その瞳はアケチを非難する
フタバ・ロクロウは事故死、誤って自らビルの屋上から落下して死んだ。
女装姿の「変身女子高生」を脅迫し金品を奪おうとした男たち、無職22歳を筆頭に、無職18歳二人、無職17歳一人、高校生17歳一人の計五名は逮捕され、変身女子と女子会を楽しんでいた本当の女子高生六人も警察の取り調べを受けた。
フミヨから事件のあらましを聞いたアケチは、ヒロにもその話を聞かせてやろうとしたがヒロは、
「僕は興味ないよ、そんな話」
と聞こうとしなかった。
ヒロは相変わらず学校帰りにアケチの部屋にやってくる。アケチが大学や実家の用事で不在の時も午後八時まではアケチの部屋で過ごしているようだ。
アケチがいる時は部屋の掃除し、洗濯機を回したあとキッチンテーブルで宿題をし、アケチと自分のための夕食を作り、それを食べてから帰っていく。
今日も午後5時前にアケチが部屋に戻ると、キッチンテーブルで勉強をするヒロの姿があった。
「お帰り先生」
ヒロがごく自然な口調で言う。一方のアケチはまだこの状況に慣れることができない。
「あぁ」
ぶっきらぼうに返事をしてデスクにリュックサックを下ろす。
「いいのか?そろそろテスト期間なんじゃないのか?」
「うん。今してるよ、テスト勉強」
「なんて言うか、お前の成績ってさ、どんな感じなんだ?」
ヒロは教科書から顔を上げて笑う。
「口調が父親っぽくなってるよ。娘のことは気になるけど、どこまで娘の日常生活に踏み込んでいいのか距離感の掴めない父親って役どころでドラマに出られそうだよ」
アケチはムスッとした表情で、
「いや、だって一応家庭教師ってことになってるんだろう?成績が悪いと色々差し障りがあるだろ?」
ヒロはますます楽しそうな笑顔になる。
「ふふ、ご近所でも噂になってるかもよ。中学生が出入りしてるけど何してるんだって」
アケチの顔が若干強張る。ヒロが言ったことは正に普段アケチが心配していることだからだ。
「塾ってことにしてしまえばいいじゃないか。プレート一枚、玄関先に張っておけば済むんだし。あ、ただし本当に塾生を取っちゃダメだよ?僕が来づらくなるじゃないか」
「誰が取るか。そんな面倒臭い」
しばらくしてヒロはパタリと教科書を閉じると「うーん」と猫のように大きく伸びをした。
「ご飯、作ろっかな」
「いい、そんなことしなくて。勉強しろ」
「もうしたよ。それにただの居候じゃ来づらでしょ?」
ヒロは冷蔵庫の中を検分する。
「今日はろくな物がないなぁ」
ガサゴソと棚を引っ掻き回し、
「おっと、買い置きパスタすらないじゃない。残り野菜のスパゲティすら作れないよ」
ヒロはアケチを振り返ると、
「先生、買い物に行こ。食料品を補充しなきゃ」
「大丈夫だ。必要なら明日にでも行く」
「大丈夫じゃないさ、この部屋に食料が確保されてることは僕の生活の安定に直結してるんだから。さ、先生、お財布持って」
ヒロに急き立てられながら、ブツブツと文句を言いながらも財布をジーンズの尻ポケットに突っ込むアケチ。買い物用のエコバッグをヒロに持たせる。
玄関に鍵を掛け表に出た時だ。
「ヒロ」
背後から声をかけられた。アケチが振り向くと、ホッソリとした身体に淡い空色のジャケットを引っ掛けた中年男が立っている。
長めの髪を真ん中で分け、軽くパーマをかけている。こけ気味の頬に整えられた口髭。べっ甲縁のボストンサングラスをかけている。傍らには路駐されたドイツ製の高級車。
「こんなところで何をしている」
男の声にはほとんど抑揚がないが、目には若干の怒気と、微かなヒステリーが浮かんでいる。そしてその目はヒロではなくアケチに向けられていた。




