魔女の食事会2
蝋燭の灯りに赤いスープが浮かび上がる。リズと呼ばれた女は大きな目で瞬きもせず、ジッと青年を見つめたままスプーンを使う。
赤い液体がリズの口に消えていく。チロリと赤いものが覗いたが、これはリズの舌だ。リズも全身黒で覆っている。髪はもちろん、唇も、手も黒い。黒い手袋をしているようだ。
背景の黒い板壁もあって、白い顔だけが宙に浮かんでいるように見える。
青年は全く食が進まないようだった。リズに促されスプーンを手に取ったものの、まるで手が動かない。
薄気味の悪い赤いスープを何気なく見つめると、表面にプクプクとマグマのように泡が湧いている。
「ー!」
思わず青年は椅子の上で仰け反る。
「どうかしたの?」
黒い女リズが尋ねる。暗い中でもその美しい容貌は際立っている。
「赤いスープはお嫌いかしら?何か別の物を想像しちゃうとか?」
リズの唇が少し捲れ上がる。
「いえー そんなんじゃー」
リズはそんな青年の顔をジッと見つめながらスープを口に運ぶ。
「メイ、片山君はスープがお口に合わなかったみたい。下げてちょうだい」
黒衣のメイドが片山青年の前に置かれた皿を下げる。
不意にメイドの腕で何かが動いた。反射的に片山青年の目が動くものを追う。
「ヒャッ!」
片山青年が悲鳴を上げた。蜥蜴だ。黒くて小さなあのシルエット、少し尖った卵型の頭、丸い吸盤のついた足。細長い尻尾。それらがリズミカルにヨチヨチとメイドの腕を這い、服の襟元に消えていく。
黒いメイドはまるで気にした風もなく、片山青年の前にメインディッシュの皿を置く。
「ー!」
再び片山青年の身体が揺れる。壁を黒い蜥蜴が這い登っていったのだ。どうやらこの部屋、そこら中に蜥蜴がいるらしい。
片山青年は自分の足元の暗がりをのぞき込みたくて仕方なかったが、リズの手前必死に我慢しなければならなかった。他のメンバーが言うには、リズはテーブルマナーにとてもうるさいらしいのだ。
メインは肉。肉の煮込みのようだ。残念ながら心もとない蝋燭の灯りでは、一見して何の肉なのか判別することは難しい。
少し煮崩れた肉の塊にドロリとした茶色いソースがかかっている様は、今の片山青年に食欲を湧かせるものではなかった。
今にも肉片の中から黒い蜥蜴が這い出してきそうな気がしてとても手をつける気になれない。
「食べないの?お腹減っていないの?」
「えぇ、まぁー」
片山青年は汗をかきながら答える。
「たくさん食べなきゃダメよ。片山くんにはやってもらいたい仕事が山ほどあるもの」
「もちろんです、リズさん」
暗闇に浮かんだリズの顔がニッと笑う。
「さぁ、食べましょう」
リズはそう言って微笑む。暗闇の中に、突然二本の白い腕が生える。リズが上着を脱いだらしい。
また視界の端で小さな黒いものが動いた。片山は身を硬くしてナイフとフォークを手に取る。
「片山くん、あたしたちと一緒に仕事するの、嫌かしら」
「いえっー 何でー?」
「ううん、多分あたしの勘違いね。ごめん忘れて」
リズは肉にナイフを入れ口に運ぶ。口を開けたときチラと赤い舌が覗く。
食べないわけにはいかない。ナイフを動かす片山青年。肉はナイフが必要ないくらい柔らかい。
意を決してフォークを口元に近づける片山青年の動きがピタリと止まる。
「ー!」
片山青年は必死に悲鳴を堪えなければならなかった。リズの腕だ。リズの左腕。肩口の辺り。
片山青年の喉がゴクンと動く。リズの腕、左の肩口にある黒い蜥蜴の入墨。黒蜥蜴と呼ばれる由縁となった入墨。その入墨がモゾモゾと動いている。
白い肌には染みひとつ見えず、ただ一匹の黒蜥蜴がリズの首筋の方へ這い上っていくのだった。




