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探偵アケチの黙視録  作者: 弐乃
落ちる警官
41/52

シェルター

「鍵ちょうだい。この部屋の」

 ヒロがさらりと言う。

「おいおいー」

 アケチは目を泳がせる。さすがに中学生から自宅の鍵をくれと言われるとは思っていなかったのだろう。

 ヒロはアケチの狼狽ぶりを見ながらも努めて冷静な表情だ。

「僕にはシェルターが必要なんだよ。安全で居心地のいい居場所がね。僕は生きていくために必死なんだ。アケチ先生みたいに趣味で探偵ごっこをしてるわけじゃないんだ。今どうやって生き延びるか、今日一日どう過ごすかに必死なんだよ」

 ヒロは口を尖らせ上目遣いにアケチを睨む。みるみる目に涙が溢れて頬を流れていく。

「まぁまぁアケチ君、いいじゃありませんか」

 ナミコシ警部は事件解決の糸口を見つけた嬉しさからか気楽な調子で言った。

「警部、そんな無責任な」

 ナミコシは慌てたように、

「いやいや、無責任というわけではー 私もこれでも警察官ですから。ヒロさんをみれば虐待行為に苦しんでいることぐらい分かります。これくらいの年齢の子の居場所は限られています。家か学校か友達の家か。後は塾や近くのショッピングモールか。安全な居場所の確保は犯罪の防止にもつながるわけです」

 アケチは若干恨みがましい目付きでナミコシを睨む。

「私も色々お手伝いしましょう」

「お願い、先生」

 ヒロが両手を揃えて頭を下げる。アケチは敗北のため息をつく。

「夜八時以降はダメだ。それと午前中も」

「ありがとう先生!」

 ヒロが泣き笑いで言う。アケチは困ったような顔でヒロから目を逸らした。

「ご飯、作るね」

 夕飯作りに戻るヒロ。アケチは抗議の意を込めた一瞥をナミコシに送る。

「なぁに、ご心配には及びませんよ。なんなら部屋にカメラでもつけましょうか?万一の場合にアケチ君の潔白を証明できるように」

「そんなことしたら僕のプライバシーはどうなるんです?」

「どうにもなったりしませんよ。プライバシーなんてそんなもの、幻想ですよ。警察官やってるとよく分かります。皆んながあると思い込んでるからそこにある。そういうもんですよ、プライバシーなんて」

 アケチはナミコシの気楽の調子に呆れながらため息をついた。

 しばらくしてヒロが二人に声をかける。

「晩御飯できたよ。もう食べる?」

「あぁ」

 一刻も早くヒロを追い出したいアケチはぶっきらぼうに答える。

「刑事さんも食べるよね?」

「よろしいので?いや、助かりますな。この後また署に戻って一仕事しなければならんのです。ここで食事にありつけるとはありがたいですな」

「先生、お客さん用の食器、使っていい?」

「あぁ」

 ヒロは食器棚の奥から、この家に引っ越して来て以来使ったことなかった来客用の食器を取り出す。

 ヒロは食器を洗ってから布巾で丹念に拭く。炊飯器が開けられ白い湯気が立ちのぼる。

「後からお米追加したからなぁ。ムラになってないといいけど」

 ヒロはナミコシが来た後、水を吸わせていた米の中に、新たに洗った米を追加していた。年に似合わず気遣いのできるタイプらしい。

 夕飯はトマトと卵の炒め物。豆腐、もやし、ひき肉のどっさり入った酸辣湯スープ。レタスとブロッコリー、豆のサラダ。

「やぁ、これは美味そうですな。では、いただきます」

 ナミコシが嬉しそうに言って箸を手に取る。アケチも口先で「いただきます」とつぶやいてから食べ始める。


 美味いー


 アケチは内心をおくびにも出さずに箸を進める。

「いや、美味しいですな。お店の味ですよ」

 ナミコシ警部が称賛の声を上げる。

「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな。でも成人男性二人には少し軽いかなぁ?」

「いやいや、そんなことは。ねぇアケチ君」

「あぁ」

 ぶっきらぼうな態度のアケチ。ヒロは嬉しそうに笑いながら夕飯を口に運んでいた。

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