鴨せいろと午後のソーダ
ナミコシが校舎に入ってしばらくするとアケチの携帯に着信があった。ナミコシからのメールだ。
教師が「腕」の持ち主の少女を呼びに行くとのこと。校舎内の個室で教師立ち会いのもとに話をするらしい。
「俺たちは先に帰ってくれとさ」
アケチは立ち上がりながら言った。
「え、帰るの?」
ヒロが口を尖らせる。
「もう俺たちの仕事は終わりだ。後はナミコシさんが上手くやるさ」
「えー、もうちょっと見ていこうよ」
「なんだ、見たいのか?彼女が校舎に入っていくところを?」
「そういうんじゃなくてさ、バザーに来たんだから色々見たいじゃない。雑貨の出店もあるみたいだし。クレープも食べたいな」
「じゃクレープ食べて自分一人で帰れ」
アケチは千円札を一枚ヒロに差し出す。
「クレープと帰りの電車賃だ。釣りはいい」
「先生は?」
「愛宕屋に行く」
ヒロは上目遣いにアケチを見ながら、
「分かったよ。僕も行っていい?」
「あぁ」
ヒロは安心したように笑う。
「先生一人でお店入るの苦手な人でしょ?大丈夫。僕がついてってあげるから」
「うるさい」
三十分後、二人は愛宕屋で席に着き、注文した鴨せいろが運ばれてくるのを待っていた。
アケチのスマートフォンが震える。ナミコシからだ。
「あの子、双葉六郎を知っていると認めたらしい。今日は親が迎えに来たら家に返すそうだ。週明けに警察に来させて話を聞くらしい」
「返しちゃっていいの?」
「いいんじゃないか。逃亡や自殺の心配が無いのなら」
店員が「鴨せいろ、お待ちどおさま」と言いながら蕎麦と鴨出汁の載った盆を二人の前に置く。
「わぁ、美味しそう」
ヒロの顔が輝く。
「僕、鴨肉って初めてだよ」
「焼きそば食べて蕎麦食べて、太るんじゃないのか?」
「いいのさ。僕、ぽっちゃり体形に憧れてるんだ。少しくらい太っていた方が健康的でしょ?」
「ブラス思考なのはいいことだな。逆に自分に甘いとも言えるが」
「いただきます」
二人は蕎麦を啜り始める。
さて、その後蕎麦を食べ終えた二人はアケチの自宅に戻った。
ヒロはあっと言う間に私服に着替え、アケチにも早く服を着替えるようにと言った。
「ジャケットはしばらく室内干しして。今日は結構暖かかったから汗をかいてるよ。シャツとパンツは洗濯籠へ。室内でジャケット姿でそうやって突っ立ってると丸きり変な人だよ?」
またもやモジモジとしているアケチを急き立てるように着替えさせ、ジャケットを風通しのよい鴨居に吊るし、消臭スプレーを吹きかける。
「洗濯機は回さなくていいか。自分でやってね先生」
「言われなくてもそれくらいやる」
ヒロはセーラー服を紙袋に入れると、アケチの家から近いクリーニング店に持っていった。
戻ってきたヒロは合鍵を使い勝手に部屋に入ってくる。
「ふぅ、一件落着だね。先生、この後の予定は?」
「別にー 特にない」
「じゃ、ソーダでも飲みながら読書でもするかな」
すぐに帰る気はないらしい。ヒロはキッチンテーブルにコップを置いて、ストローでチビチビとソーダを飲みながら、バザーで買ってきた流川海瑠の小説を読む。
2時間程してヒロは特にアケチに断ることもなく夕食の準備を始める。
ナミコシからメールが届く。もう学校から警察署へ移動したらしい。アケチとヒロの協力に対する礼が簡素な言葉で綴られている。
「逮捕されるかな?あの子」
「分からん。まぁ学校の方は停学か、悪ければ退学じゃないか」
「せっかく聖隷女学院に入ったのになぁ。明るく楽しい学院生活が一瞬で真っ暗闇だ」
「いずれにせよ自分のせいだ。仕方ないさ」
「晩御飯、お肉がいいよね?」
「まぁそうだな。お前はいいのか?脂っこい食事で」
「うん。お肉大好きなんだ」




