スープと洗濯機
ヒロは黙ったまま舐め終えた指をテーブルの上のティッシュペーパーで拭いた。アケチは続ける。
「僕もお前が家でどんな生活を送っているかを推理しようなんて思わない。推理したところで助けてやれるわけじゃないしな。とりあえずー」
アケチはキッチンの戸棚から何か取り出す。
「これでも食べるか?」
アケチが持っているのはカップのインスタントスープだ。マカロニや豆の入った具沢山のトマトスープ。
ヒロは黙ってコクリと頷く。アケチはカップを開け、電気ポットのお湯を注ぐ。スプーンを添えてヒロの前に置いた。
「二分だ」
ヒロはまた黙って頷く。しばらくしてヒロがカップのフタを剥がしにかかる。
「まだ一分少しだぞ?」
「先生はカップ麺にお湯を注いで三分間きっちり待つ人なんだね?」
ヒロは小さく微笑んでそう言うと、カップの中身をスプーンでかき混ぜる。トマトスープの薫りが部屋に広がる。ヒロはカップを手に持ったまま上目遣いに微笑む。
「いただきます」
トマトとマカロニをスプーンですくい上げ、軽くふうふうと冷ましてから口へ運ぶ。目を閉じてマカロニを噛む。
「んー 美味し」
アケチは魅入られたようにスープを食べるヒロを見つめる。ヒロの表情は生き生きと輝いている。中学一年生が初めて出会った年の離れた男性に見せる顔とは思えないほど、無防備で感情豊かな顔だ。
ヒロは時折澄んだ目でアケチを見つめ返しながら、手を止めることなくスープを口に運ぶ。
やがてカップを傾けて中身を全て飲み干したヒロは、再び何の躊躇いも見せずにアケチに視線を当てる。
「ごちそうさま。美味しかったよ先生。先生の言う通りさ。僕、お腹ぺこぺこだったんだ」
「んー あぁ」
むしろアケチのほうが視線を逸らしつつ、ちょっと困ったような返事をした。ヒロはアケチの困惑を楽しむかのように、澄んだ瞳をアケチに向け続ける。
「何か、することある?先生?何でも言って。約束通り、できることは何でも手伝うから」
アケチは困ったように、
「そこで宿題でもしてればいい」
「教科書も何も持ってきていないよ」
「じゃあ読書でもしていろ。その辺に積んである本を適当に読んでおけ」
「分かったよ。でもその前に」
ヒロは立ち上がる。
「洗濯物を片付けるよ。随分と溜まってるみたいじゃない」
アケチが慌て気味に言う。
「いや、そんなのはいいからー」
ヒロはもう洗濯機のある洗面スペースへ向かいながら、
「もし汚れた下着を見られたら恥ずかしいとか考えてるなら、僕はそういうの全然気にしないよ、先生。先生の下着が凄く汚れていても平気で触れるし、汚れた下着と先生のことを一緒くたにしたりしないさ」
ヒロはそう言って山盛りの脱衣籠の中身を洗濯機に移し始める。アケチは観念してそれ以上何も言わず好きにさせておいた。ヒロは手際よく汚れ物を仕分けし、特に迷うことなくいくつかのボタンを押して洗濯機を回し始める。
「思ったよりひどくないじゃない?もっと汚れてるのかと思ったよ。先生は彼女と会うときだけ綺麗な下着を着ける人じゃないんだね」
洗濯機の回る音が丁度良い緩衝音となり、アケチの緊張を若干和らげてくれた。洗濯が終わるまでの三十分程を二人は読書をして過ごす。
直感像記憶者であるアケチは情報収集と楽しみのための読書を分けて考えている。ヒロのせいで少し上の空のアケチは読書を楽しむことにも情報収集にも集中できず、仕方なくクロスワードパズルをしながら時間を潰す。
ヒロは書棚から北極圏の生活の様子や動物の写真集を取り出して眺めている。
「写真で見ると寒さが伝わらないなぁ」
独り言かと思いながらアケチがヒロに視線を送ると視線がかち合う。ヒロが微笑むので少し気不味い気分でアケチは視線を逸らした。




