強制撤去③
「ふふふふ。僕つよいでしょ♪」
ルーク社長が余裕の笑みを浮かべ、指先にほんの少し力を込めた、その瞬間だった。
――ギギッ、ギジジジジッ!!
爪を砕かれた化け物が断末魔のような悲鳴を上げ、その傷口から黒いにごりが辺りに広がってくる。
逃げ場を失った狂乱の波が目の前に⋯⋯
あっ!? なに⋯⋯? これ⋯頭が痛いっ!!⋯⋯
冷や汗が噴き出し、視界が真っ赤に染まる。
脳裏に直接焼き付けられていくのは、見たこともない、けれど生々しい映像――。
――昭和の終わりのような、薄暗い一軒家。
若い女性が、血塗られた包丁を握りしめてニタリと笑っている。
その足元には、倒れて動かない若い男性。
『あらぁ、果物食べるかい? 上がっていきなさい』
そうやって優しく声をかけて家に招き入れ、背後から首筋を刺す。
肉を削ぎ落として喰らい、残った骨は細かく砕き川に流す。残った物は夜中に庭へ深く埋める。
一人、また一人。
近所の子供、郵便配達員、迷子の旅人……。
『あぁ。温かいねぇ⋯⋯やっぱり人間の肉が一番美味しいねぇ。たまらないねぇ。』
殺戮の快感と、人を喰らう歪んだ悦楽。
こ、これは⋯⋯あのおばあちゃんの記憶?
凄惨な罪の記憶と、鼻を突く猛烈な血の匂いが、逃げる間もなく私の意識を汚していく。
⋯⋯
見たくない!!見たくない!!
あまりの恐怖と吐き気に、私はガタガタと震えることしかできなかった。
「美鈴ちゃん。大丈夫? 化け物の過去が少し見えちゃったかな?」
過去の濁流に飲まれそうになる私を遮るように、ルーク社長の冷ややかな声が降ってくる。
「ごめんね。苦しいよね? すぐ消すね!」
ルーク社長はそう言うと、手のひらをグッと握る。
それを合図にしたかのように、目の前の闇は一瞬にして消えた。
カビや骨の山も、巨大な化け物の姿も消え、そこには私がよく知っている、あの小さくて優しそうに微笑むおばあちゃんの姿がぽつんと立っていた。
え……?
なんで? なんで?
なんで何事もないように微笑むの?
その微笑みすら、化け物に見えてしまう。
頭に残る血の匂いと目の前の光景のギャップに、私の感情はぐちゃぐちゃに掻き乱される。
「さて。こんなところにいつまでもいるのは迷惑なんだよね。強制撤去だね!」
ルーク社長は私をかばうように一歩前に出て、冷ややかな声のまま後ろを振り返る。
「おい! 刹那! さっさとやっちゃえよ。いるんだろ!?」
すると、
「はいはいはいはい〜。呼ばれましたか〜?」
作業着を着た刹那さんが、掃除機を持って現れた。
わ! いたの!?
「刹那さん!」
「美鈴さん〜おやおや〜。顔色が悪いですよぉ~。大丈夫ですかぁ? あ。もしかして変なの見ちゃいました? 気にしない気にしない!」
刹那さんはそう言って私の頬を撫でた。
「ポンコツ! さっさとやれ!」
ルーク社長は刹那さんに向かって吐き捨てるように言うと、私の手をギュッと握り、
「ごめんね。ここまで力が強いとは思わなくて。見なくていいものも見ちゃったね⋯⋯」
そう言って私を安全な位置まで引っ張って下がる。ルーク社長の手は見た目以上に冷たかったけれど、不思議と私を落ち着かせてくれた。
「承知しました! では、お引越しですよぉー! 今回は強制撤去なのでぇ。有無を言わさず、吸い尽くしまーす!」
ゴオオオオオオ!!!
刹那さんは掃除機を振り上げると、おばあちゃんをそのまま吸い上げた。
『ギ⋯⋯ギギ⋯⋯アァァァァッ!!』
最後にかろうじて見せた化け物の顔もろとも、全て残らず機械の中へと吸い込まれていった。
「はい!お引越し完了です!」
いつもの刹那さんの声。
お引越しは完了したんだ⋯⋯




