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人形探偵 ~その人形、死体の匂いを嗅ぎ分ける~  作者: 卜部ト書
第1話 死の筐体

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10.現場検証①

 結局りんごさんは、何の準備をしていたのかを教えてくれることはなかった。

 その代わりぼくは、ビルに向かうタクシーの中でこれから清掃員と対峙するにおいて、先に知っておかなければならないことを確認した。


「そういえば、清掃員が使っていた魔法のことなんですが……。彼は一体、どんな種類の魔法を使っていたんでしょうか?」


 一口に魔法と言っても、その種類は千差万別――魔法の能力は使用者の人格や価値観、願望、恐怖といった精神性に強く影響を受ける。そのため同じ魔法は二つとして存在せず、魔法使いはそれぞれ固有の能力を持つらしい。


『一つの人格につき、一つの魔法』。


 これも魔法のルールのひとつだ、と前にりんごさんは言っていた。

 それは魔法が単なる技術ではなく、使い手の魂そのものを映し出す現象だからだ、とも。


 清掃員の彼はエレベーターのトリックを用いて、硫化水素の『散布』と『回収』を短時間で一人でやってのけた。それができたのはもちろん魔法のお陰なのだが、そうなると気になるのは、彼が『どんな能力』でもってして、こんな芸当を成し遂げたのか――ということだった。


 ぼくの質問に、彼女は少しだけ考える素振りを見せてから答えた。


「まだ確実なことは言えません。ですがおそらく自身の血液を混ぜた気体の『粒子を操る』類の魔法だと思っています。人体に直接攻撃できる魔法ならあんな面倒くさい筐体トリックを採用するはずないですもの」


「それは、そうかもしれないですね」


「なんにせよ」


 りんごさんは、手にしていた真っ黒な日傘に目をやりながら言う。


「大体の能力や向こうの手の内はすでにわかっています。相手がどんな手を仕掛けてこようとも問題はありません。門間さんは大船に乗った気持ちでいてください」


「はあ……」


 本当に大丈夫なんだろうか……。


「ちなみに清掃員に会ったあとは、どうするんですか?」


 まさか某探偵よろしく「犯人はお前だっ!」とか言って、そのまま事件が解決するとはぼくも思っていない。

 というか魔法使いの性質上、そのほとんどが「反撃」をしてくるのである。

 その反撃をいなしつつ、「真犯人を捕まえて無実を証明してほしい」というぼくの依頼を、解決する算段が立っているのだろうか?


「まだ状況証拠だけなので彼が魔法使いである物的証拠が欲しいところですね。件《くだん》の硫化水素とか”魔女”との繋がりを示す何かとか……」


「まずはそれの調査ということですね」


 そう言ってぼくは、腕時計の時刻を確認する。

 現在、昼の十二時。

 大半の従業員は、これから昼休憩の時間帯である。


 りんごさんは人が少なくなるこの時間帯を狙って、エレベーターの調査をするつもりらしい。

 なのでぼくは、その際の詳しい段取りやぼくの役割なんかを訊こうとしたのだが、タクシーの運転手が「もしかして、これから何かの撮影ですか?」とこちらに話しかけてきたので、これ以上、魔法や事件絡みに関する話をするのを控えることにした。


 代わりにぼくは、探偵事務所を出る際、りんごさんに持たされた「大きな鞄」のことを思い出した。

 今はタクシーのトランクに積んでいるので正確なことは何も言えないが、大きさは大体ぼくの上半身を覆うくらいに大きく、外側は革製、用途としてはアタッシュケースに近そうだった。重さはおそよ十五から二十キログラムで、ぼくの細腕では持つのが困難なくらい重かった。


 ……一体、何が入っているんだろう?

 武器? 魔法のトリックを暴く機器類? 何の捻りもなく普通の札束?

 まさか鞄自体が、犯人に対抗する武器《どんき》というわけではあるまいし……。

 その鞄については、りんごさんに「使いどきが来たら合図します。それまで大事に持っていてください」とだけ言われている。だからそれ以上のことは何も知らされていない。


 なので今彼女に中身を訊いたところで――りんごさんも他の名探偵の御多分に洩れず秘密主義の傾向が強いため――まともな返答は期待できなかった。


 まあ、その内わかるか。

 ぼくはこれから起こるであろう魔法使いとの争いに備え、心を休ませるべく――考えるのをやめた。


 ちなみに、先ほどりんごさんの「準備」の待ち時間に読んでいた『青の紅玉』だが、普段ミステリー小説を読まないぼくでも、それなりに楽しんで読むことができた。

 簡単なあらすじとしては、盗まれた伯爵夫人の宝石『青の紅玉』が、なぜかガチョウの胃袋から見つかった。ホームズは持ち前の推理力を駆使し、ガチョウの持ち主や流通経路を辿り、宝石盗難の真相と犯人を突き止める、というものである。

