17.痣の魔女
「他にも人形の身体である利点や面白い部分は色々ありますが。それはまた別の機会にしておきましょう」
両脚の取り付けが完了したところで、彼女は話を切りあげた。
りんごさんは新しい脚の具合を確認しながら立ち上がる。ちなみに、代えの脚にはタイツや靴などの装飾品がない生足のため、破れたスカートの裾と相まって、なんだか一部の特殊性癖に刺さりそうな格好になっていた。
「さてと」
りんごさんはそう呟くと、いまだにへたり込んでいた清掃員のほうを振り向いた。
彼女と目が合った彼は、身体をぎくりと震わせ伏し目がちになった。すでに金的のダメージからは回復していたが、それでも彼からは反逆の意思がまったく感じられなかった。
「あまりここに長居するのはよくないですね。そろそろ教えていただけませんか。あなたに魔法を教えた”魔女”の情報を……どんな些細なことでも構いません。そうすれば無事なまま警察に引き渡すことを約束しますから」
「…………」
「わたしの目的はあくまで”魔女”に関しての情報だけです。正直あなたのような人間は人の心を持たないわたしでも到底許すことのできない卑劣漢ではありますが……あなたを裁くのは人間でも人形でもなく『法』です。あとのことはすべて警察に任せることにします」
「……本当に……命は許してくれるのか?」
「ええ。素直にお答えしていただけるのであれば」
「……はあ」
清掃員は、観念したように肩を落とした。
「わかった、俺の負けだ。お前らに俺の魔法は効かねえ。もう、どうしようもねえ。……だが一つだけだ。あの”魔女”は、俺のくだらねえ人生を変えてくれた恩人だ。だから全部は言わねえ。ひとつだけ”魔女”の情報を吐いてやる――痣だ」
清掃員は人差し指でこめかみを指しながら言った。
「痣?」
「ああ。俺に接触してきた”魔女”は、額から頬にかけて、火傷みてえなでかい痣があった。奴はそれをとてつもなく長い髪で隠していた。だから奴の顔まではよくわからなかった。……それくらいだ。それ以上は何も言わねえし、そもそも俺も詳しく知ってるわけじゃねえ」
「顔に火傷のような大きな痣……」
りんごさんは口に手を当てながら思案する。心当たりがあるのかないのか、その横顔からは読み取ることができなかった。
「さあ、俺は情報を吐いたぜ。だからもういいだろう? 早く解放してくれ!」
「ええ。そうですね」
りんごさんは、ぼくのほうを振り向いた。
「すみません。刑部警部に連絡していただけますか? わたしは彼を見張っているので」
「は、はい。わかりました」
ぼくはポケットからスマートフォンを取り出して、アドレス帳から刑部警部個人の番号を呼び出し、通話ボタンに指をかけた。
しかし。
そのときだった。
「あ……あ、ああ……」
清掃員の様子が、急変した。
顔は青ざめ、呼吸が早まり、汗が滝のように流れ、大きく開いた瞳孔は、部屋のある一点を見つめていた。
「あ……あああああ……あああああがががががががああああああああ……っ!」
「……?」
彼の視線の先を追うが、そこには何もない。
「許してください許してください許してください許してください許してください……」
彼はそんな言葉を繰り返し呟きながら、目に涙を浮かべていた。懇願と言ってもいい。手足が小刻みに震えている。それに失禁もしていた。彼の態度は明らかに、底知れない恐怖から来ているものだと、ぼくは直感的に理解した。
「なんで……なんで、こんなところに、お前が……っ!」
清掃員が、ありもしない何かに向かって、声を絞り出す。
「なんで、こんなところに、魔――」
その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
――刹那。
清掃員の首が宙を舞い――床に落ちた。
「……っ!?」
息を呑んだりんごさんは、瞬時に日傘を構えて周囲を警戒する。
「……うわああああぁっ!?」
冷静な彼女とは対照的に、ぼくは恐怖で悲鳴をあげて腰を抜かした。その拍子に携帯電話を放り投げてしまった。
誰も触れていない。刃も見えなかった。
ただ、すぱっと切り離された頭部が、床に転がりながら血をまき散らす。転がった頭部の目からは完全に光が消えていた。しかもその表情は、死してなお恐怖の念を抱いているように見えた。
頭部が切り離された胴体側の首からは、噴水のように血が噴き出しており、室内の床や壁、各種備品を赤く染め上げていく。血飛沫の勢いは凄まじく、清掃員から離れた場所にいたぼくの身体をも濡らしていった。
あまりの惨劇に、ぼくは思わず吐きそうになった。
無論、ぼくよりも清掃員の近くにいたりんごさんにも血飛沫は届いていたが、彼女は日傘を開きながら部屋の角に飛び退き、今度は屈んだ姿勢で――足元も濡れないような防御姿勢を取った。その目論見は成功し、飛んできた血飛沫が彼女を濡らすことは、一滴たりともなかった。
清掃員の血を咄嗟に防御したのは、生理的嫌悪感からくる行動ではなく、おそらくは先ほど、自身の両足を消滅された反省を生かしての行動だろうと、ぼくは思った。
「清掃員の首が……一体どうして……」
「彼のあの怯え……まさか……」
りんごさんは何かに気づいたように、部屋のあちこちを警戒するように観察する。
「…………」
室内はとてもしんとしていたが、とてつもない「何か」がこちらに迫っているような……常に誰かに見られているような緊張感が、ぼくの第六感を刺激していた。
やがて。
「やれやれ」
と――聞いたことのない、女の声がした。
「飼い犬に手を噛まれるとは……まさにこのことだな」
「……っ!?」
ぼくたちは、声のするほうに視線を向けた。
しかしそこには、切り離された清掃員の頭部しかなかった。
だが、その頭部の目玉がぎょろりと動いて、こちらを睨んだ。そしてさらに、その頭部の額から頬にかけて――火傷のような大きな痣が、ぬるりと浮かび上がった。
女の声は、その頭部から発せられていた。
「その痣……っ!」
りんごさんが息を呑んだ。
「清掃員が言っていた、”魔女”の痣――じゃあ、あなたは……っ!」
突然の『彼女』の来訪に、さすがのりんごさんも平静を装うことができていなかった。
それを助長するかのように、彼女の胸に入っている心臓が――大きく鼓動した。




