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探偵アケチの黙視録  作者: 弐乃
黒い蜥蜴と魔女
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事件の色

 キッチンにご飯の炊ける香りが漂っている。アケチはこの香りが嫌いではない。

 ヒロは鍋の中に味噌を溶き入れている。仄かな湯気がヒロの顔を包んでいる。ガスレンジでは鰆の切り身がシュウシュウと油を滴らせている。

「ヒロさん、何かお手伝いしましょうか」

 ナミコシが声をかける。

「ありがと。お箸とサラダを並べてくれる?先生はご飯をよそって」

 アケチはしおらしい顔でいそいそと立ち上がると炊飯器の蓋を開ける。炊き上がった飯をかき混ぜ、茶わんに盛る。アケチの茶碗はもちろんだが、すでにヒロ用の茶碗も食器棚の中に用意されている。

「ナミコシ警部のお茶碗も買っとかないとね」

「いや、恐れ入ります。今度持参しますから」

 食卓に夕食が並ぶ。炊きたてのご飯。豚汁。鰆の白焼き。ゴロゴロベーコンのポテトサラダ。

「おぉ、これは美味そうです。ヒロさんは料理の才がありますな」

 アケチは何も言えずに頷くばかり。

「では、いただきます」

 ナミコシに続いてアケチとヒロもいただきますを言う。

「いや、美味いですよ。署の食堂の定食より上ですな」

 ヒロはクスリと笑って、

「もういいよナミコシさん。元気になったから気を遣わないで」

 ナミコシは何も言わずに笑う。怪奇映画に出てきそうな異相なのになんとも愛嬌のある笑顔だ。

 ナミコシの笑顔にアケチは少し嫉妬する。アケチにはなかなか作れない自然で明るい笑顔に。

「しかし、食事もそうですが、丹精込めた仕事には作り手の色が出ますな。そう思いませんか、アケチ君」

 アケチは頷いて同意を示す。

「出ますね。ヒロの食事にもちゃんとヒロの色が出てる」

 ご飯の盛り付け方。おかずの配置の仕方。サラダの色どり。味はもちろんだが見た目にも必ず作り手の個性は出る。

「僕の料理にも?僕の色が?」

「あぁ。出てる」

「そうなんだ」

 ヒロはひどく嬉しそうだった。

「その色ですよ。実はその色のことで悩んでおるのです」

 ナミコシが天井を見上げ思案顔になる。

「作品にはその人の色が出る。犯罪も同じだと思うんです」

 ナミコシは残ったポテトサラダを頬張るとこめかみの筋肉をモコモコと動かしながら咀嚼する。

「犯罪者にも癖や個性があります。その仕事を見れば、あぁ奴の仕事だなと分かるときがあります」

 ヒロが熱いお茶を淹れてくれる。ナミコシは「や、ありがとう」と湯呑を受け取る。

「最近面白い色合いの事件が続いているのですよ。私も結構経験を積んでるつもりですが、見たことのない色です」

 アケチの目が生き生きとし始める。

「どんな色なんです?」

「そうですな、あくまでも私のイメージですが、渋い青銅色と言うんでしょうか。ピカピカの顔が写りそうな青銅ではなく、時代を経て緑錆の浮いたあの青銅色です。その周りでキラキラとした赤や青の輝きが舞っている。そんな感じでしょうか」

 ヒロがピンときた様子でデザートのイチゴで口元を赤く染めながら言う。

「分かった。それあれでしょ?最近ちょっと話題になった美術品泥棒」

 ナミコシは本当に驚いた表情になり、

「よく分かりますな。私、そんなに分かりやすいですか?」

 とショックを受けた様子。

「いや、まさにその美術品泥棒ですよ」

 アケチも美術品泥棒の話しは聞いたことがある。チラチラとその筋で話題にのぼるようになったのは二年ほど前。有名な美術品や宝飾品を狙う窃盗集団で、現場にメッセージカードやサインを残していくらしい。

「最近ちょっと悩ましい事件がありましてね。最初はその美術品泥棒かと思ったんですが、どうも違うようなのです」

 アケチは勢い込んで尋ねる。

「どう違うんです?」

 ナミコシはそのギョロ目でアケチとヒロを交互に見つめる。

「彼奴らは盗んだ美術品を返してくるんですよ!」

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