フミヨの御伽噺10 旅立ちの時
フタバちゃんのお買い物は月一度くらいの頻度で続きました。
姉と申し合わせては近くの駅で待ち合わせ、公衆トイレで姉の用意したセーラー服に着替えるのです。
お陰でロクロク少年はいつもお金がなく、友達にたかってばかりなので、友人たちの中にはロクロウと遊ぶのを嫌がる者もいるほどでした。
ロクロウとてそれに気づかないわけではありません。むしろ本来とても繊細なタイプであるロクロウは、友人たちの自分に対する態度にひどく傷つきましたが、それでもロクロウは止められないのです。
フタバちゃんに変身して街を歩く。買い物をする。その変身の快感からどうしても逃れられないのです。
姉はそのことをよく分かっていて、一回五百円プラス買い物代だけでなく、お正月のお年玉や、親戚などから貰う臨時のお小遣いまで半分はロクロウから取り上げてしまうのです。
それでもロクロウ少年は、月に一度か二度のフタバちゃんへの変身を心待ちにしながら日々を送っています。
フタバちゃんに変身してお買い物といっても、せいぜい小一時間程度のことです。それでもロクロウはその瞬間を心待ちにしています。昼も夜もそのことばかり考えてしまうのです。
もしこの状況が長く続けば、ロクロウと姉の秘密のお買い物は遠からず両親や友人たちの知るところとなったでしょう。
むしろそうなればよかったのかもしれません。ロクロウは大層恥ずかしい思いをすることになったでしょうが、それでもフタバちゃんの秘密の冒険はそこで終わることになったでしょう。
何しろロクロウはまだ子供で、その心はつきたての餅のように柔らかです。心の形もいかようにも変えることが可能だったでしょうし、念入りに刻まれた傷もいずれは跡形も分からないくらいに消すことができたかもしれません。
ところが運命の神様はロクロウが思ってもみなかった道を用意していました。
柔道です。ロクロウの才能を見込んだ柔道名門校が特待生としてうちに来ないかと声をかけたのです。
ロクロウはもちろん家族も中学から寮生活をするなど考えたこともありませんでしたが、柔道の名門であるだけでなく、高校、大学とエスカレーター式に進学できるのです。ロクロウの両親はとても喜びました。
「おめでとうロクロウ」
「ロクロウが頑張って稽古したからだね」
喜ぶ両親を見てロクロウはとても嬉しく誇らしい気持ちになりました。
ただ、一点だけ、ロクロウには気がかりがありました。そうです。柔道部の寮に入るということは、フタバちゃんへの変身を諦めることでもあります。
いやだー フタバちゃんになれないなんてー
ロクロウは心の中で叫びます。でも、この気持ちを両親に告げるわけにはいきません。
姉は意地悪な笑みを浮かべながら、
「お盆とお正月には実家に帰れるんでしょ?お金、貯めときなよ?」
と言うばかり。ロクロウが期待しいた、
「フタバちゃん、行かないで!」
といった言葉は全く出てきません。
いっそのこと怪我でもしてしまおうか。高いところから飛び降りて足でも折ればこの柔道推薦の話しは流れてしまうのではないか。
ロクロウは思い悩みましたが、周りの人たちは名門柔道部の話を聞いて大いに喜び、オリンピックの金メダルも夢ではないと盛り上がっています。
こうなってしまってはもう「行きたくない」などと言えるものではありません。ロクロウは自分の運命を呪いつつも、実家への帰省を楽しみに待つしかないと覚悟を決めるのでした。
そして小学校の卒業式を待たずに、ロクロウは後ろ髪引かれる思いで、関東にある柔道名門校の寮へと旅立ったのです。




