返却する泥棒
ナミコシ警部によると、その賊は盗んだ美術品を返してくるのだという。
「盗まれた時はてっきり例の美術品窃盗団だと思っていたんですがね。狙った獲物といい、その手口といいよく似ていますから。しかし盗んだ獲物を返してくるというのが解せません」
アケチは食後のお茶を啜りながら尋ねる。
「例えば、その美術品が偽物だったとか?」
「そうだね。でもあの美術品泥棒、偽物を掴むようなヘマをするかなぁ」
「そう。そこです。まず盗まれた美術品、内緒ですが鎌倉時代の仏像だったのですが、盗まれたのも返されたのもどちらも本物。美術館に展示されていたものに違いありません。すり替えや盗聴器や発信機を仕掛けた形跡もありません。傷一つつけることなく返されたわけです」
「盗まれた時に現場にカードはあったの?」
ヒロの言うカードとは、その美術品泥棒が現場に残していくという名刺サイズのカードだ。
〇〇、確かに頂戴しました。
とメッセージが印刷されていると聞くが、もちろんアケチはその実物を目にしたことはない。
「ありました。千手観音像、確かに頂戴しましたーと書いてありました。カードの紙も印刷の書体もインクも同じものでした」
ヒロはカットオレンジをしゃぶりながらアケチとナミコシに視線を投げる。
「もし盗んで返してきたのが美術品泥棒じゃないなら、カードはどうやって偽造するかな?」
ナミコシが困り顔になる。
「うーん、そうなんですよ。警察に保管されているお宝頂戴カードを見て真似て偽造したことになる。警察の保管庫から盗むのは簡単じゃきありません。カードの分析データを手に入れるのもかなりの難事ですが、やっぱり本物を見ないとそっくりな偽造品を作るのは無理ですからね」
アケチは掌で湯呑みを弄びながら何か考えていたが、
「ナミコシ警部、カードの実物を拝見できますか」
ナミコシは嬉しそうに顔を皺くちゃにする。
「そう言うと思ってましたよ。現物は私の権限では持ち出せんので署にお越しいただくとして、とりあえず写真は撮っておきました」
ナミコシがスマートフォンをアケチに手渡す。画面に白いカードが映っている。横向きの名刺サイズ。少しクリーム色がかった白地に黒い流麗な書体で、
高村鉄幹の彫刻「狒々」、確かに頂戴しました。
画面をスクロールして他のカードも確認する。
「ねぇ、何か見えたの?」
オレンジをモグモグやりながらヒロが尋ねる。どうやら突然の父の出現によるショックは少し収まったらしい。
「見えたという程じゃない。とりあえず現物を見て確認したい。明日にでも大学の帰りに署の方に伺います」
「わかりました」
「えー、僕だって見たいよ、泥棒カード」
「お前は勉強しながら待ってろ。家庭教師命令だ」
「ここで留守番なんてそんなのないよ、怖いじゃないか」
「ん?怖いって?」
ヒロはムスッとした顔で頬を膨らませる。
「父親に決まってるじゃないか。あいつはもう学校帰りに僕がどこにいるかを知ってるんだよ?誘拐されたらどうするのさ。なにせ相手は警察。あいつはどんな無茶をやったってそれを正当化できるんだよ!?」
実の父親に誘拐もないもんだと言いかけて、アケチは言葉を飲み込む。あの父親ならやりかねないなと感じる。ヒロに対して我が子以上の執着を抱いているのは明らかだ。
アケチは「うーん」と唸ってからヒロを一瞥する。
「戻ったら勉強だぞ?定期テストで70点以下の教科があったらもう家に来させない。いいな?」
ヒロはふふと笑って上目遣いにアケチを見る。歳に似合わぬ艶っぽい笑みだ。
「取るわけないじゃない、70点なんて。先生、もうちょっと人を見る目を磨いたほうがいいよ」




