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人形探偵 ~その人形、死体の匂いを嗅ぎ分ける~  作者: 卜部ト書
第1話 死の筐体

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7.魔法の前提条件②

「さて。そろそろお待ちかねの推理編――といきたいところですが。まだあと一つだけ確認事項が残ってます」


 長くなったが、これはまだ、事件の謎を解く前の『前提条件』の確認段階である。


「これが最後の確認です。それは魔法の発動条件に関してです。」

 りんごさんは空のティーカップに紅茶を淹れながら言う。


「魔法の発動条件?」


「はい。以前もお話ししましたが魔法は別に万能なものではありません。杖を振るだけで瞬間移動をしたり空を飛んだりなんかはできません。あくまで『現代の科学技術より高度に発達したもの』が魔法なのです。またその魔法を発動するためには事前に『術式』を組み込まなくてはならないのです」


「『術式』?」


「はい。あの動く水を操っていた彼女を思い出してみてください。彼女があなたの口内に水を口移しする前――なにか変な動きをしていませんでしたか?」


「動き……」


 そもそも、水を口移しすること自体が変なことだし、あのときの嫌な記憶を鮮明に呼び起こしたくない気持ちもあり、ぼくが考えあぐねていると、

「彼女。口をくちゅくちゅと動かしていませんでしたか?」

 と、りんごさんが助け舟を出した。


 言われて、ぼくは思い出す。

 たしかに彼女はあのとき、うがいのような口の動きを見せていた。

 キスする前の口臭ケア?

 ……いや、違う。殺す気があるなら、わざわざそんなことをする必要はない。


「それに普通、うがいをしたあと、その水はどこかに吐き捨てるはず。屋内ならともかく屋外でであればなおさら……うがいした水なんて、そのまま地面に吐き捨てればよかった。それなのに、彼女はあえてそれをしなかった。つまり……」


「そう。それが魔法を発動するための『術式』の条件です」


 そう言って、彼女は微笑した。


「あれは『魔法式』という種類の術式なのですが――物質に自(・)身(・)の(・)体(・)液(・)を混ぜることによって魔法の発動を可能にしているのです」


「体液を混ぜる……」


 つまり、あのとき彼女がうがいをしていたのは、ペットボトルの水に自身の唾液《だえき》を混ぜるための行為――魔法を発動するための予備動作だった、ということになる。


「そしてこの情報は今回のエレベーター事件の謎を解く最大の鍵となるのですが……」


 そう前置きし、りんごさんは続ける。


「実はこの『魔法式』。他の術式にくらべてあまり使い勝手がよくありません。理由は有効射程距離が短いからです――『魔法式』を組み込んだ物質の半径十メートル以内に使用者がいなければ『魔法式』は発動することができません」


「半径十メートル……」


 そう言われて、ぼくははっとする。

 つまり。

 あのとき――エレベーター内で三人が窒息したとき、その近くのどこかに魔法使いがいた、ということになる……のか……?


「…………」


 そんなふうにぼくが思案していると、りんごさんは両手をぱんと合わせながら、

「とまあ以上が――推理編に入る前の『前提条件』の確認になります。何か質問はありますでしょうか?」と話を締めにかかった。


「他にも『術式』ってあるんですか?」


「はい。『魔法式』のほかに『魔法陣』『魔道具』などがあります。ですが今回の事件では関係ないので今は説明を省きます」


 りんごさんは、部屋の隅に立てかけてあった黒い日傘を、横目で見遣りながら言った。


「ということは、エレベーター事件の犯人は『魔法式』を組み込んだ硫化水素を犯行に利用したということですか? それ以外の術式を用いたという可能性はありませんか?」


「それはありえないと思います。『魔法陣』は高度な知識と技術を要しますし何より自身の魔力に充ちた体液で幾何学《きかがく》模様を描かなくてはなりません。だから『魔法不干渉』の門間さんが乗った時点で『魔法陣』は無効化されてしまうと思います。また『魔道具』は特殊な魔具《まぐ》が必要です。そしてそれを持っているのは基本的に”魔女”だけです。ですので今回に関しては考えなくて大丈夫です」


「わかりました」


「他に質問はありますか?」


「いえ。大丈夫です」


「では。前提条件も話し終えたことですし――そろそろエレベーター事件の真相を語るとしましょうか」


 ぼくはりんごさんが説明してくれた、いくつかの前提条件をもう一度頭の中で整理した。


 ①この世界には『魔法』という技術が存在する。魔法は「杖を振って何でもできる万能なもの」というより、「現代の科学技術より高度に発達したもの」というイメージだということ。

 ②魔法を扱う人間を『魔法使い』といい、魔法使いに魔法を教えているのが、”魔女”という不老不死の化物だということ。

 ③ぼくこと――門間閖門《もんまゆりと》は、そんな魔法を完全に無効化する『魔法不干渉《ブラックボックス》』と、『女難の相』という、女性絡みのやっかいごとを呼びよせる――二つの特殊体質を有しているということ。

 ④魔法を発動するためには『術式』が必要。そして、今回用いられた『魔法式』という術式の条件は、「物質に自身の体液を混ぜること」と「魔法発動時、その物質の半径十メートル以内に使用者がいなければならない」ということ。


 ――以上四点。

 これが、あの奇妙な事件を解く鍵となるらしい。


「さて。これらを踏まえた上で一緒に考えてみましょう。誰が彼女たちを殺した犯人だったのかをね。門間さん。お手数ですがもう一度あのときの状況――エレベーターに入る直前のエントランス部分の状況を思い出してみてください。そこにいた人物の中に真犯人がいます」


 そして彼女は、例の”魔女”のような微笑を浮かべながら言った。


「さあ。推理編と参りましょう」

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