11話
神浜市の中心部を襲ったダンジョンブレイクの脅威から、数週が経過した。
街の復興支援や、吹き飛ばされたアジトの屋上の修理手配など、俺たちは裏社会の組織とは思えないほどの激務をこなし、ようやく日常が戻りつつあったある日の夕方。
黒王会のオフィスに、俺――九条迅は、カバンを肩に引っ掛けながらふらりと足を踏み入れた。
「おつかれーっす。宮本、昨日夜置いておいた帳簿の入力終わってる?」
「あ、迅くんお疲れ様!バッチリ終わってるよー!ココア入れてくるねー!」
唯一の一般人である事務員である宮本佳奈が、のんきな声で手を振る。
俺が自分のデスクに向かおうとした、その時だった。
奥の社長室から出てきたボスの黒田が、俺の姿を見るなり「ヒュッ」と変な音を立てて硬直した。
「……ん? どうしたんですか、ボス」
「じ、迅くん……その服……」
黒田が、信じられないものを見るような目で俺を指差している。
俺が着ているのは、仕立ての良いスラックスに、ネクタイを緩めたブレザー。神浜市でも有数の名門私立高校の『制服』だ。
「ああ、これですか?放課後に真っ直ぐアジトに来たんで、着替える暇がなくて」
「ほ、放課後……?え、迅くんって……もしかして、もしかすると現役の高校生なの……?」
「そりゃそうですよ……。俺ってまだ十六歳ですからね」
俺がサラッと答えた瞬間。黒田の巨体が、グラリと大きく揺らいだ。
そこに、オフィスの影からスッと影転移を使った影浦が姿を現し、さらに奥からアーロンがラムネの小瓶を振りながら歩いてきた。そして、ちょうど別件で来ていた元『毒蛇』の阿木も顔を出す。
「副ボス、今日はお着替えされなかったんですね。制服姿も素敵です」
「あんがと」
「アレ?ボス、知ラナカッタノ? コノ前、ワタシタチ、高校マデ副ボスヲ迎エニ行ッタヨ! 盗、ワタシノバイクデ!」
「……名門校っすねぇ。実はうちの娘も、今年その神浜第一に入学しまして……」
阿木が、ボスのプレッシャーに少し冷や汗を流しつつも、愛想笑いを浮かべてそう言った。
俺はピタッと動きを止め、阿木の顔をマジマジと見つめた。
「……え、お前、娘いるの?」
「え、はい……俺が16の時の子供なので。今年16になります!2年生です」
「同じ学年かよ。いや、それより年頃の娘いるのにまだ半グレしてたんかよ……16の時ってことは今32?」
「33の年ですね。いやぁ、お恥ずかしいっす……ははは……」
俺のツッコミに、阿木は気まずそうに頭を掻いた。
だが、そのやり取りを聞いていた黒田の脳内では、けたたましいサイレンが鳴り響いていた。
(ええええええ!?迅くんじゅ、十六歳!? 未成年!? 嘘でしょ!?やけに平日の昼は予定あるかってこないと思ってたけど……、しかもお前ら知ってたの!? なんで教えてくれなかったの!?ていうか、高校生の娘持ちの元半グレのパパまでいるの!?カオスすぎる!!)
労働基準法違反! 深夜労働! しかもヤクザの抗争とか、これ警察にバレたら一発で実刑判決じゃん! 先日のガサ入れの時に『真っ当な会社です』とかドヤ顔で言ってたのに、一番真っ黒なブラック企業だったぁぁ!!
