったからな……。
夜だからって増えているとは思えん。
つか、あそこは絶対おかしい。
プロテインドリンクコーナーは、レストランのドリンクバー並みに充実しているくせに、固形物のメニューがなさすぎる。
あの親父、ゆで卵と鳥のささみしか、この世に食い物はないと思っている。間違いない。
となれば、後方転進! これは撤退ではない!
……今あの飯を出されたら泣いちゃうだけだ。
足は中央広場を出て、『マロニエ通り』に向かってひたすら進む。
酒場や飯屋、娼館が立ち並んでいる。いちごちゃんやミルクちゃんがいる店も、この通りにあったな。
マロニエ通りは、さすがに華やかだ。
すでに日が沈みかけている、この時間帯。
通りは、大勢の人間でごった返している。俺同様、今日の探索をあがった冒険者たちと思われる姿もそこかしこにあった。
ふと見れば、ひときわ立派で目立つ建物が。
建物自体もとても綺麗で、壁は白を基調としたデザイン。正面には『マーケス・クラウス』と書かれた大きな看板がかかっている。
看板の脇の方には、『ナイフとフォークの絵』『エールのジョッキの絵』『影絵の女が投げキスをしている絵』。
つまり、ここは飯と酒と女を抱ける店ということだ。
しばらく見ていても、客がひっきりなしに出入りしている。かなりの人気店のようだ。
当然、興味が湧く。
んが、しかし。
店構えから言っても、かなり『お高そう』。
ペラペラの財布を持って特攻していい店には見えない。
あきらめるしかなかった。
だが他にもう一軒、心くすぐられる店を見つけた。マーケス・クラウスのすぐ近く、対面の何軒かズレた場所にその店はあった。
店自体がボロボロ。大量の陰の気を放っている。
薄暗い照明に、朽ちかけている木製の壁と剥げかけたペンキ……どうにも垢抜けない。グリニアから離れて仕事をすれば、高確率で世話になる類の店だ。
そんな店が、キラキラしたマロニエ通りの町並みの中にある。
そりゃあ、嫌でも悪目立ちもするってもの。
だが、俺の懐事情からすると大変興味深い。
まかり間違っても高級店ではない。その姿で、明確に保証してくれている。
強烈に俺の心を引きつけるものがあった。
気が付いたら、足は頭からのあらゆる指令をシャットアウト。今にもハズレそうなドアを開けて、店の中へと入っていた。
ボロ店の名は『ハニービー』。
ペンキの剥げかけた看板に、デフォルメされたミツバチとわかるキャラクターが描かれていて、そこに店名も書かれていた。
看板脇の絵は『ナイフとフォーク』。そして、『エールのジョッキ』。
飯と酒の店のようだ。
店の中はそこそこ広く意外にも小綺麗で、思わず拍子抜けをした。
過去の経験から、あの外観から想定できる中身は、もっとえげつないものでなくてはならなかった。
カウンターの他に、四台あるボロの丸テーブル。カウンターや各テーブルにセットされた、座ると軋みそうな椅子。
だが少なくとも、壊れて使えない状態ではない。しかも、そのどれもが丁寧に拭き磨かれていて埃一つ被っていなかった。
……ありえん。
店に入ってすぐ、呆然と固まっていると……。
「いらっしゃい。お客さん……でよかったか?」
奥から、まだ若いと言って差し支えない兄さんが出てきた。肌の色つやがよく、二十代後半と思われる。
エプロン姿に、愛想笑いを大さじ一杯。
こちらに向かってくる。
そんな兄さんに、先ほどの衝撃を引きずりながら聞いてみた。
「ずいぶんと……その……なんだ。個性的な店だね。飯は食えるんだろうか?」
すると兄さんは、大層嬉しそうに頷く。
「ああ、もちろんだとも! 店はその……なんだ。見た目通りにボロではあるが、これから整えていくよ。実はな……この店はきょう再開したばかりなんだ。そして、あんたは最初の客。サービスするぜ?」
ニッコリ。
見事なスマイル。
ただ、厭らしさは感じない。感じるのは……、この客は逃さんという強い意志だ。
あー、これってそういうことなのか。
だよなあ。マロニエ通りの周りの店と比べると、あまりにもなんだからな……。
うん。ならいいか。
「エールが飲めて、ちょっとつまめる物があって、安けりゃ文句ないよ。金があって贅沢がしたけりゃ、目の前の方の店に入っている」
「マーケス・クラウスか……まあ、違いない」
断言する俺に、兄さんは怒るでもなく苦笑いを浮かべた。
「兄さんはボーイ……って感じじゃないよな?」
細身だががっしりしている。むき出しになっている腕の筋肉も、一般人のそれとは質がかけ離れている。
「ああ。一応、この店の店長のチャックだ。今のところこの店は、俺の他には女房しかいない。おいおい店もメニューも整えていくから、これからも贔屓にしてくれよ。あんた、冒険者だろ?」
この時間、この姿で飯屋に入ったら、誰だって迷宮から直接来たと思うわな。
それにしても……女房ね。
まだ十分現役やれる年齢だと思うが……、もう引退したのか?
