16.花園林檎の秘密
りんごさんは、自身のことを滔々《とうとう》と語りはじめた。
「わたしの正体はヴィクトリア時代に”魔女”の手によって作られた自律人形です。
見た目や肌の質感など外側に関しては普通の人間と見分けがつかないくらいには精巧に作られていますがね。
まあ。わたしを作った”魔女”からしてみればこの身体の精巧さは大成功と言ったところでしょうか? ……ここ笑うところですよ?
しかし。いくら人間に似せたところで所詮は人形……器だけでは動かないのです。魔法を使う際の『魔力』のように――動力がいるわけです。
そしてこの身体を動かしている動力というのが――わたしの胸に埋め込まれた『魔女の心臓』というわけです。
この心臓がこの身体に花園林檎という意思を与え。悠久の時を生かしているのです」
説明を続けながらも彼女は、床にへたり込んだ清掃員の動向を見据えていた。
精巧に造られた、宝石のような無機質な瞳で。
「しかし」
と、彼女は続ける。
「わたしには『わたしが作られた前後の記憶』がありません。この身体を作った”魔女”のことや。この身体に埋め込まれている『魔女の心臓』が誰のものなのかも」
「りんごさん……」
「わたしはそれを知りたい」
彼女は、哀愁を帯びた声で言った。
「自分のルーツを。”魔女”がどういう理由や経緯でわたしを作ったのかを。どうして自分が生まれたのかを知りたいのです。それを知るために――わたしは”魔女”を探しているのです」
「…………」
りんごさんの説明でぼくはようやく、これまでに抱いていた彼女に対する、いつくもの疑問が腑に落ちた。
全身が爛れ、両足が欠損し、胸部が崩れ落ち、それでもなお平然としていられたのは、そういうことだったらしい。
「人形の利点その一――わたしは痛覚などの感覚を自在に制御できます」
そう言って、得意げに胸を張るりんごさん。しかし彼女は今、胸部が崩れ落ちているとはいえ上裸のままであり、色々と見えてはいけない部分が露出されていた。……非常に目のやり場に困る。
「ああ。これは失礼致しました」
異性に裸を見られているのにもかかわらず、彼女は恥ずかしがる素振りを少しも見せなかった。この辺の感覚も人形ならではなのかもしれない。
「恥ずかしがることはありません。なんせわたしの身体に恥ずかしいところは一つもありませんから」
「りんごさんが恥ずかしくなくても、ぼくが恥ずかしいんですよ! いいから早く隠してください!」
ぼくに言われて彼女は、脱ぎ捨てた衣服をサラシのように巻いて応急処置をした。しかしそれでも、露出している肌色面積が多く、目のやり場に困ることには変わりなかったが。
自分の身体に自信があるのはいいことだけど、別に曝け出す必要はないだろうに。……やっぱりこの人は変態なのかもしれない。
「ああ。変態といえば」
彼女は思い出したように、ぼくが手にしていた鞄を見た。
「門間さん。その鞄を開けてもらっていいですか」
「え、今ですか?」
「はい。今が使いどきです」
ぼくは彼女に言われた通り、大きな鞄を開けて、中を確認した。
「こ……これはっ!?」
中には人間の手足――四肢が入っていた。
「本物の人間の手足ではありません。これも精巧に作られた人形の四肢です。まあこれを作ったのは”魔女”ではなく知人の職人さんですけどね」
言ってりんごさんは鞄から右脚を取り出し、消滅させられた自身の脚に接続しようとする。
「そしてこれが人形の利点その二――わたしの四肢は取り外しが可能です。なので多少手足が切断されたくらいどうってことありません。……すみませんがもう片方の脚の取り付けを手伝ってくれませんか? 自分でやるのは少し難しくて」
「あ、はい」
ぼくは鞄から左脚を手に取った。肌の感触や肉づきなど完全に人間と同じだった。その妙な精巧さに鳥肌が立つ。
