第七話 全資産凍結、ざまぁ執行
第七話 全資産凍結、ざまぁ執行
王宮大広間は、異様な静けさに包まれていた。
先ほどまで優雅に流れていた舞曲は止まり、演奏家たちも戸惑ったように弓を止めている。
豪奢なシャンデリアだけが、何も知らぬ顔で黄金色の光を降らせていた。
『第四隠し口座、国家資産凍結処理完了』
魔導盤の音声が消えたあとも、誰も動かなかった。
ルードヴィヒは蒼白な顔で立ち尽くしている。
まるで悪夢でも見ているようだった。
「……嘘だ」
掠れた声が漏れる。
「こんなこと……ありえない……」
アリアが震える手で彼の腕を掴んだ。
「ルード様……どういうこと……?」
「し、知らん!」
怒鳴り返した声は、以前のような威厳を失っていた。
そこにあったのは焦燥だけだ。
額から汗が流れる。
呼吸が浅い。
周囲の貴族たちは、もはや隠そうともせず距離を取り始めていた。
「軍事基金横領って……」
「本当なのか?」
「王宮資産に手を出しただと……?」
「終わったな」
ひそひそ声が突き刺さる。
ルードヴィヒは顔を歪めた。
「黙れ……!」
だが誰も従わない。
今この瞬間、公爵家は「力ある貴族」ではなく、「転落した不正者」に変わり始めていた。
その時だった。
「旦那様ぁぁぁ!!」
絶叫が響く。
大広間の扉が勢いよく開き、執事が転がるように飛び込んできた。
髪は乱れ、息は切れ、顔面は死人のように白い。
「だ、旦那様……!」
「なんだ!!」
「公爵家全口座、凍結されました!!」
ざわり、と空気が揺れる。
「裏口座資金、すべて国庫へ接収!!」
「王都銀行から完全取引停止通告が!!」
「我が家は……完全に破産です!!」
その言葉が響いた瞬間。
夜会場が騒然となった。
「破産!?」
「公爵家が!?」
「本当に全部押さえられたのか……!」
貴族たちが一斉にざわめく。
アリアは顔色を失った。
「は、破産……?」
手にしていたシャンパングラスが床へ落ちる。
甲高い音を立てて砕け散った。
「う、嘘よ……そんなの嘘よね!?」
だがルードヴィヒは答えられない。
彼自身、理解できていなかった。
どうしてこうなった?
なぜ一瞬で?
なぜ全部奪われた?
「ば、馬鹿な……!」
彼はレティシアを睨みつけた。
「どうやった!?」
その声には怒りより恐怖が混ざっていた。
レティシアは静かにワイングラスを置く。
深紅のドレスの裾が、蝋燭の灯りを受けて揺れた。
「ただの暗算です」
さらりと言う。
まるで夕食の献立でも答えるように。
だが。
その実態は異常だった。
王宮決済魔術。
複数の高位魔導士が共同管理する国家承認式。
それを彼女は、一人で。
しかも脳内演算だけで書き換えたのである。
会場の誰も理解できなかった。
アルベルトだけが額を押さえ、肩を震わせていた。
「……君、本当に人間?」
「一応」
レティシアは穏やかに微笑む。
そのやり取りに、数人の貴族が本気で後退った。
「化け物では……」
「いや、天才だろう……」
「国家財政そのものを握っているぞ……」
囁きが広がる。
だがレティシアは気にしない。
彼女はゆっくりルードヴィヒへ歩み寄った。
ヒールの音が静かな大広間によく響く。
カツ、カツ、と。
一歩近づくたび、ルードヴィヒの顔色が悪くなる。
「そ、その顔をやめろ……」
「どの顔でしょう?」
「その余裕ぶった顔だ!!」
レティシアは少し考えるように首を傾げた。
「余裕、ではありません」
「は?」
「確認作業です」
彼女は懐から数枚の羊皮紙を取り出した。
それをひらりと広げる。
「北部領地租税横領」
「軍事基金不正流用」
「架空商会経由の資金洗浄」
「違法迂回送金」
「貴族特権悪用による脱税」
淡々と読み上げるたび、ルードヴィヒの顔が引き攣っていく。
「な、なんだそれは……」
「公爵家の不正会計一覧です」
「でたらめだ!!」
「では否定なさいますか?」
「当たり前だ!」
「そうですか」
レティシアは静かに頷く。
「では、こちらの署名は偽造ということで?」
彼女が見せた羊皮紙には、ルードヴィヒ自身のサインが並んでいた。
金の流れ。
横領承認。
秘密口座認証。
すべて証拠付き。
「……っ」
ルードヴィヒの喉が引きつる。
声が出ない。
周囲の貴族たちも完全に黙り込んでいた。
誰もが理解したのだ。
もう終わりだ、と。
アリアが震えながら後退る。
「る、ルード様……これ……本当なの……?」
「ち、違……」
「わたくし知らなかったわ!!」
アリアは突然叫んだ。
「全部ルード様が勝手にやったのよ!!」
「は?」
「だってわたくし、難しいこと分からないもの!」
ルードヴィヒが目を剥く。
「お、お前……!」
「騙されたのはわたくしよ!」
見苦しい責任転嫁だった。
だがレティシアはそれを見ても驚かない。
金で繋がった関係など、数字が尽きれば崩れる。
最初から分かっていた。
アルベルトが低く口を開く。
「ルードヴィヒ公爵」
その声には王族としての威圧があった。
「国家資産横領及び不正会計の疑いにより、正式監査を命じる」
「ま、待っ――」
「なお、資産保全のため公爵家財産は全凍結済みだ」
完全な宣告だった。
ルードヴィヒの膝が崩れる。
床へ落ちたワインが礼装を汚した。
かつて栄華を誇った公爵は、今や床に這いつくばっている。
その姿を見下ろしながら、レティシアは静かに息を吐いた。
怒りはなかった。
憎しみも。
ただ。
長年乱れ続けていた帳簿が、ようやく綺麗に整ったような感覚だけがあった。
「それでは」
彼女は穏やかに微笑む。
「公爵家の不正会計について、詳しく説明していただきましょうか」
その瞬間。
ルードヴィヒは初めて理解した。
自分が捨てた女は。
決して地味で無能な女などではなかったのだと。




