廿
翌日。二人して警察署を尋ねるアケチとヒロ。
「やぁやぁご苦労さまです。別室を用意してますのでそちらへ」
ナミコシの案内で面談室に入るアケチとヒロ。会議室にしては少々手狭。面談ぐらいにちょうどよい広さの部屋だ。部屋の中央に長机が二つ向かい合わせに置かれ、それぞれ椅子が二脚ずつ。ここに人が座ればそれだけで結構満室感が出そうだ。
「今お茶を淹れますので。しばらくお待ちを」
気遣い無用と言う前にナミコシ警部は廊下の向こうに消えてしまう。
アケチはパイプ椅子を引いて腰掛ける。ヒロは室内を見て回っている。と言っても部屋は狭く机と椅子、後は電話機がひとつ置かれているばかり。
「ねぇ、ここって取り調べに使う部屋かな?」
「かもな。窓もないし手頃な広さだし。何でそんなこと気にするんだ?」
「もし取調室にも使うなら録音装置があるはずだよね?」
「…それで?」
ヒロが楽しそうに笑う。
「もし僕がだよ、今ここで大声で助けてーって叫んだら?先生ひどいことしないでって言ったら?」
アケチは若干顔を強張らせながら、
「なんでそんなことする必要が?」
ヒロはことのほか楽しそうに笑う。
「もしもって話しさ。人を陥れるのは簡単だよって話し。僕らが初めて出会った時もそうだったでしょ?もし僕が木城さんに、あの時駆け寄ってきた子だけど、この人にいやらしいことされたって言ったら、先生相当面倒なことになったはずだよ」
嫌な思い出を蒸し返されアケチは不機嫌になる。
「そんな怒らないでよ。もしもって話さ。この会話だってナミコシさんに筒抜けかもしれないよ」
まぁ可能性としてはあり得るが、ナミコシ警部の表情や仕草に嘘を示す兆候はなかったはずだと、アケチはさっきのナミコシ警部の様子を思い返す。
そこへ測ったようにナミコシ警部が戻ってくる。
「いやいや、お待たせしました。警察とはいえお役所ですからな。最近はお茶を淹れるのもセルフなんですよ。私が新人の頃なんかは当然のようにお茶当番や灰皿当番をやらされたもんですが」
と紙パックのアップルジュースをアケチとヒロの前に置く。自分のはコーヒー牛乳だ。
「証拠品に飲み物を溢したりすると大目玉を喰ってしまいます。飲んでから賊の残したカードをテーブルに広げましょう」
「いや、早く見たいですね。飲むのを後にしましょう」
ナミコシ警部は手袋をして茶封筒の中からビニール袋に入ったカードを取り出す。
「お二人とも手袋を」
とアケチとヒロに白い手袋を差し出す。二人は黙って手袋をはめた。
カードを念入りに眺めていたアケチはナミコシに尋ねる。
「ブラックライトの検査は?」
「していますとも。カードも、もちろん現場もね」
ナミコシはこの質問を予測していたようだ。
「そのカードにはほんの僅かに蛍光塗料の付着しているものがあります。おそらくわざとでしょうね。現場で指紋検査をしたわけですが、盗まれた美術品のケースや、床や壁にこれが残っていたんです」
ナミコシは封筒から数葉の写真を取り出す。白黒写真だ。
「ん?なにこれ?カタカナのサ?」
「いや、廿かな。廿日鼠とか廿日市とかの廿」
美術館の壁と思われる写真。そこに白く太い線で「廿」の文字が書かれている。
「カードに付着していた蛍光塗料と同じもので書かれています」
「見えないサインてわけだね」
ヒロは写真を覗き込む。
「サインは必ずあるの?」
ナミコシが渋い顔で頷く。
「はい。まったく警察も舐められたものです」
「全ての盗難事件で同じサインですか?」
アケチが尋ねる。
「えぇ。全ての署名を同一人物が書いたかは怪しいですな。おそらく違うでしょう」
ヒロは小生意気な表情でツンと唇を突き出しながらナミコシ警部を見る。
「同じ美術品盗難。手口も同じ。隠しサインも同じ。ナミコシさんはどこに違う匂いを感じるの?美術品を返してきたこと?」
ナミコシは困り顔で頷く。
「まぁ最初に引っかかったのはそこですがー」
ナミコシは人差し指で自分の腹を突いてみせる。
「どうにもここがー 腑に落ちんと言うやつなんですよ」