「ソードだ。いまカンカーラから帰ってきたところ」
返事を聞いた兄さんの目は、急に鋭い光を帯びた。
俺の頭の先から足の先までをゆっくりと見る。そして……。
「へぇ……。俺も少し前まで冒険者をやっていたから、多少は相談に乗れるかもな。それに今はまだオープンしていないが、そのうち冒険者の店もここでやろうと思っているんだよ。その時までにしっかり修業を積んで、ぜひうちに登録してくれよ。手厚いサービスを保証するぜ?」
耳にかかる程度の長髪を揺らし、片目が隠れた残りの目でウインクをしてくる兄さん。
やっぱりな……。引退して、飯屋兼酒場……。
そして、冒険者の店か。
ギルドで扱われることが多い仕事の一部を個人営業でやるから、さすがに規模は小さくなる。だが、メリットが意外にあるらしい。たぶん、大概の冒険者は兼用だろう。
小回りの利いた便利さを提供してくれるから、意外に食い合うことなく共存しているのだとか。
ここの所属冒険者に……か。
まあ、冒険者の店に囲われるのも悪くないよな。
向こうも、依頼があっても頼む先がないってんじゃ困るから、それなりに仕事はありそうだし。
メインじゃなければ問題ないか。
まだどことも提携していないし、向こうから頼むって言われるなら、それはそれで悪くない。
人気の店だと、低レベルは最初から門前払いになってしまうし。
でも、がっついて足元見られるのも気分悪い……。
よし。
「俺は、昨日登録したばかりだぞ。今日カンカーラに潜ってレベル2にはなっているみたいだが、その程度だ。スカウトするには気が早すぎないか?」
恍けてそう言ったら、兄さんは少し眉を動かしただけだった。
すぐにニヤニヤと、先ほどの営業スマイルとは異なる含んだ笑みを作ってみせる。
「あんた……若いけど、かなりやりそうな気がするんだよな。現役当時から、俺はこの直感に結構助けられてきたんだ」
ふ~ん。
なるほどね。ハルクの親父もそうだったけど、やっぱ見る人間が見るとパッと見でもわかるものなんだな。
と考えると、ガザ王の目の節穴振りときたら……なんだわな。
あんた、王だろと。別にいいけどさ。
ま、なんにしてもそれなりには買ってくれているようだった。
なら、乗るか。
「OK。その時が来たら、ここで登録するよ。まだ冒険者ギルドにしか登録していないしな。それに今のレベルじゃあねぇ……。良いところは頼んでも受けてくれないだろうし」
「おっ、思い切りがいいな。やっぱ、”お前”筋がいいよ」
「そう言ってもらえりゃ、やっぱ嬉しいね。チャックの兄さん……でいいか?」
「ああ」
「とりあえず、何か食わせてくれ。もう腹がペコペコなんだ」
「そうだったな。どこでもいい。座ってくれ」
空腹に鳴る腹をさすりながら言うと、チャックの兄さんは口の端をニイっとあげた。そして親指をクイクイと振ると、がら空きのカウンター席を指し示した。
お読みいただきありがとうございました。
できましたら、すぐ下にある評価フォームからポイント・感想などをいただけましたら幸いです。良かったら良かった、悪かったなら悪かったとそのまま評価していただければ結構です。
もちろん、リアクションだけでも結構ですので、ぜひよろしくお願いします! 無茶苦茶作者のモチベーションが変わります。