 りんごさんの言っていた通り、ガチョウは物語の序盤で食卓を彩るチキンへと成り果てていた。この話のどの部分が彼女の琴線に触れたのかはわからないが、その大部分がガチョウの悲嘆によるものだとすれば、とんだキュートアグレッションである。たまに出る物騒な物言いだったり、不謹慎な発言もそうだが、やはり彼女はどこか人間味が欠けた変態なのかもしれないな、とぼくは思った。




 ほどなくして、タクシーはビルに到着した。

 正面扉を抜けると、それほど広くないビルのため、すぐ目の前に例のエレベーターが見えた。りんごさんの狙い通りエントランスには人ひとりいなかった。どうやら昼食のため、皆外食しているらしい。


 彼女はそれを確認すると、素早く行動に移した。ぼくたちが実際に乗っていた左側エレベーターの扉を開けると、筐体内を入念に調べはじめた。


「ふむ」


 扉、床、天井、壁、階数パネル、通気口などを一通り調べたあと、彼女は口に手を当てて、考え込むように唸った。


「筐体そのものに『魔法陣(・)』が仕掛けられている痕跡はないですね。となるとやはり犯人は『魔法式(・)』で魔法を発動しているようですね」


「『魔法陣』の痕跡って、ぼくや警察の人でもわかるんですか?」


 たしか『魔法陣』の発動条件は、体液で幾何学模様を描くとかなんとか、そんなことを言っていた気がする。


「いえ。血で描かれていると言ってもそのほとんどが見えないよう巧妙に細工されているんです。なのである程度魔法に精通している者でないと気づけないと思いますよ」


 ぼくは花園探偵事務所の本棚に、夥《おびただ》しい数の魔法に関する書物やあらゆる未解決事件の記事が並んでいたことを思い出した。ぼくも一度その書物を見たことがあるのだが、何が書かれていたのか(そもそも言語からして何語かわからなかった)すらわからないくらいには理解ができなかった。……あれだけの魔法の知識を身につけるのに、りんごさんは一体どれほどの年月を費やしたのだろう? 彼女の元々の知力が高いというのももちろんあるのだろうが、”魔女”を探すためという執念だけでそこまでの研鑽を積んできたことに、ぼくは非常な感銘を受けた。そして、りんごさんがそこまでして出会いたいと思っている”魔女”という存在が、少しだけ気になったりもした。


 というかこの人、本当に何歳なんだ?

 見た目通り、十代とかではなさそうだけど……。


「さてお次は……」


 エレベーターの中を調べ終えたりんごさんは、踵を返して無人の受付へと戻り、中の様子を一瞥した。受付の中はデスクと電話とテレビ、メモ等の小物類しか置いておらず、特にめぼしいものは何もなかった。しかしよく見ると、休憩室に続く扉が半開きになっており、扉の奥の様子が少しだけ窺えた。


「そういえば門間さん。休憩室の中はご覧になりましたか?」


 彼女は休憩室に続く半開きの扉を見ながら、ぼくにそう訊ねた。


「いえ、見てないです。ぼくが訪れたときも、その扉は開いていませんでしたから」


「この部屋は一体どうなっているんですかね? 管理人専用のお部屋なのか。それとも他のスタッフも利用可能なスペースなのか。すごく気になりますねえ」


「え? もしかして、あの奥の部屋に行こうとしてます? 『関係者以外立ち入り禁止』って書いてますよ。さすがに勝手に這入《はい》るのはまずいんじゃあ……」


「門間さん。あなたはご自分の無実を証明したいのでしょう? であればそのために罪が一つ二つ増えてもいいじゃないですか」


「いや……まあ……たしかに、そう……なのか?」


 あやうく納得しかけたけれど、全然よくなかった。

 犯した罪が増える分、受ける罰も大きくなるのだから。

「無実を証明してほしい」とは言ったが、それはイコール「犯罪者になりたくない」という意味である。事件が解決したところで、その結果犯罪者になったら身も蓋もないのだ。


 なんとなくニュアンスで伝わりそうなものだが……。

 ……やっぱり感性が変わってるよなあ、この人。


「さあずぐずぐしてはいられません。誰かが戻ってくる前に早く中を調べましょう。善は急げです」


 ぼくの抗議をよそに、すでにりんごさんは通路から回り込んで受付の中に這入り、半開きの扉の前に立ち、中の様子を確認していた。彼女に手招きされて仕方なく後を追う。善は急げと言いつつ、やっていることは立派な不法侵入だったし、彼女のその姿は探偵というよりもこそ泥のそれに近かった。


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