魔女の食事会
そこはひどく暗い部屋であった。十畳ほどの広さのやや細長い部屋。
明かりは黄色みを帯びており、どこか夕暮れの寂寥感を醸している。
時折ユラユラと明かりが揺れる。よく見ると光源は電球などでなく、テーブルの上に置かれた燭台だ。
赤くて長いろうそくが三本立った燭台が二つ。細長いテーブルの上に置かれている。ロウソクには全て火が灯されており、赤い捻り飾りのロウソクには、まるで血管が這うように溶けたロウの筋が幾筋もついている。
細長いテーブルの下座、入口ドアに近い席に一人の青年が腰掛けている。青年はこの部屋に溶け込むような黒い服を着ていた。ただしダークスーツではない。革ジャンに革パンツ。靴もライディングブーツだ。
真っ白な漆喰で塗られた壁。艶々と磨かれた板張りの床と柱。柱には葉っぱや果実、鳥や動物を模した鉄具が嵌め込まれており、ロウソクの明かりを受けて鈍い光を放っている。
そして少しアーチ状になった天井。柱受けにはこれも動物をあしらった鉄具が使われている。蝙蝠。蛇。ライオン。狼。その他得体のしれない獣。
それらの鉄のオブジェをより気味悪いものにしているのは天井だ。白い漆喰の天井。そこには赤黒いシミが浮かんでいる。水滴の弾けたような染み。汚れた手で掻きむしったような染み。書家が大きな筆で一筆振るったような染み。どう考えても天井画などではない。単なる汚れとも言えない赤黒い何かの痕跡。
青年は明らかにこの部屋の雰囲気に馴染んでいなかった。シンプルながらどこか古めかしく、重々しく、不穏で妖しげな気配を漂わせるこの部屋は、青年を無言で拒絶し威圧しているように感じられた。
青年は部屋に独り居ることに耐えかねるように、モジモジと身体を動かしながら、部屋の中を見回している。まるで知らぬ間に背後に怪物が忍び寄っていないか警戒しているかのようだ。
グルルルー
突然、獣の唸り声を聞いて青年は弾かれたように後ろを振り返る。
グォルルー
ドアの外で獣が喉を鳴らす。ドアを掻きむしる音。フゴフゴと鼻を鳴らす音が聞こえる。
青年は腰を浮かせたまま、獣の侵入を許さぬようにドアノブを押さえるべきかどうか真剣に迷っていた。
獣、恐らく大型の犬がドアの前にいたのは十秒程度だったろうが、青年にはひどく長く感じられたに違いない。
中腰のままドアの外の様子を窺っていた青年は安堵のため息を漏らし椅子に戻る。
「犬が怖いの?」
「ー!」
青年はヒッと息を詰めて再び椅子から腰を浮かせる。
目の前に誰かいた。キラリと何かが反射する。眼だ。眼に蝋燭の灯りが反射したのだ。
人だ。黒い服の人型が朧に浮かんでいる。部屋の奥だけ床と同じ黒い板張りなので気づかなかったのか。
いや、そんなはずはない。さっきまで誰もいなかったのだ。間違いない。
「別に君を喰いはしない。新鮮な生肉をたっぷり食べているからね」
女の声。若い女の声だ。青年は反射的に生肉をたっぷり食べているのは犬なのか目の前の女性なのかどっちだろうと考える。
「リ、リズさん!?」
青年が裏返った声で尋ねる。リズと呼ばれた女は問いには答えず、
「食事にしましょう」
とだけ言った。
「ーヒィッ」
再び青年が声を上げる。いつの間にかすぐ後ろにワゴンを押すメイド姿の少女がいた。顔と手と腕、スカートから覗く足の一部が抜けるように白い以外、全身黒ずくめだ。服はもちろん髪留めも爪も靴下もエプロンもすべて黒い。
黒い少女はワゴンに乗った銀の器の蓋を取る。フワリとスープが香る。
「赤いトロッとしたスープでございます」
少女はそう言って青年の前の皿にスープを注いだ。
トマトスープだろう。赤くてとろみのついた湯気の立つスープ。
血ー?
青年は口にこそ出さない、いや出せないものの皿の中身を見て死体から滴る血をイメージせずにはいられなかった。




