遺書なのか?
「うーん」
ナミコシ警部が広い額を撫でる。
「遺書として読めばそうも読めますし、違うと言えば違う。アケチ君はどう思います?」
アケチはジッと便箋の文字を見つめる。
「字は乱れてない。遺書と言うやつを見慣れてるわけじゃないんで確証は無いけどー 自殺しようとする人間の字には見えない」
ナミコシ警部も同意するように頷く。
「そうなんですよ。遺書をしたためるには適さないメモ用紙かなとも思いますし、それにこんなペンを使いますかね?」
メモの文字は鮮やかな紺色の太い線で書かれている。字体は荒くもなく、流れてもいない。落ち着いた丸っこい文字は、どちらかと言うと女性っぽい印象を受ける。
「メモの中央に、バランスよく文字が配置されてるし。字の雰囲気からもデザイン性と柔らかいコミュニケーションを感じるし。遺書というには少し無理があるかな」
ナミコシ警部は封筒から何か取り出しながら、
「遺書というより誰かに宛てて書いたとも思えますな」
「えー、どれどれ?見せて?」
「おい、お前は向こうへ行ってろ。子供の見るものじゃない」
寄ってくるヒロを邪険に追い払うアケチ。ヒロはプッと頬を膨らませながら、
「自分だって成人してそれほど経ってないじゃないか。精神的には僕の方が大人なんじゃない?」
ナミコシは楽しそうに笑って見ている。証拠品を隠そうともしない。
「とにかく、お前はダメだ。向こうでー 音楽でも聴いていろ。ヘッドフォンがあるから」
ヒロは拗ねた表情で言う。
「僕はご飯の準備があるから。どうぞごゆっくり推理ごっこを楽しんで」
ヒロはキッチンの壁際に掛けてあったエプロンを手に取ると手早く身に着けた。
「まぁまぁ、とにかくこれを見ていただけませんか」
ナミコシが数葉の写真をアケチに見せる。カメラに向かって微笑む女子高生。いや、双葉六郎だ。
「スマホから何とかデータを取り出せましてね」
つまり双葉六郎のスマホに残っていた写真だ。
「タイムスタンプは死の一ヶ月前。撮影者も女性。若い女性と思われます」
「なぜそれが分かったんです?」
「瞳ですよ。双葉の瞳に撮影者が映ってました。残念ながら若い女性らしいということ以外はわかりませんが。双葉のスマホで撮ってやったのでしょう」
アケチは写真に見入りながら尋ねる。
「データのほうも見られますか?」
「一度署に来ていただく方が早そうですな。証拠品を持ち出すのもなかなか面倒が多いですから」
写真の中の双葉は栗色の長髪のカツラを被り、白地のセーラー服、赤いスカーフ、紺のミニスカートを着ている。
念入りに化粧を施した双葉は満面の笑みで、両手の指で作ったハートマークを胸元に添えている。
アケチは双葉の目に注目する。目に浮かぶ表情は喜悦と若干の羞恥、そして願望。悩みや苦しみの影は全く見られない。今そこにいる自分を心から愛し、今そこにいることを心から楽しんでいる。
写真に写り込んだグラスを満たすのはオレンジジュースだろうか。アルコールも入っているかもしれないが、双葉の目や顔つきからは酔いは感じられない。
短いスカートから伸びた足は生ハムの原木のように太く逞しいのでピタリと閉じることができないらしい。膝は象の皮膚のように分厚くひび割れており、足中にモシャモシャとタワシのようなすね毛が繁っている。
「セーラー服は赤沢高校のですね」
アケチは市内にある公立校の名を挙げる。
「えぇ、よく分かりますね。市立赤沢高校です。双葉の出身校ですよ。もちろん当時の彼は男子生徒としてブレザー姿で高校生活を送ったわけですが。そこから奈良体育大学を経て京都府警に入っています。大学では柔道をやってました」
「先生ったらセーラー服とかにやたら詳しいんだね」
ヒロが夕食の準備をしながら会話に入ってくる。
「お前は嘴を挟むな」
ヒロはプッとむくれて見せる。
「晩御飯の準備をしてるんじゃないか。あまり遅くまで僕にいられるのは嫌でしょ?セーラー服好きの探偵さん」