ボスの顔面から一気に血の気が引き、極度のパニックによる『魔力プレッシャー』が、ブワァァッとオフィス内に漏れ出し始めた。
ビキィィン……と窓ガラスが軋む音を聞いて、俺は(おっ、ボス今日も元気だなぁ……)と面白がりながら、制服からいつもの黒スーツへと着替え、幹部会議への準備を進めた。
⭐︎
数十分後。黒王会の会議室。
長机の奥の上座には、顔面を蒼白にしながらドス黒い魔力を垂れ流しているボスの黒田。
その左右には、俺を筆頭に、轟、刃切、影浦、アーロンといった4人の精鋭幹部たちが控えている。
そして長机の一番下座には、新入りのまとめ役を任されている阿木が、ボスのプレッシャーに冷や汗を流しつつも、幹部の末席としての体裁を保とうと背筋を伸ばして座っていた。
「……まあ阿木、幹部会議は初とは言えそんなにガチガチになるな。今日は大した議題も無かったし肩の力抜けよ」
俺が軽く声をかけて緊張を和らげた後、資料をトントンと机で揃えた。
「さてと、シマの警備状況や、壊れた周辺の修復状況の報告はこれで終わりだ。……えー、本題に入る前に、急遽ボスから『言いたいことがある』と言われたんでな。……ボス、お願いします」
俺が進行役として口火を切ると、幹部たちが一斉に居住まいを正した。
黒田は、滝のような冷や汗を流しながら、下座にいる阿木たちをギロリと睨みつけた。(※実際には、新入りが警察沙汰を起こして自分の逮捕に繋がらないか不安でガン見しているだけである)。
阿木はボスの鋭い視線に、ごくりと喉を鳴らして居住まいを正した。
「……い、いいか。お前ら」
黒田は、震える声を必死に押し殺し、吃りながら絞り出すように言った。
「ぜ、絶対に……犯罪はダメだ。警察の厄介になるような真似はするな。……と、特に夜中に、無駄にウロウロするな。わかったな?」
(これ以上警察に目をつけられて、迅くんみたいな未成年を深夜労働させてるってバレたら俺の人生が終わる……!でも分かんないんだもん。難しい計算とか。処理とか俺じゃ絶対できないし、他の人たちも一歳できないんだから……。だからお願い、お前ら絶対に悪いことしないでぇぇ!)
という、切実すぎる魂の叫びだった。
その言葉を受け、俺はすかさず補足を入れた。
「そうだな。ボスの言う通りだ。いいか、先のダンジョンブレイクの一件で、今、俺たちは神浜町で表からも裏からも注目されている。だから『今は』絶対に犯罪に手を染めるな。深夜の徘徊もシマの見回りの意味はあるが、無駄に大勢で歩き回って警察を刺激するな。新入りどもには、人数を減らして効率よく見回りをしろと伝えろ。……絶対に、カタギに迷惑をかけるなよ」
実務への落とし込みを聞いて、幹部たちはまたしても斜め上の極端な『超解釈』を炸裂させた。
「……なるほど。真の王たる者、小悪党のような犯罪に手を染める必要はない、と」
「それに表を敵に回すよりも今は裏の処理が先ということですね……」
健吾が、深く頷きながら感極まった声を出す。
「我々自身がこの街の『法』であり『秩序』となる。つまらない諍いを起こして警察の犬を介入させるような三下は、黒王会にはいらないという無言の圧力……! 痺れます!」
刃切が、熱っぽい視線で黒田を見つめた。
「は、はいぃぃっ!!」
下座の阿木が、勢いよく頭を下げた。
「元毒蛇五十人には、絶対に街で問題を起こさないよう徹底させます!これからは数より質、少数精鋭で、ボスの名に恥じないように、見回りを決行します!」
結果として、半グレ上がりで血の気の多かった下部組織の連中が、「ボスが怖すぎる」という理由で、大人しく統率の取れた見回り部隊へと変貌を遂げる第一歩が、ここに示されたのだった。
「……そういえば」
会議が一段落したところで、刃切がふと俺のスーツ姿を見て首を傾げた。
「若頭が十六歳ってことは……。あの、Aランクの魔物を倒した後の打ち上げの宴で、若頭、普通にお酒のグラス煽ってませんでしたっけ……?」
刃切の指摘に、会議室の空気がピタリと止まった。
上座のボスの顔面が(未成年飲酒!? やっぱり俺捕まる!!)とさらに真っ青になる。
俺は(……あー。そういや、あの夜はやけに体が熱くなったと思ったら、あれ酒だったのか。酔ってたんか、俺)と内心で適当に思い返しながら、息を吸い込んだ。その瞬間。
「アーッ!ソレハ、ダイジョウブネ!!」
アーロンがバンッと机を叩いて身を乗り出した。
「ワタシノ国、12歳デ成人ネ!! ダカラ副ボスハ、モウ立派ナ大人ヨ!お酒モ葉ッパモ合法ダネ!!」
アーロンが自信満々に白い歯を見せて、謎の法律をぶち上げた。
「……そんな国ねぇよ。適当なこと言ってんじゃねえよ……葉っぱ?」