「じゃあ、取りつけますね……」
さっそくぼくは、左脚の取り付け作業にかかった。取り付け方がわからず悪戦苦闘していると、りんごさんが身悶えはじめた。
「あ……いやん。くすぐったいです……」
「え、あっ! ご、ごめんなさいっ!」
「嘘です。痛覚だけじゃなく感覚も遮断されているので何も感じていません」
……じゃあ、なんの演技だったんだ。
「サービスシーンというやつです」
「はあ……」
ぼくはりんごさんの言葉を曖昧に濁した。彼女もすぐにすんとして、人形の身体の説明を続ける。
「この身体は基本的に『外側』の痛覚がありません。だから刺されようが捥がれようが全然平気だったのです。ただしこの身体にも弱点はあります。それは『内側』――特に『魔女の心臓』に強い衝撃が加わると前後不覚になってしまいます。……先ほど彼に激突されて壁にはさまれたときはさすがに肝を冷やしました」
だからあのとき、彼女はぼくの呼びかけに応じなかったのか……。
「あ……りんごさんの身体、よく見ると継ぎ目があるんですね」
戦闘中や、急な露出行為に目を奪われたときは気づかなかったが、よく見ると彼女の肩や首や膝などの関節部分には、人形特有の継ぎ目があった。今思えば、彼女の異常なまでに素肌を隠したファッションは、日に焼けるのを嫌ってではなく、関節部分の継ぎ目を隠すためのものだったらしい。
「ちなみにこうやって……関節を逆方向に曲げることもできますよ」
彼女は手袋を取り、細い人差し指を掴むと、涼しい顔のままその指を、手の甲側に思いきり捻じった。またそれは指だけでなく、他の関節も同様に自在に曲げたり取ったりすることができるそうだ。
つまり彼女は、四肢を付けたり外したり、関節をあらぬ方向に曲げたりすることができる変態……ではなく「変体の人形」だということである。
しかも。これだけでは終わらなかった。
「そして」と、彼女は続ける。
「人形の利点その三――わたしは人形ゆえに呼吸をしていません。わたしの生命活動に必要なものは『魔女の心臓』だけであり呼吸どころか睡眠や食事すら必要ありません。だからわたしは酸素濃度の低かった空間の中で生き残ることができたのです」
「じゃあつまり、あのときぼくに口づけをした理由は……人工呼吸ということですか」
「ご名答」
ぼくの解答に、りんごさんは微笑した。
あのとき――ぼくの視界が暗転しかける寸前、彼女はぼくに口づけをした。口づけと言っても恋人同士がする甘いものではなく、気道を確保しつつ、鼻をつまみながら大きく息を吹き込むという、人工呼吸スタイルだった。
「『魔法不干渉』の門間さんに対して犯人が別の方法で窒息させにくることは容易に想像できましたからね。ですからわたしは探偵事務所を出発する前に『準備』をしておいたのです――酸素缶の空気を体内にたくさん吸入してね」
「ああ……」
あのとき彼女が手にしていたスプレー缶は、酸素缶だったのか……。
それを口から吸入して体内に保管し、人工呼吸に使用した。
『青の紅玉作戦』と彼女は言っていた……。まあたしかに絵面だけを見れば、むりやり体内に宝石を詰められたガチョウのようではあるが。
でもちょっとこじつけのような気もするなあ……。
「というか、ぼくが読書をしていた裏で、そんな面白そうなことやってたんですね……」
そういう芸当ができるのも、人形ならではということか。……その光景、見てみたかったな。
しかしこれで色々と、彼女に対するぼくの気持ちに得心がいった。
『女難の相』ゆえに女性恐怖症になったぼくが、どうしてりんごさんにだけは嫌悪感を抱かず、普通に接することができたのか。さらにそのうえ、彼女を一人の異性として意識してしまうのかの理由に。
答えは単純だった。
そもそもりんごさんは女性である以前に――人間ですらなかったからだ。




