狼狽するアケチ
洗濯が終わるとヒロは洗濯物を畳んでくれる。アケチはそんな事はしなくていいとヒロを止めようとしたが、
「こういうの慣れているんだ。先生は気にせず自分のことをしててよ」
と手際よく洗濯物を畳み始める。アケチはどうしていいか分からず、あまり右往左往するのもみっともないので結局好きにさせておくことにした。
ヒロはまるで長年住んでいるかのように室内の物の配置を正しく見抜き、
「ここでいい?」
とアケチに断りながら洗濯物をタンスや収納ボックスにしまった。
洗濯物が片付くとアケチは検査官の査察が終了したかのような安堵感を覚えた。
アケチが胸をなで下ろしたのも束の間、
「さぁてと」
と、ヒロは冷蔵庫の中を検分し始める。
「今度は何だ?」
戦々恐々のアケチにヒロは涼しい顔で返す。
「夕ご飯の準備さ。夕ご飯、家で食べるんでしょ?先生は人嫌いー ううん、正確にはコミュニケーション恐怖症だからさ。別に気にすることないよ、コミュ障とか人見知りとかって性格のバリエーションの一つなんだからさ」
中学一年生の幼く澄んだ瞳でそう言い切られると、アケチはまともに反論することもできずイライラを募らせるばかり。それを察したのか、ヒロは手を揃えてちょこんとお辞儀をする。
「お願い先生。先生が家で食べてくれれば僕も今日は飢えずに済むんだ」
アケチは視線をジグザグと左右に揺らしながら、
「好きにしろ」
と言うのが精一杯だ。アケチは大して会いたくもなかったナミコシが一刻も早く到着するよう願わずにいられなかった。
「ふーん、案外色々揃ってるね」
などと言いながら、ヒロは準備に取りかかる。
「おや、お米は玄米だね?実家から送ってきてくれたんだね?」
当たっていたがアケチは返事をしなかった。
「ご実家の人は先生の事を気遣ってくれているんだね。うらやましいな」
ヒロは米を三合米櫃から炊飯器の内釜へ移すと、手際よく米を研ぎ始める。ヒロは随分と家事をし慣れているようだった。
米を研ぎしばらく水に漬けておく。その間に冷蔵庫からトマトと卵、もやし、豆腐、豚ひき肉を取り出す。
「準備はOKと。ご飯、七時くらいでいい?」
「食べたら帰るんだぞ?」
アケチは念を押す。
「そんなに心配しなくてもわかってるさ」
ヒロはイタズラっぽい目付きでアケチを見て笑う。
アケチにとって幸運なことに、予想よりも早くナミコシがやって来た。待ちかねていたアケチは早々にナミコシを室内に招き入れる。
「こんにちは」
ヒロが愛想良くナミコシに挨拶する。
「やぁ、こんにちは。何だか意外な取り合わせですな」
ナミコシは笑いながらアケチと広を見比べている。
「先に仕事の話を済ませましょうか」
ナミコシは革のブリーフケースから茶封筒を取り出す。アケチはヒロに向かって、
「仕事の話なんだ。そっちで待っててくれ」
「分かったよ、先生」
「おや?家庭教師の生徒さんでしたかな?」
「いや、まぁー」
アケチは口を濁してキッチンのテーブルに腰掛け、ナミコシと向かい合う。
「先日お見せした遺書ですが、何とか原本を持ち出せました」
ナミコシはビニール袋に入った双葉六郎の遺書を取り出す。
「袋からは出さないようにお願いします」
アケチは「わかりました」と言って遺書を手に取る。
薄い桜色の無地の便箋に紺のフェルトペンで書かれた文字が並ぶ。横書きだ。
私はセーラー服が好きです。私はお化粧するのが好きです。 ふたば
セーラー服姿でビルから飛び降りた警官。全身をアスファルト敷の歩道に叩きつけ、捻じくれたモズの早贄のような姿で死んだ警官。彼のポケットに入っていたという便箋。
「筆跡は双葉本人のものです」
ナミコシが言う。アケチは首を傾げる。
「これって遺書ですかね?」