俺がジト目でツッコミを入れると、幹部たちの間にドッと笑いが起きた。
「ジャア、テキーラアルヨ。今カラ飲モウ!」
「馬鹿か、会議終わってからにしろ」
「ダイジョウブ!ボスノお茶、スデニ『テキーラ』ニ変エテオイタヨ!」
「ブホオォォッ!?」
「だいじょばねぇよ!!」
その瞬間、湯呑みを傾けていたボスの口から、凄まじい勢いでアルコールが噴き出した。
「ゲホッ、ゴホッ……!ぁ、熱っ……喉焼ける……っ」
「……お前、ホントなにやってんだか」
俺はため息をつきながら、手元のマジックバッグからソフトボールほどもある赤黒い宝石――暗黒合成獣の『Aランク魔石』を取り出し、机の中央にゴトッと置いた。
途端に、会議室に濃密な魔力の波紋が広がり、全員が息を呑んだ。
「……はぁ、話が逸れたが……次が今日の本題だ。これぐらいはしっかり聞いてくれ。特にアーロン……」
「ウィ!!ヒック……」
俺が声を潜めると、幹部たちの表情が一気に引き締まった。約1名怪しい奴がいるが。
「この間、俺とボスで討伐した『暗黒合成獣』の……Aランクでもかなり純度の高い魔石だ。……こいつの使い道だが、魔道具にしてもいいと思うんだが、ひとまずは表のルートで正規の手続きを踏んで売り捌こうと思う」
「あれ、売るのですか?」
健吾が驚いたように声を上げた。
「ボスの圧倒的な武の象徴として、アジトに飾っておくべきでは……?」
「武の象徴なら、ボスのその背中だけで十分だろ……これ以上に圧を感じる背中は俺は見たことない」
「確かに」
俺が言うと、阿木が首がはち切れるんじゃないかというぐらい首を振り、黒田がビクッと肩を震わせた。
「……組織が一気に百人規模に膨れ上がったんだ。新入りどもの装備の充実、アジトのセキュリティ強化、細かい経費……。何より、あの災害で吹き飛んだボスの部屋と屋上の修繕費で、今のウチの資金は結構カツカツなんだよ。ボスの覇道をさらに強固なものにするためには、飾り物より『実弾』が必要なんだ」
「なるほど……! さすが若頭、完璧な組織運営のビジョン!」
「流石に入り口は危険な魔石あります。やばそうな組織ですが、ボスの部屋屋上と繋がってます。って、なんの冗談だって話だろ?」
「ソレハソレデ面白ソウジャナイ?」
「黙れ」
幹部たちが、俺の現実的かつ有能な判断に深く頷く。
(そうだ! 売ろう! 現金にしよう! そしてちゃんと税金払って真っ当に生きよう!!)と、ボスも心の中で全力のガッツポーズをしていた。
「でも別に裏ルートで捌いても良いのでは?これだけのものをわざわざ表で捌くとなると相当な中抜きされる可能性ありますよ」
「あぁ。だが、このダンジョンブレイクの一件で、俺たちは悪目立ちしすぎた。警察に目をつけられすぎているし、何より俺たちがこの『Aランクの魔石』を入手したという事実が裏社会に広まりすぎている。こんな状況で裏でコソコソ捌こうとすれば、逆に足がつくんだよ」
何より警察に見られてるからどうしようもないんだけどな。と小声で溢した後、俺は机に積み上げられた報告書を指で叩いた。
「最近、神浜の、それも俺たちのシマの境界線で、他の組の連中がウロついてるって報告が上がってる。特に、神浜市の裏社会を長年牛耳ってきた『羅刹会』の動きがキナ臭ぇ。……阿木、見回り組には人数を増やせ……とはボスが減らせと言った以上、言えねぇが、周辺の警戒を強めさせろ。末端であっても買い物する時でもなるべくうちの看板背負ってる時は一人で行動するような事はさせるなよ」
「ハッ! 承知いたしました!」
「それと……もう一つ厄介なのが、『警察』だ」
俺はスーツの胸ポケットから一枚の写真を出し、机の上にポイッと投げた。
「顔は全員覚えてるな? 先日のガサ入れで顔を真っ赤にして帰っていった、あの如月って女刑事だ。どうやら本気でウチの尻尾を掴む気らしくてな。最近、ウチの会社の周辺を私服でウロチョロ嗅ぎ回ってやがる。あんなバレバレで何か裏あるんじゃねぇかってぐらい気持ち悪いぐらいだが……。影浦、お前は影からあの女の動向を監視しておけ。手は出すなよ」
「了解です、副ボス」
俺は、幹部たちと、そして相変わらずむせながら青ざめているボスを見回して、不敵に笑った。
「表からも裏からも、随分と熱烈なラブコールを送られてるな。……だが、ここはウチのボスの庭だ。嗅ぎ回るネズミどもは、まとめて俺が処理してやるよ」
(いや処理しないで! 穏便に! 平和に済ませてぇぇ!)
ボスの内心の絶望をよそに、黒王会を取り巻く新たなる波乱――警察の執拗な尾行と、羅刹会との激突の足音が、すぐそこまで迫っていた。




